ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

太陽に罰が当たれ

 こんなブログも記事数が二十を超えて、文字数で言うとだいたい十万字くらい、気が付いたら一冊の文庫本になっちゃうくらいの文量になってるわけなんだけど、そろそろ第一巻も終わるっつーのになんにもイベントが起こらねーのな。恋はスリル、ショック、サスペンスっつーのがマジなら、ここ最近起こった恋愛イベントなんて北朝鮮が打ちまくってるミサイルくらいなんだけどマジで。

 ほら、いわゆるクリフハンガーっていうのかな、最終話のラストで突然主人公が倒れたり、巻末で新キャラが登場したりみたいなさ、そういう「引き」の手法ってよく使われるわけじゃん。続編を匂わせるための。

 たとえば『ONE PIECE』の第一巻の最後では、新登場のナミがルフィ相手に「(私と)手を組まない?」と言うシーンで終わるし、『NARUTO』では鈴を取れなかったナルト、サスケ、サクラの三人が、カカシ先生から「三人とも忍者やめろ」と言われる衝撃のラストで第二巻へと続くわけで、物語の終盤っつーのは何か事件が起こるには絶好の機会。

 なのにこのブログでは三ヶ月が経って、ドラマで言えば一クール目が終わる最終回、ラノベで言えば一冊目のラスト数ページ、もうここしかないだろっつータイミングなのに、ヘリコプターで好きな人を拉致するのが最善である、だの、高熱出して人間不信になりました、とかなんだの言って終わろうとしている。そんなラブストーリー見たことある? 『君に届け』とか俺は読んでないんだけど、一巻の最後で、黒沼爽子が風早くんのことをヘリコプターで拉致とかしてた? してるわけないんだよ。

 いや、別に付き合ってくれとかそんなことを言ってるわけじゃない。それはほら、十二巻くらいで全然いいし、じゃなくてこう、好きな人が俺の家に居候することになる、みたいな、そんくらいのイベントはあっても良いんじゃねーの? なあ神? お前に言ってんだけど。他人事みたいな振りするなよ。

 たとえば仕事から帰ってきたら風呂上がりの彼女がいて、よっ! 少年っ! お風呂借りてるよーっ! つってさ。まあ、もうこのキャラクターにはもはや俺の好きな人の要素は微塵も残されてないんだけど、ちょ! ちょっとせんぱぁい〜! つって全力で乗っかる。実際には後輩なんだけど。でも、現実として好きな人がそうなってるんだから、そんなのもう瑣末な問題じゃん。

 したっけ彼女も、ねねっ、二、三日あたしのこと泊めてくれないかなっ? いやあ〜大家さんに家追い出されちゃってさ〜にゃはは〜、みたいな、その代わり手料理振る舞ってあげるからっ! ねっ、少年っ! それとも少年には、こっちの方が良かったかな……? 的なことを言いながら、ニヤニヤと胸に巻いてあるバスタオルをほどこうとしたりして、それを見た俺は顔を真っ赤にしながら、とにかく服を着てくださぁ〜〜〜い!!! って叫んで、こう、家がその声で揺れて、屋根に止まってた鳥とかも一斉に飛んで、そんで一巻が終わる。なんだこれ。地獄で読まれてるラノベじゃん。

 まあ、そんな話は本当にどうでも良くて、あの、実は過去記事の内容を少しだけこっそり変えました。なんか、いい機会だと思って自分の過去記事をいくつか読み返してたんだけど、ある記事の中で『北風と太陽』を引用してて。そんで何気なくネットで『北風と太陽』を読み返してみたら、俺、どうやら勘違いして教訓を受け取っていたようです。

 あ、もし、ネタバレが嫌な人はこれ以降は読まないでくださいね。「あーもうほんと最悪。観るの楽しみにしてたのに『北風と太陽』のネタバレされた。無理。リスカ止まらない」つって怒られるのはこっちも本当に嫌だし。で、なんだ、検索して最初にヒットするページが北風と太陽の教訓とあらすじ【人を動かす文章とは?】なんだけど、ここに載ってるあらすじを簡単にまとめると、

  • [起]北風と太陽が「どちらが旅人の服を脱がせられるか」勝負をする。
  • [承]北風が冷たい風を吹きまくると旅人は服をしっかりと着直してしまう。
  • [転]太陽が照りつけると旅人は汗ばみはじめ、やがて服を脱いで川へ飛び込んだ。
  • [結]北風のように強引に自分のして欲しいことを相手に押し付けるのではなく、太陽のように相手の気持ちを考えてポカポカと照らしてあげると自ずと相手は動いてくれる。

 って感じで。なんかあまりにも堂々と言われるもんだから、なるほどそんなもんか、ってこっちも思っちゃってたんだけど、これめちゃくちゃなこと言ってない? 起承転結の全部が間違ってるじゃん。

 まず[起]なんだけど、「北風」と「太陽」って比較がそもそも間違ってる。いや、別に、格が違い過ぎる、とか、天体と現象を比べるのは理不尽だ、みたいなことを言いたいんじゃなくて。これって本来は「何かの存在」が「北風」を吹くvs「太陽」が「日光」で照らす、の闘いじゃんか。つまりタイトルは『北風と日光』か『何かの存在と太陽』のどちらかで初めてイーブン、対等な勝負になるわけで。そこで絵本のイラストとかを確認してみると、ほとんどが、口から北風を吹き出している顔のある雲(何かの存在)と、周りから光線(日光)みたいなのを出している顔のある太陽が言い合いをしてるんだけど、つまり勝負の主体としてのタイトルは『何かの存在と太陽』が正しいはず。それじゃあこの北風を生み出す親玉は何かっつーと、様々な学術書や論文を読み、数々の気象学者と議論を重ね、最後にWikipediaを参照することで遂に同定することができました。シベリア気団。正しいタイトルはシベリア気団と太陽』です。

 さて、ここからやっとシベリア気団と太陽の勝負である[承」のパートが始まるんだけど。シベリア気団が、初めは僕の番だ! つって、びゅーびゅーと北風を吹くのに旅人は服を脱がない、ってくだりね。いや、ちょっと待って。太陽、シベリア気団のターンなのにずっとお前照らしてるじゃん。これは絶対にズルくない? 日光、止めるべきでしょ。だって、太陽のターンには北風吹いてないんだし。

 公平を期すためには太陽がなく日本上空にシベリア気団が現れた状況と、シベリア気団がなく太陽が照りつける状態っつーパターンにするべきじゃん。まあ、そのフェアな状態でスタートすると、全球凍結はもう、確定じゃん。旅人は重ね着することで凌ごうとしたみたいだけど、外気が摂氏-200度くらいになる上にシベリア気団もあるからね。旅人は確実に死ぬと思う。太陽はどのパターンの話でも後攻なので、死んだ旅人の服を脱がすことは出来ないはずなんですよ。つまりこの時点で最悪引き分け、万が一旅人の体温調節機能がバグって服を脱いでくれたら勝ちまである。雪山ってそういうこともあるみたいだし。

 やっと[転」です。死んじゃったら話が進まないから、百歩譲って旅人はほぼ絶対零度大寒波が吹き荒れる中を、本文通り、服をもう一枚重ね着することで凌ぎきったってことでいいよ。その後に太陽がポカポカと照って、暑くなった旅人は服を脱いで川へ飛び込びましたっつー流れ。いくらなんでも暑さに対しての反応がやり過ぎでしょ。今までそんな状況になったことある? こりゃたまらん! つって外出先で川に飛び込んだこと。そんなのサウナのあとの水風呂だけだよ。つーことはだよ、この時の気温って90度前後だと思うんだけど、普通に引く。太陽の大人気のなさにさすがに引く。そんな風に強引に脱がせようとしてもダメだよ、みたいな顔しながら、お前もゴッリゴリの力技じゃん。

 つーか旅人もさ、寒さにはあんなにも強かったのに暑さに対して弱過ぎない? 摂氏-200度を、なんて寒いんだ、とか馬鹿みたいなこと言って服を着直すだけのやつが、サウナ程度の気温で川に飛び込む? もっとも旅人が本当にやべー奴だったって可能性もあるけど。地表の温度が太陽の表面温度と同じ6000度になっちゃってるんだけど、こりゃたまらん! で済ませてるってパターン。その場合は服を脱いだっつーよりも、蒸発したって表現が正しいし、川も干上がってるだろうけど。

 で、最後に[結]の部分。原典がイソップ寓話だけに結論は教訓になるんだけど、さっきも言った通り、どっちも馬鹿パワータイプなんだよね。間違っても本来の「柔よく剛を制す」みたいな話じゃなくて、仮に気温を高くすることで服を脱がせることに成功したんなら、これは単なる「物事には相性がある」くらいの話で。しかもなんだろ、都合よく「冷たい」だの「ポカポカと暖かく」みたいな対比を入れ込むことで安易な印象論に誘導してるんだけど、これは別に心の暖かさじゃなくて、普通に気温の話だから。北風は心が冷たくて強引なやり方、太陽は心が暖かくて自然に相手をその気にさせるやり方みたいな話みたいになってるけど。

 ヤクザの下っ端は喧嘩っ早いけど、親分は心が広くて堅気には決して手を出さない、みたいに話がすり替えられてるけど、直接殺すか自殺に追い込むかくらいの違いしかないからね。ほら、ウシジマくんのヤンキーくん編で最後、愛沢が滑川に生命保険をかけられて道路に飛び込むことを強要されたシーンがあったと思うんだけど、あれが太陽のやり方だから。こんな時にしか役立たない教訓じゃん。つーことで以前書いた『北風と太陽』の記述を少しだけ変更しました。不適切だから。よろしくお願いします。

 いや、でも、旅人からしたら本当にたまったもんじゃないよね。突然なんの前触れもなく大寒波と灼熱地獄に襲われて、しかもその様子を観察されながら、ね? 物事にはやり方があるっしょ? なーんていい風の話にまとめられてさ。俺がもし目の前でそんな旅人を見つけたら、きっと顔を真っ赤にしながら、とにかく服を着てくださぁ〜〜〜い!!! って叫んで、あの、やっぱり一巻の終わりってこうなっちゃいません?

 

気は病から

 サルモネラ菌の食中毒で四十度くらいの高熱が二、三日続いて、このまま世界が終わってくれ、などと世のすべてを憎々しく思ってる時に、そんなこと一切言ってないのに会社の人から、欲求不満なら代わりに彼女になったげる笑笑、みたいなボケカスな告白をされて、はあ? 舐めてんのか? とか思ってたら、普通には言えなかったけど好きなのはホントだよ、みたいなことを最後に言われて、ほんとふざけんじゃねーぞ、なあに真実の愛みてーな顔して言ってんだよ、よくそこで一回ふざけられたな、そんなのが愛ならばいっそ永久(とわ)に眠ろうか……つって、本当の本当に世界が終わってしまった。

 もうさー、毎日絶食だし、ずっと続く悪寒のせいで全身筋肉痛、毎晩赤犬に「なんじゃァおどれは……」と殴り殺される夢を見て、何かを口にした途端全て吐く、みたいなさ、散々な日々だったのよ。欲求不満どころか下がらない熱だけがやつれ切った心さえも壊して、まさか俺の口、食事のやり方忘れたんじゃねーの? みたいな、そんなとこまで疑ってた。なあ一応確認なんだけど水分補給って口に入れたら終わりじゃないんだけど大丈夫? 飲み込むって覚えてる? と訝しげに水やらポカリスエットを飲むんだけど、口も最初はおいしーおいしーって受け入れるのに、少ししたら思い出したようにだーーって全部吐き出す。

 不信感しかない。どうすんだよこの空気、みたいな。お前一人勝手なことするからみんな迷惑してんじゃん。しかも吐くのってめっちゃくちゃ苦しいから、全身にびっしょりと汗かくし、いや、そこまでして水分を外に出したい動機はなに? みたいな。

 水分補給も満足にできないし、仕方がないから病院で点滴することになって、したら病院にあったいくつかのベッドには自分と同じように水を飲むことが下手な生き物たちが腕から強制的に水を飲まされてて、俺もうそいつらの姿があんまりに情けなくって、自分もこれからそいつらの一員になるんだって考えたら悔しくてこっそり泣いた。こんなの尊厳ある人間の姿じゃねーよ、殺してくれ殺してくれって。

 んでもやっぱ点滴ってすげーもんで、終わる頃には随分と気持ちも楽になって、なんだ、病院で処方箋を貰って横の薬局に薬を受け取りに行った時、レジの横に飴ちゃんが置いてあったんだけど、なんとなく一つ食べてみようっつー気持ちになれるくらい元気になったんだよね。したっけミルクキャンディみたいなのを取って食べたんだけど、当たり前のように吐いた。また一つ世界への不信が募る。

 まあ今思い返すと、水で吐くんだからミルクキャンディは普通に自業自得なんだけど。でもあれ、病院だし人前だしって色んなことが頭ん中で吐く寸前にリフレインして、最後の力を振り絞って吐き気に抗おうとした結果、すっげー小さく吐くみたいな感じになった。なんだろ、赤ちゃんってすぐ吐くじゃん、ミルクとか。あんな感じのゲロだった。食べてたのもミルクキャンディだし、なんつーのかな、ビジュアル的には赤ちゃんそのものみたいな、愛らしさが全面に出てるような吐き仕草。汚い話でごめんね。けど俺が意識が朦朧とするような高熱の中、他人様に迷惑をかけまいと必死に耐えた結果、赤ちゃんになっちゃった時の気持ちを少しでいいから想像してほしい。あの瞬間、たしかに俺は世界で独りぼっちだったよ。

 薬剤師のおばちゃんも百七十センチ後半の男が赤ちゃんみたいなゲロを吐いてるギャップにやられたのか、ひっくり返って飛び出してきて、あらあら〜大丈夫だったよ〜大丈夫だったよ〜つって、パニックになりながら何故か過去形で断定されて、最初は過去形の断定で慰められるのって意味不明だったんだけど、これ信頼感がすげえのな。あ、この人の中では本当に終わったこととして処理されてるんだ、っつー。俺、独りじゃなかったんだ、ってそんなことを考えながら、おばちゃんに背中をさすられてトイレへと連れてかれて、口が気持ち悪かったらこれ使って〜、と妙に厚手の紙コップまでくれて、ありがてえありがてえって使わせて貰ったんだけど、ひょっとするとこれ検尿用の紙コップかもしんない、っつー考えが頭をよぎる。俺の目からハイライトが消えた瞬間。

 口をゆすいでしばらく休んでトイレから出て、普段の俺だったら、おかげでラクになったわい! お礼にこのひでんマシン01をあげよう! ガッハッハ! なんつー楽しいやり取りで場を和ませるんだけど、当然そんな余裕も信頼関係もそこにはなくて、挙動不審に周りをキョロキョロ伺いながら薬を受け取って、そんなこんなで一週間くらいかかってやっと腸炎が完治したんだけどさ。その頃には完全に心を閉ざしてた。

 やっとこさ会社へ戻って、大丈夫? しんどくない? とみんなが心配そうに、でも明るく出迎えてくれたんだけど、俺は仕事に穴を開けた申し訳なさやら病み上がりのしんどさやらで、あれだけ明るくて人懐っこい俺が「ア、ハイ」だの「ウッス」しか言わないもんだから、周りも俺がアフガン帰りで性格が変わってしまった元米兵みたいな感じでよそよそしくなってきて、今はそっとしておいてあげましょう、彼は今も戦っているのよ、的な。

 そんな中、復帰祝いに飲みに行くぞー! 野郎ども宴だー! とルフィみてーなノリの上司に飲みに連れて行ってもらって、俺もそのおかげでだんだんと楽しくなってきて、捨てたもんじゃねーな人間、みたいな。なんだかぽかぽかする……これは……? と目にもハイライトが戻ってきて、まあ心の方は置いといて体調の方はもともとばっちり万全だから、日本昔話みたいな盛り方をされたご飯ももぐもぐ食べられるようになってて、絶好調! 真冬の恋! っつー感じでスピードに乗ってビールやら焼酎やらをガブガブ飲んでて、そんなのを一時間も続けてると、見事にブレイク寸前、幸せへのゴール。あ、やばい、これ吐く時のあれだ。俺ももうそれ以上飲まなきゃいいのに、こうなんだろ、これまでの飲酒を急に止めることでバランスが崩れて吐いてしまうことが怖いというか、そういうのってあるじゃん。たとえば坂道を自転車で下ってて、想定以上のスピードになっても変になって転ぶのが嫌だから全力でブレーキかけられない、みたいな。

 んでトイレに駆け込んで吐いてたんだけどさ、一通り吐き終わったあとのロスタイムみたいな時間に、こう、便器と円陣組んでる感じで、ああ辛いなぁ辛いなぁと、ふと壁を見上げたら、怪我と災は恥と思え、だの、人の苦労を助けてやれ、だの書いてて。親父の小言。それ今言うことかよ。

  何をしてもうまくいかねーし、治ったのに満足に食事もできない、あらゆるものが俺を責め立ててるようなみじめな気持ちになって、二次会も断って電車で一人家へ帰ろうとしたら、怖えもんなしかよっつーおっさんが電車の中でざる蕎麦を食ってた。ああ、俺は生物としてこのおっさん以下なのか。まるで世の中にある悪意と歯車がカチッと噛み合ってるみたいに、自分の意思とか気持ちに関係なく周りの悪意のまま自分の気持ちが動かされて引っ張られるようにくるくる空回りする。

 ほんっとにサルモネラ菌だけは気を付けたほうが良い。これまで散々、愛が全部、最後に愛は勝つ、とここで言ってきたけど、頂(いただき)にはサルモネラ菌がいたわ。ちゃんと愛だの友情だのそんな絵空事を語る前に現実のサルモネラ菌の怖さに向き合うべきだと思う。医者曰く、普通に子供とかなら死んでもおかしくないらしいし。俺は幸い成人男性だから子供の約十倍くらいは免疫力があるみたいで三日間、四十度程度の熱で済んだけど、これで行くと、子供だったら一ヶ月間、四百度の熱が出てもおかしくないかんね。それはもうピザ窯だよ。

 なんかよくフィクションとかでさ、愛の力で難病を克服するみたいなのがあるけど、あれぜってー嘘だと思ったもん。普通にそんな余力ないし。無力。明確な死の前では愛は無力。こう、なんだろ、心の中にあるエネルギーっつーのかな、あれって全然有限のもので、肺活量みたいに個々でその総量って決まってるんだと思うのね。それを自分が大切だと思うものに振り分けるわけなんだけど、まあ、だからと言って常に百パーセント使ってるわけじゃなくて、たとえば仕事のストレスに負けないために三十、好きな人を思う気持ちへ二十、周りの空気に合わせてうまく作り笑いするために十、みたいな風にメモリを割り振っていて、たまに緊急事態が発生してもトントンとその場で軽くジャンプすることで、心の中にすき間を作って、よし今夜は徹夜で頑張ろう、みたいな、そういうことが可能になるわけなんだけど、サルモネラ菌から心を守るためには普通に百二十パーセントの力が必要だからね。健康じゃないと本当に何も手につかない。命あっての物種って言葉を噛み締めて、気を引き締めながら九月も変わらずに頑張ろうっつー感じで。さすがにブログももう少しね、特に何もないんだけど。

 まあそんなこんなで恋の季節の後半戦は見事にフルスイングしてたわけなんだけど、あれだね、気が付くと夜なんかは随分と涼しくなってきて、今日食べた秋刀魚もすっごく美味しくて、どんどんと夏の中に秋らしさみたいなものが含まれはじめたね。特に状況も環境も変わっていないのに、そんなことはお構いなしに時間だけが過ぎていってることになんだか不思議な気分になるんだけど、なんつーか、不思議な気分って言ったら、あの、さっきからかなり腹痛がひどくって、そろそろ限界ッスって感じなんだけど、ほんと軽い気持ちで「秋刀魚 腹痛」って調べたら、サンマの季節にご用心☆意外と多い「アニサキス」に気をつけて!! っつーページが出てきて、今もう本当に、投げ捨てられた空きカンのようだ。

勇気のカタチ

 僕がこうじ君からその手紙を受け取ったのは、ペナントレース真っ只中の八月のことだった。

「大すきな山本せん手へ

 ぼくはこんど、手じゅつをしなければなりません。しないと命がたすからないからです。だけどこわくって、一ど手じゅつの日ににげてしまいました。かんごふさんやおやにとてもおこられました。ぼくも本当は山本せん手みたいにかっこう良くてつよいやきゅうせん手になりたかったです。だけどだめでした。だからせめて大切な手じゅつからにげないような人になりたいです。そして、ちゃんとした大人になりたいです。毎日応えんしています。また手がみをおくります。 むら山こうじ」

 病気のせいか緊張のせいなのか、少し震えた文字で綴られた短い手紙を読んだとき、僕はこうじ君をどうにか勇気付けてあげたいと思った。こんなの結局はありふれた話なのかもしれない。もしかすると、僕のファンの中には手紙を送ることさえ出来ないでいる人たちもいるかもしれないし、何かすることで僕のことを偽善者だと笑う人が現れるかもしれない。だけど何の因果かこの手紙を読んだ以上、僕にとっては、そして夢を与える仕事であるプロ野球選手にとっては、しなければならないことがあるような気がした。

 次のオフの日、無理やり時間を作って手紙に書かれていた病院へと車を走らせた。受付で自分の名前を名乗り、むらやまこうじ君をお願いします、と言おうとした時、後ろから「え!! 山本せん手!?」という大きな声が聞こえてきた。

 ばたばたと駆け寄ってくるこうじ君に、近くにいた厳格そうな看護師が、院内を走らないでください、とたしなめながらも、それでもこうじ君はそんな声など少しも聞こえない様子で嬉しそうに「ぼ、ぼく! むらやまです! むらやまこうじです!」と言った。

 呆れたような、諦めたような表情の看護師や医療事務の人たちに頭を下げながら、とりあえず場所を移そうか、と提案する。

 「こっちにイスがある! こっちこっち!」

 こうじ君に腕を引っ張られるままに着いて行くと、自動販売機といくつかのイスだけがある簡易の休憩所に到着した。

「どうして山本せん手がこんなところにいるの!? からだこわしちゃったの!?」

 休憩所に着くや否や、矢継ぎ早に質問をしてくるこうじ君に少し苦笑いを浮かべながらも、話の本題に入る。

「こうじ君が書いてくれた手紙を読んで来たんだよ。手術が怖いんだって?」

「う、うん」

 こうじ君の声のトーンが少し下がる。どうやらまだ手術をする決心はついていないらしい。

「怖いのかい?」

「うん。しっぱいしたらしんじゃうかもって」

「でも手術をしないと助からないんだよ?」

「だけど……山本せん手はこわくないの?」

「試合が、かい?」

「うん。三しんしたらチームが負けちゃうときとか」

「そりゃ僕だって怖いさ。いつも怖いんだよ。だけど力一杯振ることにしているんだ」

「どうして?」

「振らなかったら三振になっちゃうからね」

 こうじ君は目からウロコが落ちたみたいに目をぱちぱちとしながら、ふらなかったら三しんになる、ふらなかったら三しんになる、と何度か繰り返して、やがてけらけらと身体をくの字に折って笑い始めた。この時だけは、こうじ君がなんの変哲もないただの少年のように見えた。

「そうだよね。ふらなくてもけっきょく三しんなら、ふらないとそんだよね。そん」

「そうだよ。少しは勇気が出たかい?」

「うん! でもやっぱり……」

「それじゃあこうしよう。明日僕は思いっきりバットを振ってホームランを打つ。そしたらこうじ君も手術を頑張る。どうだい?」

「うん! わかった! それならぼく、がんばる!」

 先ほどまでの不安なんてまるで嘘だったみたいに目をキラキラさせるこうじ君はそれからしばらく他愛のない話をした後、やって来た看護師に連れられて診察室へと戻って行った。その道中、何度も僕の方を振り返ってはぶんぶんと音がなりそうなくらい手を振りながら。

 病院からの帰り道、ずっとこうじ君のことを考えていた。まるで病気なんて患ってないような、一人の純粋な野球少年の目をしていた。あの頃プロ野球選手を夢見ていた小学生の僕と、まるで同じ目だった。それが嬉しくて、同時に悲しかった。

 こうじ君だって本当は怖いはずなのに、あんなにも目をキラキラとさせて明るく振る舞い、そして夢を諦めながらも、なんとか自分を奮い立たせて手術に挑もうと決意した。僕はこれまで情熱を持って野球を続けてきたし、模範的ではないにせよ、チームとファンのことを一番に考えて正しい選手であろうと努力してきたつもりだ。それでもこうじ君のような強さが自分にあるのかと自問すると、答えられなかった。

「勇気付けるつもりが逆に教えられてしまったな……」

 自嘲気味にそう呟くと、思考を切り替えるように明日の試合でなんとしてもホームランを打つと固く決意した。

 翌日の試合は長く膠着状態が続いた。一回の表に相手チームが一点を取り、二回の裏にうちのチームがその一点を取り返したあとは、お互い一歩も譲らない展開が続いてついに一対一の同点で九回裏を迎えた。

 二死、走者なし。

 まるで用意されたようなシチュエーションで僕に打順が回ってきた。今日の成績はこれまで三打席無安打。ゆっくりとバッターボックスへと入り、遠くにあるスタンドを確認する。こんなにも晴れ晴れと、そして高揚している自分は随分と久し振りだった。あるいは初めてプロの打席に立った時以来かもしれない。

 柄にもなくバットをスタンドに向けて真っ直ぐ掲げる。それに応えるように、観客からはバットが震えるくらいの歓声が返ってきて、その時初めてバットが震えているのは歓声ではなく、自分の身体が原因なんだと気が付いた。それが武者震いなのか恐怖なのかは分からない。だけど僕は悪くないと思った。

 しっかりとバットを握り直して、ピッチャーに集中する。こうじ君。僕だって本当は逃げ出したいくらい怖いんだ。だけど、そんな時ほど力強くバットを振ることにしている。だって――

 「ヒーローインタビューです。お待たせいたしました。本日は、見事ホームラン宣言後にサヨナラ本塁打を放った山本選手にお越しいただいております!」

 割れんばかりの歓声が轟く中、お立ち台でファンとカメラの向こうに居るであろうこうじ君に向かって手を振る。

「最後の打席、普段の山本選手からは想像もできないようなホームラン宣言の後、見事ホームランを打ちました。あれにはどういった意味があったのでしょうか?」

「実は今日の試合は僕の大切なファンとの約束がありました。そのファンはこうじ君といって、近々大変難しい手術に挑む予定です。そんなファンの一人一人に、少しでも勇気を与えられたら、という一心でバットを振りました」

「そうでしたか。それではそのこうじ君に何か一言かけてあげてください」

 すうっと静かに深呼吸する。こうじ君。僕だって本当は逃げ出したいくらい怖いんだ。だけど、そんな時ほど力強くバットを振ることにしている。だって――

「怖くてもバットを振らなきゃ三振になるぞ!!!! 絶対に負けるな!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介

山本選手(32)プロ野球選手

村山浩司(58)外科医

まどろめ葉月

 早く冬こねーかな、とかそんなことを考えながらも、世間はまだまだ今からが夏本番っつーくらいの勢いで。ままならねーな。夏はあんまり好きな人との思い出がないもんだからイマイチ楽しくないというか、乗り切れない。なんかそれが原因なのかわかんないんだけど、最近、好きな人の子供と俺の子供が結婚してくれたらそれはそれでありなんじゃねーのか、とか、ひょっとしてこれ相手の彼氏が浮気してくれたら綺麗に辻褄が合うんじゃねーの? みたいな、まさか人はここまで他人任せな片思いができるのか、っつー心境に達しちゃってるわけなんだけど、あー、彼氏しねーかな、浮気。もうお前頼みだよ。こうさ、好きな人の弱みにつけ込みたいとかそんなんじゃねーんだけど、それが一番違和感がないんじゃねーかなー、っつー。

 なんかたとえば、彼氏が他に好きな人を作ってさ、俺の好きな人に別れを切り出すとするじゃん。したら好きな人はその帰り道、駅のホームで俺に電話を掛けてきて、すっげー投げやりな感じで落ち込むわけ。男なんて結局みんなそうなんだよ、とか、裏切られるくらいなら最初っから何もいらない、なんて、そのうち相手は泣き疲れてそのまま眠ちゃって、ハッと目が覚めたら何故か知らない俺の部屋にいて。そこで突然、俺からの着信がある。わけもわかんないまま電話をとると俺は、あ、起きた? さっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、なんて言いながら、その部屋に入ってくるわけ。どう? 地獄を見てる感想は。

 いやでも実際最高だと思うんだよね、これ。ただ、この最高と思える作戦にも問題が一つだけあって。え? はい。一つだけですが。こちら側の資料を何回確認しても問題点は一つだけってなってますけど? なんでみんなの表情が「問題が一つだけ」で固まってんのかよく分かんないし、それがどんな理由であろうと我が崇高な目的の前では全く関係はないんだけど、問題は俺と好きな人の住んでる場所がとんでもなく遠くって、ざっと車で八時間かかるってこと。

 そうなると当然好きな人には駅のホームで八時間近く寝てもらう必要があんだけど、それはもう、人の終(つい)の状況じゃん。しかもシチュエーションの都合上、気付かれない間に自分ん家に戻んなきゃならないわけで、往復で考えると十六時間。いくらなんでもその間寝続けてるっつーのは考えらんないし、まあ、彼氏が別れ話の最中になぜか睡眠薬を盛るっつーファインプレーをしたらあり得るかもしんないけど、そこまで頼めんの? みたいな。あ、いけるっぽい? じゃあ自分それにします。そのコースで。あー、彼氏、浮気して別れ話中に睡眠薬盛ってくんねーかなー。

 まあでも当然こっちとしても全て彼氏任せじゃなくて万全を期する必要はあって、いくら睡眠薬つっても十六時間はリスクが高い。個人差とかもあるだろうし、個人差で言うなら俺の好きな人は絶対そういうのに鈍感なタイプだから。そんなこんなで色々と方法を探してたら、なんとヘリコプターなら片道ニ時間弱で到着するらしい。ヘリコプターすげーな。お前そんなに速かったんだ。往復でもたったの五時間だし、そんなの三往復できんじゃん。しねーけど。凄さを分かりやすく説明するために三往復っつーことを言ったけど、まあ、普通に一往復だけだよ。するとしても。チャーターするだけで1時間あたり約21万円かかるっぽいし。

 ここまできたらこの105万円も彼氏に任せるとして、ちょっと完璧過ぎて笑けてきちゃうな。だって想像してみません? 深夜一時過ぎ、突然好きな人から乾いた声で、あのね彼氏に浮気されちゃった、っつー電話が掛かってくるわけ。そこで俺が言うのはもちろん、分かった、の一言だけ。実際にはちょっと格好つけが入ってっから、発音的には「……わーった」になんだけど、とにかく、どうしたの? とか、大丈夫? なんて野暮なことは聞かない。たとえ本当に大丈夫だとしても、俺はそんな時は絶対そばにいるって決めてっから、相手が悲しい思いをしてる時点で駆けつけるわけ。もーわかったってなんなのー適当に返事しないでよー、なんて言ってる相手に謝りながら、もう一台の携帯でヘリコプターのレンタル会社に電話して、すぐに一台回してくれ、つーことを言うわけ。当然ヘリコプターなんてレンタルしてる会社なんてセレブ向けなんだから、社員教育も行き届いてて余計な言葉や詮索は一切ない。阿吽。俺とヘリ会社は阿吽なわけよ。ただ一言、御意、だけ。

 ヘリコプターに乗ってる途中、好きな人から、こうやって電話してると会いたくなっちゃうね、なんで横に居ないのー、なんて弱々しい笑い声で言われたりしちゃって、俺も、別れたくらいで気弱になってんじゃねーよ、なんて笑いながら励まして、そうこうしてるうちに相手は泣き疲れたのか睡眠薬の力なのか眠り始める。約ニ時間半後、バラバラバラバラっつーけたたましい音と共に彼女が寝てる駅上空でホバリングするヘリコプター。そこから一本のはしごにぶら下がった俺が降りてきて彼女を保護、サムズアップしてはしごが回収される途中、俺はそっと寝顔にキスする。……随分と高い唇だな……ったく、なんて自嘲気味に言いながら。

 さっきから俺のキャラが二転三転してるんだけど、まあ、そこは、彼氏がうまいことしてくれるとして。で、例のシーンなわけよ。朝の六時過ぎ、俺の部屋のベッドで彼女は目が覚ますわけ。え、あれ、ここどこ? 私いったい……なんて誰もいない部屋で困惑している時、とつぜん俺からの着信が入る。わけもわかんないまま電話をとると、あ、起きた? さっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、って、あ、一回やっぱり待って。これ全然違ったわ。俺こんな気持ち悪いこと言おうとしてたの? びっくりしたわ。なにこれ? アハ体験?

 なんなら、書いてて思ったけど、彼氏と別れて俺に電話してくるっつーとこからまず違うしね。絶対してこないもんあいつ。三ヶ月後くらいに、あ、忘れてたけど別れてるよ、っつー言うタイプだし、あとあれ、投げやりに男なんか結局〜云々言ってたけど、それ、いつも通りだわ。だいたいいつも投げやりにそんなこと言ってるわ。そもそも駅でちょっと寝ちゃったと思ったら、通常往復十六時間かかるはずの場所に居るって状況が怖すぎる。ほんとままならねーな。完璧な作戦だと思ったんだけど、彼氏が浮気したところで打つ手が見つからねー。一体どうすりゃ良いの? アドバイスしてくれよー彼氏ー。飲みに行こうぜー。

 なんかそういえばグレッグ・イーガンっつー人が書いた短編に、究極の愛の形を実現しようとする話と、感情を固定する話があって。なんだろ、どっちもイーガン作品の中では比較的わかりやすいからか、クソみたいな自説を並べてそれをさも宝物みたいに見せつけてるファンたちからの評価はそんなに高くないんだけど、俺はなんとなくこの話を気に入っててさ。別にだからって書評なんて始めるつもりはないし、聡明なビキニ環礁シンジケーター(注︰当ブログ『ビキニ環礁シンジケート』の読者を指す造語。今後二度と使われない)なら既にお気付きのように、俺はただ好きな人の話を続けたくてこんな話をしてるわけなんだけど。あ、この先、念のためネタバレあります。

 基本的にイーガンというかSF全般には、ディストピアの例みたいに完全無欠の理想には何か落とし穴があるっつーお約束があるんだけど、

 ひとりきりで永遠を生きたいとは誰も思わない。

 という言葉から始まるこの物語にも、お互いがお互いを完全に分かり合えて、ゼロ距離の親密な状態こそが完璧な愛な形だと考えるカップルが登場して。この時点で悪い予感がむんむんするんだけど、まあこの二人がなかなかすごくって、お互いのことをより理解するためにお互いの身体を入れ替えて相手の立場に立ってみたり、性差を否定するために同性同士になって性行為をしたりしながら、最後は一つの体に二人の心を埋め込む人体実験に参加したりするのよ。

 で 実験は成功して、なんだろ、もうそんなの最強なわけじゃん。離れ離れにならないし、お互いが何を考えてどう感じてるかつーのが自分のことのように完全にわかんだから、二人が目指した究極の愛の形じゃん。でも結局二人は別れちゃうんだよね。なぜかっつーと冒頭のセリフ。そんなの一人となんら変わんないんだから。

 も一つの話は、神経インプラントっつー技術を使ってその時の感情や気持ちのまま「ロック」するっつー話なんだけど、これまたラブラブの夫婦がお互いのことを永遠に好きで居続けるために脳にナノマシンを入れる。で、しばらくの間は幸せに過ごすんだけど、二人はもうそれからただ幸せなだけなんだよね。今以下もないけどこの先ずっと今以上もなくって、その間にも自分たちの娘はどんどんと成長していってあらゆる可能性に満ちていて。幸せってなんだろうね、みたいな話なんだけど。

 なんか、これまでこの話に出てくるカップルや夫婦のことを、んなの分かりきってたじゃん、みたいな、そりゃ完全に分かり合えたり二人の間の時間を止めたり出来ても虚しいだけに決まってるでしょ、なんて馬鹿にしてたんだけど、俺、全然ブログで願ってたわ。このまま好きでいたい、全うしたい、つって。だし、もう片思いなんて実質好きになってしまった日からほぼ止まってるようなもんじゃんね。時間とか痛みとかそういう何もかもが、まるで夕凪みたいに好きになった日のまんま変わんなくって、ただその変わらなさを感じられるからそこに存在しているのがわかる、みたいな。

  なんかたまにそんなのにも飽ききった時とかに、心の中になんの屈託も駆け引きもない状態で、ちゃんとこいつは俺の友達なんだよって言いたくなる時ってない? 好きな人なんだよ、じゃなくて、友達だよ、って。片思いって何も、キラキラしてて、楽しくて、純粋で、尊くて、美しくて、世界が華やいでって、そんなのだけじゃないんだよね。当たり前だけど。排他的に相手を独占したいっつー見苦しい感情がベースにあって、そこになんとかかんとか相手に見せられるくらいの建物をたてて、そしてこの建物が俺の気持ちだよって打ち明ける作業なわけじゃん。なまじそのベースの純度が高かったり、俺みたいに毎日楽しいわーなんつってろくに建物もたてずに、見てー! これが俺の土地なのー! なんてやってると、急にそういう恋愛感情の瘴気みたいなものに当てられて、友達っつーラフな関係が羨ましくて強固で確かなものに思えてくる、みたいな。俺だけなのかな。

 ま、でも、あの孔子ですら、十五にして学に志す。十九にして痛みだけがリアルなら、痛みすら私の一部になればいい。三十にして立つ。四十にして惑わず。みたいなことを言ってて、四十歳でやっと惑わずにいられるようになったつー話なんだから、俺もまだまだ戸惑って悩んで好きでってやってくつもりだし、どうってことないんだけどね。いずれ好きな人に言っちゃったこととかを思い出して赤面しちゃう日も来るんだろうけど、そんなの望むところだよっつー。

 さすがに二十三にしてさっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、なんつー馬鹿みたいなことを言ってるのは本当にどうかと思うけど、ま、それもこれも彼氏のせいっつーことで。そんな感じでもはや恒例になりつつある、月始めの所信表明でした。

さらば、ふるさと

 無人島に一つだけ持ち込めるなら? っつー話になった時、だいたい人って五パターンに分かれると思うんです。サバイバル用品や生活必需品、食糧なんかを答える「生真面目型」、そもそも無人島で生き抜くことを考えない「脱出志向型」、レジャー用品や嗜好品を挙げる「刹那主義型」、自分のキャラクターをアピールしたり大喜利に走る「自己主張型」、もはや質問の意図が伝わっていなさそうな「人格破綻型」ですね。

 まあ、どれを選んでも結局は普通に死ぬんだけど、面白いのが人によって答えはほんとにたくさんあるわけで、これだけ色々な答えがあるなら、ある程度性格判断なんかにも使えそうだな、なんて思って。なので今回は、俺が今までに読破した数々の行動心理学や精神分析学に関する知識に基づくことなく、独断と偏見で性格診断をしたいと思います。無人島に持ち込む一つのものを頭に浮かべながら、読み進めてください。

 

生真面目型

 おそらく大多数の人たちがこれに当てはまります。よく言えば堅実ですが、その実態を一言で表すと「無難」。指示通りに何かを続けることが得意で「平均点こそが満点」を旨とし、大きな成功はないけど大きく躓くこともない。しかし今まで大きな失敗をした経験がないため、心の中では自分は正しいと思っているプライドが高い一面もあります。

「ナイフ、ライター」派

 生真面目系のちょうど中心に位置する「ナイフ、ライター」型は、生真面目系の傾向を強く持っています。公務員が正常位で子供を作ったらこう育つだろうという感じですね。知識が豊富にある反面、頭でっかちになりやすく機転や想像力もないので、実際に無人島に行くと魚や動物をナイフだけで捕れるはずもなく、結局持て余したナイフや火を眺めながら「普通に水を選択しとくべきだった」と後悔しながら死にます。

「水、食糧」派

 生真面目系の中でも特にプライドが高く無意識に人を見下す傾向にあるので、自虐風自慢や自分の知識をひけらかすことを好みます。また自分の選択が常に正しいと思い込む視野狭窄さも大きな特徴です。しかしそのプライドを支える選択眼は確かなもので、ある意味では生存できる可能性が高い人たちとも言えます。もっとも何の解決にもなっていないので、徐々に減っていく備蓄に恐々としながらゆっくりと死にます。

「釣り竿」派

 大抵のことはそつなくこなし、人から「要領が良い」「器用だ」と思われることが何より嬉しいと思っているタイプです。人柄もいいので学生の頃はそこそこモテますが、挫折に極端に弱いので突然人生をドロップアウトしたり、みんなが大人になる頃に底の浅さが露見する場合があります。何かの拍子に釣り針を食い千切られたあと、くるくる回るおもちゃの付いた長い棒に成り下がった釣り竿を抱えながら死にます。

 

脱出志向型

 いたずらに生存日数を伸ばしても無人島に居る以上生き続けることは不可能であり、リスクを背負ってでも無人島から出られる可能性を高めるべきだと考える合理的なリアリストです。しかし独善的な面もあり、周りから感情のないサイボーグのような印象を持たれることも多いのですが、実際はそう思われることが格好良いと思っているかなり人間臭い人たちです。生真面目型を心底見下しています。

「無線機、ラジオ」派

 理系学部の院生。アマチュア無線の三級を持ってます。「電気なんかどこにもないじゃん」と言っても、メガネをクイッと上げながら、海水から電池を作る方法を説明してくるハイスペックなタイプです。ただまあ、本人が生粋のかませ犬なので、本番の無人島では成功しなくて「ば……馬鹿な……私の計算に狂いは……」と言いながら死にます。

「発煙筒、双眼鏡」派

 生き延びるという選択肢を完全に捨て、天に運を任せるこのタイプはある意味で最も合理的なのかもしれません。レンズを反射させて位置を知らせたり、うまいこと火を起こしたり、とにかく自分が生きられるであろう数日の間でいかに発見されやすくするかを考えます。当然そんなうまい話はなく、普通に数日後に死にます。

「毒薬、聖書」派

 何も無人島から出ることだけが救いではありません。彼らにとっては死でさえ救済であり、それが神の思し召しならば喜んで受け入れるのです。誰がこの選択を笑えるのでしょうか。彼らだけが現実に向き合い、そして一つの答えを出したのです。アーメン。生きるか死ぬかだけで言うなら死にます。

 

刹那主義型

 この型は大きく二つ、自然を舐めてるか何も考えていないかのどちらかです。いずれにしてもただの馬鹿なのですが、人生における最大瞬間風速だけで言うならこの人たちは群を抜いており、無人島という極限状態では、ある意味一番幸せかもしれません。ギャルやハーフタレントはだいたいここに分類されます。

「日焼け止め、手持ち花火」派

 無人島をプライベートビーチくらいに考えていて、事実一日目の夕方くらいまではすごく楽しいんだと思います。馬鹿ですが根本的には気の良い子たちなのでどこか憎めず、特に人に対して偏見もなくみんなと分け隔てなく仲良くなれるタイプです。残念ながら無抵抗のまま死にます。

スマホ、水着」派

 上のタイプと似ていますが、こちらのタイプはほんの少しだけ頭を使っていて、だからこそその工夫した痕跡がもの悲しくもあります。このように、このタイプは周りから憐れに思われている可能性が非常に高いです。「写真撮れるし助けも呼べるじゃん!」「泳ぐためには水着が必要っしょ?」とこの人たちなりの考えがあるのですが、無人島は圏外であり、インスタグラムに載せるために撮ったその自撮りは遺影になります。そしてこの島にはあなた一人しかいないので水着は要らないのです。自分の馬鹿さ加減に泣き疲れるようにして死にます。

「酒、煙草」派

 どうせ死ぬならと選ぶのであれば悪くない選択肢です。が、このタイプはそうではなく「どうせなんとかなる」と考えているのです。何の根拠もないくせに、問題に直面してもその時は自分に突然神がかり的なアイデアが沸いてきて解決できると思い、提出物やテスト勉強も直前まで放置しがちです。そして予定通り無事に死にます。

 

自己主張型

 このタイプは「終わり」です。彼らにとっては「無人島に何を持って行くか」など少しも興味がなく、いかに自分のユーモアや可愛さをアピールできるかしか考えていません。自己中心的で自分をムードメーカーだと勘違いしていますが、その実態は性欲の権化です。基本的に空気が読めず皮肉も通じないので、ここはお前の個性発表会じゃないからさえずるな、と素直に伝えましょう。また、ここまで読んで「俺っちどこにも当て嵌まらないわ〜(笑)」なんて言ってる奴は全員これです。

「ギター、iPod」派

  とにかく自分が話の中心に居ないと気が済まないタイプで、「ギターがあれば良いかな(笑)」とか「音楽がないと死んじゃう」などとトチ狂った妄言を並べ立てることが特徴です。他人と違うということでしか自分を見いだせず、また知識を軽視する傾向にあるのですが、本当に無人島へ行くことになったら真っ先に生真面目型の真似をしてナイフを挙げて、死にます。

「パスポート、希望」派

 典型的な「場違い大喜利野郎」ですね。普段は面白い人として周りから受け入れられているのですが、本当に面白い人たちには敵うはずもありません。このような場で敗者復活戦を仕掛ける空気の読めなささからも分かる通り、真面目にしなければならない時や怒られている時もヘラヘラしているので周りからの信頼はありませんし、一部の異性からは極端に嫌われています。基本的に無害な存在ではありますが、『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』などと言い始めたら一度低めのトーンで注意しましょう。彼らはその陽気な性格の反面、かなり臆病なのでそういう空気感には敏感です。意外なほど簡単に死にます。

ドラえもん、ヘリコプター」派

 自己主張型の中でも一番の害悪、今まで紹介した各型の悪いところだけを濃縮して煮込んだ二日目のカレーがこいつらです。知識もユーモアもないのに自己主張と自意識だけは一人前、自分が同じ舞台に立ててないことにさえ気付かないカスの親玉です。間違っても「ドラえもんなんて居ないじゃん(笑)」「ヘリコプター操縦できるの?(笑)」などと相手のフィールドに上がって場を和ませてはいけません。誰かが一回分からせなきゃいけないんです。ボッコボコに殴りましょう。もし「だ……誰か……警察……」と言われたら、「ああん!!!!!? そこは警察じゃなくてドラえもんだろーがよ!!!!! なあ!!!!? 居んだろーが!!!!? ヘリコプターで逃げねえのかよ!!!!?」と、相手がいかに愚かだったかと教えてあげましょう。じゃないと真っ先に死にます。

 

人格破綻型

 このタイプには深く関わっていけません。フリードリヒ•ニーチェが「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と言ったように、あり余る好奇心というのは時に身を滅ぼすことになります。もし質問をした相手に人格破綻型の可能性がある場合は、ただちに話を変えて様子を伺いましょう。本来この人格破綻型は答えによって分類できないのですが、念の為に回答例を挙げておきます。

「うんこ味のカレー」

 色々と突っ込みたい気持ちはあるのかもしれませんが、ここは黙って引くべきです。脳の中のコミュニケーションを司る部分がハチャメチャになっているので、おそらく対話は絶望的です。曖昧に同意しながら離れましょう。

スーパーカミオカンデ

 日本が世界に誇る水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置ですね。無人島でニュートリノを検出する必要があるのかは分かりませんが、決して彼らの答えを否定してはいけません。敵意がないことを示しましょう。

いつもここから

 アルゴリズム体操エンタの神様でお馴染みのお笑いコンビです。うん、それ以上の意図はわかりません。大丈夫です。そう。ゆっくり。ゆっくりと距離を取りましょう。

「刑法124条」

 陸路、水路又は橋を損壊し、又は閉塞して往来の妨害を生じさせた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

増子直純

 日本のロックバンド「怒髪天」のボーカル。

「勝ちたいんや」

 2003年の監督・星野仙一指揮下の阪神タイガースのキャッチフレーズ。

いつもここから

 喜怒哀楽の観察日記。

「「悲しい時ー!」」

 え? うそ? マジ? 始めんの?

「「無人島に行った時点でどうせ生きて帰れないと分かった時ー!」」

さらば、ふるさと

さらば、ふるさと

 

 

春の樹からの来訪者

※今回の記事は、知り合いの某有名作家から身元を明かさないことを条件に寄稿されたものです。

 

 ハンブルグ空港でサンクトペテルブルク行きのボーイング747を待っていると、突然自分がひどく空腹だったことを思い出した。近くにあった適当なカフェテラスへ入って、レタスとハムが几帳面に挟まれた新鮮なサンドイッチを注文すると――世の中にある全ての新鮮なサンドイッチがそうであるように――それは、僕の中の空腹と孤独とを一滴一滴しぼりとる脱水機のように思えた。

 手頃な席に座って長い間触っていなかったパソコンを起動してみると、たくさんの自分宛のメールの中から一人の友人の名前を見つけた。

「突然で申し訳ないんだけど、君に頼みがあるんだ。僕には今悩みがあって、そのことについて僕なりに長い時間を掛けて考えていたんだけど、どうやら君にしか解決できないものらしい。根拠を説明しろと言われても、同じだけの時間をかけたとしても僕にはその半分の理由すらも説明できないのだけれど。とにかく僕は今ひどく混乱していて君の助けが必要みたいなんだ。

 どうか何も訊かずに僕の代わりにブログを書いてくれないだろうか。もちろん選択肢は君にあって、これを断ることも断らないこともできる。だけど君は、いずれにせよ決断をしなければならない。こんなことを君に強いることになってしまったのは本当に心苦しいんだ。だってそうだろう? 友人を悩ませることは僕にとって、少なくとも楽しいことではないのだから。

 とにかく君からの返事が届くまではもうしばらく一人で頑張ってみるつもりだ。君がいなくても更新さえすれば本質的にはブログは続いていくし、それは完璧な形ではないにせよ、僕の望むことだからね」 

 メールを読んでいる途中、気取ったフランス料理店の支配人がアメリカン・エクスプレスのカードを受け取るときのような顔つきのウエイトレスがサンドイッチを運んでくれて、僕はメールを読み終えたあとにもう一度頭から読み返して――その結果サンドイッチからはいささかの新鮮さが永遠に失われた――サンドイッチにかぶりつきながら、やれやれ、と呟いた。

 とにかく、そのようにして僕のブログをめぐる冒険が始まった。選択肢は僕の手元に、まるで初めから水槽の中に存在している砂利のようにあって、そして僕は決断した。いずれにしてもそうしなければならなかったのだ。サンドイッチを食べ終えてもう一度メールを読み直した後、なんとなく僕はすぐにそれを書かなければならないような気になったし、あるいはそんな気にはなっていなかったのかもしれない。僕にとって、そんなことよりもはるかに重要だったのは、悪い予感というものは良い予感よりもずっと高い確率で当たることを経験的に知っていて、書かないという選択が僕にとって何か悪いことが起こるということだった。いずれにせよ、この続きは僕が無事にサンクトペテルブルクに到着して、そしてその予感が続いているのなら書くべきなのだろう。

 正直に言って僕は今ひどく疲れているし、昨日から今日にかけて起こった出来事をここに書くべきなのかどうか今も分からない。君からのメールを受け取ったことがこの奇妙な出来事の原因だったのだとしたら、あるいは僕はこんなメールを受け取るべきではなかったのかもしれない。そして、残念なことに悪い予感はずっと続いていて、それどころか今となっては確信に近いものになっている。もし君の言う通り、この奇妙なできごともこのブログと同じように本質的には続くものなら、なおさら僕は正直に語らねばならない。品のいいアードベッグ・スコッチを飲みながら、やれやれ、と僕は呟いた。

  飛行機に乗り込んだ後、僕は機内のオーディオプログラムの中でローリング・ストーンズの特集をしている番組を聴きながら、キャビンアテンダントから品のいい動物の清潔な内臓のひだのようなブランケットを受け取った。コンクリートを力いっぱい引っ張ったような雨雲を抜けた頃、僕はローリング・ストーンズを聴きながら少しぼんやりとした気分になっていた。そうやってしばらく退屈で骨の折れるような時間を過ごし、眠るために備え付けのテーブルを戻そうかと考え始めた頃、突然横から肩を叩かれた。

「あなたって本当に自分以外には鉄板みたいに興味がないのね」と彼女は言って、僕を見ながらしかめた顔をした。

 僕はとっさに返事ができなかった。彼女がここにいる意味を真剣に考えてみようと思ったけど、結局諦めて「どうして君がここにいるんだい?」と言った。

「あら、あなたと同じよ。ハンブルグ空港でサンクトペテルブルク行きの飛行機に乗ったの」

「つまり君は今までハンブルグに居たってわけ?」

「私もこの座席に座った時、今のあなたと同じことを思っていたのよ」と彼女は言った。「数十分も前のことだけど。ねえ本当に私だって気付かなかったわけ?」

「考えてもみなかった」

「あらそう。ねえ私が今何を考えているかわかる?」

「見当もつかない」と僕は言った。「でもお願いだから、もう少し声のトーンを落としてくれないか? ここは飛行機の中で、僕達の他には誰もこんな風に話してないんだから」

「あのね隣に座った時、私は一目であなただって分かったわ。でもあなたは変なブランケットを受け取った後、すぐにヘッドホンで音楽を聴き始めて雨雲の中でもちっとも目を開けなかったでしょ。あの時あんなにも揺れたにも関わらず。私とっても不安だったの」

「ふむ」

「よっぽどあなたに話し掛けて手を握ってもらおうと思ったくらいに。本当よ。だけどそんな私になんかちっとも気付かないで、あなたはテーブルをあげて寝ようとしたじゃない?」彼女は小声で言った。「あんまりに腹が立っちゃったから思わず話しかけちゃった」

「それは本当にすまなかった。つまり僕は少し疲れていて」

「あら許してあげるわよ。その代わり少し付き合ってちょうだい」

 やれやれ、と頭を抱える僕のことなんか気にせずに、彼女はキャビンアテンダントに頼んだウィスキー・コークを二杯立て続けに飲んで、それからシャンベルタンを頼んだ。

「何か話をしてよ」

「どんな話がいいわけ?」

「ねえ突然だけど今から私のことを考えながらマスターベーションをしてくれない? それでどうだったか聞かせて欲しいの。そういうのってすごく楽しいと思わない?」

「思わないね」

「そうかしら? でもとにかく私はそう思うのよ。男の子っていつもどんなことを考えながらするわけ?」

「少なくともこうやって誰かにお願いされて飛行機の中でするものではないだろうね」

「あら、でもそれってとても素敵だわ。狭い部屋で自分一人でするのなんて退屈で惨めじゃない」

「あるいはね」と僕は言った。「だけどマスターベーションは本質的に退屈で惨めなものなんだよ」

 彼女は真剣な顔でそのことについて考えているようだったが、しばらくした後に「ねえ本当にしない?」と言った。

「こんなことで捕まりたくないんだ」

「あらばれないわよ。そのためにブランケットがあるんじゃない」

「君は今日少しおかしいよ。酔っているしこんなところで知り合いと再会したから、つまり、少し興奮しているんだ」

「お願いだからこんなことで私を嫌いにならないでね。それって涙が出ちゃうくらいつまらないことだから。でも違うの。欲求不満だとか挑発的になってるだとかじゃないの。本当に。だけど私ってずっと女子校だったでしょう? 海外を飛び回ってると恋人もできないし。あなただってそうでしょう?」

「わかる気がする」

「だからずっと気になっていたのだけど、誰にも訊けなかったの。だってこんなことをまさか上司やお父さんに言えないでしょう? そんな時、あなたがこうやって私の隣に座っていたの。これって奇跡だと思わない?」

「そうかもしれない」

「あなたがしてくれないなら私、今から大声で泣き始めて他の乗客一人一人にあなたに言ったことと同じことを言うわよ」

「勘弁してくれよ」と僕は言った。

 サンクトペテルブルクは雪が激しく降り、殆ど前も見えないくらいだった。街全体が冷凍された死体のように絶望的に固く凍りついていた。 僕たちはどちらから誘うでもなくホテルへ入った。この街ではそうするのが正しいのだと僕は思ったし、彼女もそう思ったようだった。僕たちはそのことに少しの疑問も持たなかったし、閉園後の動物園で、飼育員に誘導されながら飼育小屋に戻る動物たちみたいに当然のことだった。

「ねえ今から私たちはあれをするわけでしょう?」と彼女が言った。「私うまく出来るか心配なの」

「ふむ」

「あなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。私の個人的な問題なの。つまり風のある日に煙がまっすぐ立ちのぼらないみたいに、私にとってはそれがごく自然なことなの。私の言ってることってわかる?」

「わかるよ」

「そう。それじゃあキスをしましょうか」と彼女が言った。僕たちは二つのスプーンを重ねたみたいに、あるいはお互いがお互いの水分を吸収しようとくっついたスポンジみたいに、そうすることがごく自然なものとして存在した。

「ねえやっぱりダメみたい。私こんなにも熱くなってるのにちっとも濡れないのよ。私のこと嫌いになった?」

「まさか。そりゃ少し残念ではあるけれど」

「あなたってたまにすごく正直よね。でも私あなたのそういうところって好きよ」

「そりゃどうも」

「ねえ私のことは好き?」

「好きだよ」

「どれくらい好き?」

「世界中のリスが木の実を隠すために穴へと戻ってしまうくらい好きだ」

「それって凄く素敵ね。私今すごく嬉しいのよ。あなたのことをたくさん訊かせて欲しいの。ブログってしてる?」

「していると言えばしているし、していないと言えばしていない」と僕は言った。「ふうん」と彼女は言って、それから、何か話したくないことがあるのね? と言いながら僕のペニスを優しく握った。

「正直に言うと話したくないね。つまり複雑に事情が込み入っていて、うまく説明できる自信がないんだ」

「そんな事情があってもブログは続くものなの?」

「本質的にはね」

「ねえ私が今何を考えてるかわかる?」

「さっぱり見当もつかないよ」

「あなたに射精して欲しいの。そう思わない?」

「僕も思うよ」

「本質的に?」

「そう、本質的に」と僕は言って、そして何の予兆もなく突然射精した。それは押しとどめようのない激しい射精だった。

「このこともブログに書くわけ?」と彼女は、冷蔵庫から取り出した青いバルチカの缶を開けながら言った。

「書くかもしれないし書かないかもしれない。いずれにしても僕はブログに対してあまりにも多くのことを知らないんだ。同時に君自身に対しても」

「あなたは今ひどく混乱していて、あまりにも疲れているのよ。きっと朝起きたらあなたはパソコンを起動して今日のことをブログに書くわ。私にはそういうことって全部わかるの。そして、私はそれを楽しみにしていて、私のことをあなたがどうやって書くのかってことにすごく興味があるの。本当よ。だからちゃんと前向きに考えてちょうだい?」

「努力はするよ」

「それじゃあおやすみ」と彼女はにっこりと笑って言った。

 次の日の朝、彼女は忽然と跡形もなく居なくなっていた。だけど僕はこれといって動揺はしなかったし、そのことについて心を激しく痛めるようなこともなかった。彼女は消えるべき存在だったのだ。あるいは彼女は消えてこそ、本来的な価値を得るものだったのだ。僕はそれをごく自然に理解していたし、そして同時に、彼女が永遠に僕の前に戻ってこないであろうこともとてもよく理解していた。

 何度か彼女に電話をコールしても、病院の霊安室みたいなわかりやすい静けさが続くだけで、僕は結局、クリスマスの朝に子供がプレゼントを見つけたあとの空っぽの靴下のような部屋で一人ストレッチをすることに決めた。入念に一つ一つの筋肉をほぐした後、シャワーを浴びて汗を流すとパソコンを起動した。

 僕はたしかに決断をしたし、そして決断にはある種の責任が発生する。そう考えると、今すぐにでも書かなければならない気になった。深い井戸の中にいる僕の背中を、よく目を凝らさないと見えない武士が何度も何度も斬りつけてくるみたいに、自分の身に起きたことをできるだけ正直に語らなければないと思った。

 僕にはそれ以上うまく説明できないのだけど、いずれにしても僕がどう感じたとか、何を選んだとかに関わらず物語は進んでいくものだ。僕の手から物語が離れようとも、あるいは物語が僕抜きでも本質的に続くものだとしても、僕は決断をしたし、またそうしなければならなかった。やれやれ、と肩をすぼめてみせる。知らない間に美女が蓄えた脂肪みたいな雪が降る中、僕の部屋のラジオからはローリング・ストーンズの『ブラウン・シュガー』がまた流れていた。

 

 

 

 

 

ここまで書いておいてなんですけど、全部嘘です。

はてなブロガーは二度話が逸れる

 自分のブログを読み返してて思ったんだけど、あまりにも話の脱線が多過ぎる。普通の人なら俺が脱線してしまった部分だけで一つや二つ、記事として公開できるくらいの文量を書いてしまっている。いくらなんでもこれはひどいなと思ってて、だから今回はもう、絶対何がなんでも決められたレールの上だけを走ろうと。さすがに「話が脱線してしまうヤバイ」って話をしてる時に話が脱線するのは、なんつーか、できる限りオブラートに包むけど、大人としてマズい状況と思うし。

 いや、これはほんとにネタ振りでもなんでもなくて、万が一、今回の話が途中で横道に逸れたら、俺はもうその瞬間にこの記事を書くのを止めて、すぐに救急車を呼ぼうと思ってる。だってあり得ないし。それくらいの覚悟でもってキーボードを叩いてる。これは自分自身との戦いであり、これを読んでくれてるみんなとの約束でもあるわけ。俺は必ずこの話を真っ直ぐ書き切って、最後は一人一人にちゃんとありがとうって伝えたい。これまで支えてくれた人、そしていつも見守……っと危ねー。今脱線の気配がしたわ。ちょっと車体が傾いてた。いつもの俺なら確実にこのまま走り出してた。行く先も分からぬまま、暗い夜の帳の……っつーのは、あの、ほら、嘘、っていうか、冗談みたいなやつで。ああ怖えよ。言わんこっちゃねえ。ほんと言わんこっちゃねえよ。油断したらすぐこれじゃん。自分でもまさか三行で二回も脱線しかかってることに驚きが隠せないままなんだけど、でもまあ、これで分かってもらえたと思う。俺がどれだけ本気なのかっつーことが。

 うだうだしてたらどこで脱線するかわかんないからさっそく本題に入るんだけど、どうして急に俺がこんな危機感を持ち始めたのかっつーと、『機関車トーマス』にスマジャーって奴が出てくるんだけどさ。いや、ちょっと待って、大丈夫だから。落ち着いて。分かってる。みんなの言いたいことは全部分かってる。ほら怖くない。さあおいで。ね、怖くない。怯えていただけなんだよね。うふふ。ユパ様、この子私にくださいな。つってね。いやまあ、これは、普通にアウトですよ。書き切ったし。ユパ様まで出てきたんなら言い逃れするつもりはないよ。けど今回だけはちげーの。あえて『風の谷のナウシカ』をやり始めたみたいなとこある。これは脱線の基準を示すものっつーか、標識? そう、道路標識みたいなやつで、あえて、のやつだから。とりあえず救急車は呼ばずに聴いてほしい。『機関車トーマス』に関しては全く問題ないし。これは脱線に関する話だから。

 このスマジャーってかなり運転が荒くって、事故とかもバンバン起こしてるようなキャラクターだったんだけど、それを注意された時も、

ちょっとの脱線くらい、誰も気にしないさ

 なんて開き直るようなやつでさ。いや、まあ、これが比喩ならかなり深い言葉なんだろうけど、なんたってこいつ汽車じゃん。汽車の言う脱線なんて普通に死亡事故のことなんだから、最後はマジ切れした支配人に車輪を外されて発電機にされちゃって。結局スマジャーはその後車庫で発電機として一生を終えるんだけど、この話をブログ読み返してる時に思い出して、ほんとに震えた。これ明日は我が身だな、と。

 いや、自分のブログで話がいくら脱線しようと、さすがに発電機にはされないだろうけどさ、だからって開き直って、これがわしの持ち味じゃ〜い! なんてやってたら、いつこのスマジャーみたいにはてなブロガーから目をつけられて足をもがれるのか、分かったもんじゃないじゃん。俺、インターネットがそういうところって知ってるし。ほら、足をもがれた話をブログで書けよ(笑) まーた話が脱線するんだろーなこいつ(笑) なんて脅されながらパソコンの前に座らされてさ。そんな状況になったらさすがの俺でも、血が止まらないです。誰か助けてください。としか書けないじゃん絶対。さすがのユパ様もこの時ばかりは出てこない。だって俺、虫の息だろうし。で、その記事がたまたま有名ブロガーの目に止まって拡散されて、一気に世間も注目してさ、まあそこまできたら『闇金ウシジマくん』に取り上げられて、はてなブロガーくん編g