ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

すきだらけでしたみたいな話

 

haine.hatenablog.jp

  前回の記事を更新した後、色々な人のブログを読んでたらびっくりしちゃったんだけど、あけましておめでとう、みたいなやつ、みんな書いてた。あったんだ、そういうの。インターネットに。俺が他人様の文章にイチャモンつけてる間、みんなは申し合わせたかのように、今年もよろしくお願いします! だの、去年一年でお世話になった人たちを紹介します! みたいに和気あいあいとしてて、いや、俺、その新年会呼ばれてないんスけど、みたいな。インターネットってもっとこう、グローバルなもんじゃなかったの? いやこれちょっと、単に俺が忘れてただけでしょ、とか、そういう話で終わらせてほしくないし、誰が悪いとか、みんなが俺に謝ればそれで終わりとか、そんなふうに簡単に考えてほしくない。

 インターネットっつーとそれはもう世界中の人たちが同時に閲覧できるようになっているわけで、みんなが日本時間の1月1日午前0時ちょうどに更新したブログを現地時間の12月31日に読む人だっているわけだ。そういう人たちの気持ちを少しでも考えていたのかな、ってすごく俺は悲しかった。たとえば時差って約1,666kmごとに1時間くらいあるそうなんだけど、現に俺は今、日本から60万km離れた場所でブログを更新していて、ちょうど今この瞬間に、2018年を迎えようとしているわけ。この二週間ほんとうに寂しかった。今、60万kmって一体どれくらい離れてるんだろって軽く調べたら、月よりはるか遠くだったわけなんだけど、とにかく月と火星の間でぽつんとブログを更新してる人もいるんだからさ、そこはちゃんと看破して欲しかったし、それはインターネットを使う人の責務だと思うよ。

 そんな極端な話じゃなくても、たとえばセントクリストファー・ネイビス人の男の子がみんなのブログを心待ちにしてる可能性を少しでも想定することが出来たら、簡単に、あけまして、なんて言えないんじゃないかな。ブログを読んでその子は、ねえママ、みんなあけましておめでとう、って言ってるけど、ひょっとしてぼくだけ2018年は来ないの? と心配になってるかもしんない。ダウンタウンの浜田が差別問題で批判されてたけど、みんながしてたことも時差差別と言えるからね、これは。肌の色や国籍、時差といった本人の努力では変えられない要素を一方が笑い、もう一方が悲しむなんてあんまりじゃないか。俺があけましておめでとう、って記事を公開しなかったのは、そういう理由に鑑みた結果なんだよ。

 もうそういうことにしてくれ。実は前回の記事の各段落の初めに、あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします、という縦読みを仕込んでいて、そのことを誰にも気付かれないもんだからぶつぶつ文句を垂れてる、なんてことはみんなにとってはどうでもいいことなんだろうし、他人の文章を無理くり解釈して文章中に遊びを見出す、なんてことをしてる文章の中に同じような文章構造を使った遊びがあったらおもしろいよね~、こ、こりゃみんな大喜びだぞ〜!!  なんてオチと遊び心は、結局独りよがりなものだったんだから。縦読み気付かれない差別を受けたよ。もういい。今更気付いたって遅いし。うちら、もう終わりだね。別れよっか。疲れちゃったよ。

 あの、まあ、こんなことはもう、今後の皆さんの、ほら、たとえば正月にみんなで楽しそうにオススメのブログを紹介とかし合ってたあれ、あんな感じでこのブログを紹介する、とか、SNSでオススメする、とか、そういう頑張り次第だと俺は思ってるから良いんだけど、そんなことより当初の予定通り、今から正月に好きな人と会った話を書きます。突然だけど忘れないうちにさ。書きてーことが山ほどあんの。

 実は実は、好きな人が正月休みこっちに帰ってきてたからちょー久しぶりに会ったんだけどさ、いやもうほんとに久し振りで。なんだろ、かるく夏秋と二つの季節を飛び越えてゴールデンウィーク以来?  みたいなさ、あまりに長い間会ってなくて、思考回路はショート寸前、つー感じで、その間なんども電話をかけては、お前タイムリープしてね?  つって、まあタイムリープはしてなくて仕事仕事の毎日だったそうなんだけど、とにかく八ヶ月振りくらいの再会、逆にいえばこのブログを始めてから俺らは一回も会ってなかったんだ、じゃあ俺は今までなにを書いてたんだよ、っつー感じだよね。

  だけど、それでも久し振りに会った好きな人はあまりにも俺の知っていた通りの、まぶしいくらい思っていた通りの好きな人のままで、いつもみたいに少しだけ遅刻してきて、相変わらずそれを白々しく笑って誤魔化そうとしてきた。

  まーその可愛いこと可愛いこと。俺ちょっとなりたくなったもん。その顔と性格に。男なのにさ。男でさえなりたいってことは、普段好きな人の周りにいる女なんてちょっとマジでなりたくて死んだりしてんじゃねーかって、軽く心配になった。

  まあ、そんな感じでね、久し振りに会って、話して楽しかった、知るも知らぬも逢坂の関、ってだけの話なんだけど、それじゃあいくらなんでもじゃんっつー、いや別に良いんだろうけどさ。ブログだし。馬鹿みたいな文量を書く必要なんてさらさらないわけだし、前回の記事のことを書いちゃったから既に二千字を超えてるんだけど、好きな人と会う、なんてブログが始まって以来の事件なんだし、克明に些細に記録しておくべきでしょ、みたいな思いもあって、ただあれだわ、こうやって好きな人のことを書き始めてからわかったけど、俺、こういうルポルタージュみたいなの完全に向いてない。いつもよりフルスロットルで話に脈略がなくなる気がする。それも悪い方へ。

  ほら、今までって自分がただ思ってることをそのまま書いてたわけで、好きな人のことについて書いててもそこには好きな人なんて居なくって、結局ただの感想文だったんだよね。主体が自分の。そういうロマン主義的な慰みに慣れ過ぎて、いきなり今日は写実主義でお願いします、みたいなノリで感じで来られるとさー、どう書き進めんの?  っつー。

  ほんと、前にミヤタのことを書いた時みたいにただ出来事を羅列するだけになる気がするし、なんだろ、へんに気持ちが入っちゃってる分、自分の感じたことと、見た光景のどっちに軸足を定めればいいのかわかんなくって、正直ちょっと混乱するというか、いや、もうめちゃくちゃ楽しかったのはそうなんだけど、そうなんだけどさ。

  たとえば好きな人が泣き崩れて、俺もその涙を拭ってやって、これはオメェには似合わねぇものだよ、とかなんとか言ってね、こう、おでこにキスとかしてさ。思わず好きな人も笑ったり、みたいな。いやこれはキモいよ。大丈夫わかってる。たとえのやつね。これはもののたとえとしてなんだけど、こういうワンハプンでもあれば俺はそこに向けて書くことができるし、けど特に何事もなく、楽しく飲んでってして、じゃあねって終わっただけだと、なにから始めてなにで終わるべきなのかがわかんなくなる。次回はボイスレコーダーでも用意して、それをノーカットで公開したら良い?

  なんだろ、とりあえず今回はダイジェスト版的な、ティザー広告みたいな感じで一部分だけを書いて、続きは出るはずのない書籍版で、っつー感じでお届けしよう思うんだけど、なんか入った店でモッツァレラチーズとお餅の揚げ出しみたいな料理があってさ、好きな人も俺もチーズが好きだからそれを頼んだんだけど、好きな人が料理を取り分けてあげるね、つって、自分のところにはチーズだけを入れて、俺の方に餅しか入れてくれなくて、俺は、おいおいおい〜!  的なことを言って二人でいっぱい笑ったりした。(ちなみにこのおいおいおい〜!  がすごく面白い)  それでその次に、じゃあ俺が今度は入れてあげるね、つって、自分のところにはチーズを入れて、好きな人の取り皿には端に盛られてる大根おろしの塊と餅を入れて、げらげら二人でまた笑ってたんだけど、その隙を突かれて好きな人に取り皿を変えられてさ、そっから解散の時までずっと、俺、泣いてた。慟哭と言ってもいい程に。

  いやしかも、もうこの流れも二十回くらい過去にしてるもんだから、もはや恒例となりつつあんだけど、その毎回が神回で、俺たちやばくない……?  仲良しが過ぎない……?  って再確認し合って、100点満点中5000京点あげあって、最高だね大成功じゃん、つって今回も。なんかお互いにお土産交換とかもしちゃってさ、最初はこれでーすなんてやって、いや、それは別にいらないかも、みたいなこと言われて、このこのー、人のお土産にそんなこと言うなよ、みたいな、げっ、思い出すだけでもう一回してえ。

  ただ、これだけはあらかじめ言っておきたいんだけど、半年振りにしたこの、おいおいおい〜!  は格別、みたいなのはマジであった。ウイスキーとかワインと同じで、今回のに関しては、別格のおいおいおい〜!  が出てた。年代物はやっぱり香りや味が違う。ほほう、今回のおいおいおい〜!  は半年ものですか、みたいな。

  ま、その場では、おいおいおい〜!  ってちゃんとやったけどさ、それがうちらのルールだかんね。でも本人には言ってないけど今回ばかしはちょっと、本気のおいおいおい〜!  じゃなかった、みたいなとこは正直ある。好きな人が目を細めながら美味しそうにチーズをびょーんって伸ばしながら食べてて、むしろ、みたいな、とこはあった。むしろ、こちら側の方が得をしてしまいました、的な優越感がなかったとは言えない。好きな人がチーズを美味しそうに食べてて、それも、俺には要らない餅を入れてやったよヘッヘッヘみたいな、計画通り、みたいなしたり顔をしてて、俺はその顔がすげー好きだなって思ったから最終的な幸福度では俺が勝ってたぜ、っつーさ。その上、餅も食えたし。

  なんか俺、こうやって飲んでる間ずっと好きな人に、好きだ、付き合おう、仕事なんかやめて帰ってきて、好きだ、あわよくば結婚しよう、間接キスしない?  とか言いまくってて、好きな人はそれをロボットかよっつーくらい無視してくれて、俺が講じた策も作戦も全て看破してくれて、その関係性がすげー居心地良くって楽しくて。逆に気付いちゃった。ああもうこれってあれだ、俺ってとっくの昔に好きな人のこと諦めてたんだ、みたいな。未練とか付き合いたいって気持ちって本当に俺の中からなくなっちゃってて、もちろん変わらず好きなままなんだけどさ、自分から出る言葉とは裏腹にどこまでもそれらに意味なんかなくなっていて、ただのコミュニケーションの代替に成り下がって、だけど今のこの関係って俺にとってはすごく楽しいもので。

  そりゃそうだ、こんなのただのハラスメントなんだから。友達という関係と相手の人間性に甘んじて期待して、好き勝手振舞ってんだからそりゃ楽しいに決まってる。自分が太客だと思い込んでるキャバクラの客と同じ精神性だよ。けど、多分これって、相手からするとそんなに居心地の良いものではないはずで、そもそも関係としてはかなり不自然で、それも頭ではとうに分かってて、擦り切れるくらい考え抜いたことで、それでもなんとかかんとかこの不安定な関係が続けられてんのはやっぱり相手のおかげだな、つって、申し訳なさやら楽しさで、帰り道、少しだけ、やり直してー今日、と思った。

  なんか好きな人と会う前に時間があったから高校時代の友達とその奥さんに会って喋ってたんだけどさ、その時奥さんに、好き好き言い続けてたらそりゃ好きなままだよねー、みたいなことを言われて、それはほんっとその通りで、好き好き言い続けるのってすげー楽なの。思考停止みたいなもんで。でも相手にも自分にも何らかを強要しないと続けらんない恋なんて、ほんとにほんとにやめるべきだわ、って感じたよさすがに。で、振り出しに戻るわけ。

  理屈はわかったからどうすればやめれんだこれ。マジでさ。なんか途中、好きな人にどんな人がタイプなの?  って訊いて、それで好きな人が、引き際をわきまえてる人、つって、俺、それ聞いて、あーもう最高だよこの人、って感じですっげー面白くてげらげら笑ってたんだけど、本当はそうじゃなかったんだよ、俺のとるべき行動って。俺の反応は本当に間違ってる。いや別に相手が本気で言ってないことくらいわかってるし、ひょっとするとマジで言ってたのかもしんないけど、いずれにせよ、空気なんて読まずにマジで心から謝るか、落ち込むかするべきとこだったんだ。好きな人なら。友達なら尚更さ。

  いつまでこんなことしてんだろって身にしみた。このままだとマジで相手が我慢できなくなって関係が壊れるまで好き好きやっちゃってるよ、みーたーいーなー、ね。いや別に落ち込んでるとか病んでるわけじゃないし、あの、会って話してってしたのは、そんなの全部差し引いても本当に本当に楽しかったのよ。わかんない、相手がどうだったかとかはわかんないけど、たぶんちゃんとめっちゃ楽しんでくれてたと思うし、なにせ5000京点だからね、けど俺はちゃんと今の状態が期限と条件の付いた仮釈放中の身分だってことを理解しなきゃなんないし、それは大なり小なり相手の我慢の上で成り立ってるってことを正しく認識しなきゃいけない。

  そういう意味でもやっぱり会えてよかった。前に好きな人について、驚天動地の神通力がある、みたいに書いてさ、やっぱりそれは全然色褪せないままなんだけど、あ、そうだ、話は変わんだけど、俺、すげー好きで敬愛してる人がいて、その人って学生時代にしてたバイトの先輩で、もう結婚もして子供も身ごもってる人なんだけど、別に連絡なんて取らなくたってそれが当たり前だし、けどどれだけ時間を経ても、たとえ共通の話題なんてなくっても、連絡すれば再会さえすればそれまでの時間や環境なんてまるで関係なかったかのように話せる人で、俺、そんなふうになれたらって思うよ。理想形がそれ。で、そのために邪魔なものを余裕でわかる。簡単な引き算だし。俺、義務教育どころか四年制大学も出てんだし。なにより一番重要なのはさ、相手もそれを期待してるはずだったんだ、ってこと。ようやくここまで足掻いて気付いた。つーか直視できた。あのさ、恋ってバーリトゥードじゃ全然ないのね。みんな知ってた?

  いやでもちょっとびっくりするくらい楽しかったな。楽しいだろう楽しいだろうとは思ってたけど、まさかここまでとはね。いまだにご機嫌なままだもん。ミヤタに無理言って飲みに行きたいって言ってよかった。すげー勝手だけど変な意味じゃなくって、ミヤタと色々話もしたし、だけど、それでも、もし結果論が許されんなら猛烈に楽しいまま終われた夜があって良かった。今すぐ全部が変わるってわけにはいかないけど、こんな日があって、それで角度を一度だけでもつけることができれば、将来には大きな差になってるはず、じゃん。

  最後もね最後もね、終電にはずいぶん早い時間に店を出たんだけど、駅のエスカレーターで隙をついて頭を触ってたら、これはなに?  って怒られてそのまま別れてさ、終わり良ければ、でいくと今回のケースはまさに最悪だし、好きな人のハートを射抜くことはついにできなかったわけなんだけど。まあ、あの、今のはその、戌年だけに、のやつで、戌年だけに射抜く、みたいなあれなんだけど、いいわやっぱり。うん。この話はいい。あれ、そういえば今思ったけど、俺、好きな人にあけましておめでとうってちゃんと伝えてない気がする。どっちか忘れた。まあ、別に何回言ってもいいじゃんね、めでたいことなんだし。じゃあ改めて、今年もよろしくお願いします、つーことで、ここに万感を込めるよ。

蛇の道は蛇なのじゃ

  あの、少し前に活字中毒・文章フェチを自称している某有名ブロガーが、文章とはかくあるべし、みたいなことをブームの質問サイトで語っていて、なんつーのかな、別にその人の”文章論”に口出ししたり批判するつもりはないんだけど、うーん、とね、お手本としてその人が書いていた文章がさ、こうあまりに、ね、いやこれはちょっとひどいぞ、と。

  けどこれはあの、勘違いだけはして欲しくないから初めに言っておくけど、俺の意見じゃないですよ。俺はそんなこと全く思わなかったし、すっごいなーって、ただそれだけ。さすが活字フェチを自称するだけのことはあるなぁ、つって、いや、これは、皮肉とかじゃなくって、とても澄んだ目で。澄んだ目で呟いた。

  ましてやほら、俺も文章がうまいとかそんなこと全くないし、たとえばワードでブログの下書きをすると文章のほぼ全てに赤と青のカラフルな波線を引かれて、え、なにこれ、二部合唱すんの?  みたいな感じになるからさ、人様に指摘できるレベルでは全然ないんだけど、なんつーのかな、俺の知り合い?  そう知り合いの話なんだけど、そいつが、こんな文章あり得ないっしょ、だいたいなぁにが活字中毒の僕が文章の書き方を教えます、だよ、中毒なら文章の良し悪しなんてわかんねえじゃねーか。じゃあ質問です。アル中に高いお酒の味がわかりますか? わからない、ストロングゼロを飲むの、つって、ちえみがさ、違う、知り合いがさ、怒ってて。

  したっけ俺はそれを聞いてもちろんブルゾンに、違う、知り合いにめちゃくちゃ怒ったよ。そんなこと言うもんじゃねえよ、って。他人を批判するのは良くないってわかって欲しくて、どうしても気付いて欲しくって、そんなことしたくなかったけど本人のためを思って原付で轢いた。二段階右折して轢いたから、正面からと左側からの計二回轢いたし、その知り合いも最後には思い直してくれたようで、ずっとダメウーマン……ダメウーマン……つってた。

  ていうかほんとね、餅は餅屋にって言葉があるように、文章のことは活字中毒者が一番よくわかってっから。お酒のことはアル中に、薬のことはシャブ中に、痔にはボラギノール。そうなの?  俺もこうやって一応なりとも文章を書いてるわけだからさ、その活字中毒で文章フェチの某有名ブロガー様の文章を参考にね、自分の文章のどこがダメなのかってことを考えて、文章力?  っつーのを鍛えたいと思います。いやあ、ほんと、勉強勉強の毎日ですヮ。

  (ちなみに以下の文は引用先を特定できないように、表現の一部や文章構成を文意が損なわれない程度に変更しています。)

  僕は他人の文章を読んでいると、中々内容が頭に入ってこないような違和感を覚えることがある。それは書き手の文章構造自体の欠陥や語彙力の無さに起因する表現力の脆弱さ等に原因があるのです。例えると句読点の位置やリズム感の無さの様な感覚や語順や適切な単語を配置出来ないという問題が大きな理由です。(以下略)

    大きなお世話だろうけど、マジでその人はこんな文章を書いてますからね。なんともまあ高尚な文章で、とてもじゃないですが頭に入ってこない、じゃない、深遠というのか玄妙というべきか、ははーん、活字中毒者はこんな文章を書くのね、って感動した。芥川賞に応募しちゃおっと。俺は今まで文章を「そうでないとあり得なかった言葉の順列」と思ってきたし、そういう意味では正解というか完成というか、文章には必ず目指すべき一つの最終形があると信じていたんだけど、まあ、なんというか、そうじゃない可能性もあるかもしれない、っつーことで、これをお手本として一文一文読み解いていきたい。

  僕は他人の文章を読んでいると、中々内容が頭に入ってこないような違和感を覚えることがある。

 めんどくせえ格式高い文章というのが一見の感想なんだけど、まずこの人の文章の大きな特徴として漢字をできるだけ閉じるくせがあるみたいで、こういう人ってよく見かけるんだけど、正直使いこなすのって中島敦くらいの文章力がないと独りよがりに見えんじゃないの、って。

例えば君が文章を書く時、

たとえば君が文章を書く時、

何処に注意を払うべきか

どこに注意を払うべきか

僕はきちんと伝えたはずだ

ぼくはきちんと伝えたはずだ

  で、俺にはそんな文章力もないし、そもそも短期間で消費し続けられる文章ならばという意味において、漢字を適切に開く意図をちゃんと看破してくれている、と信じてブログを書いてきたし、これはほんと、文章力とかその段階にさえ達していない話だと思ってたんだけど、でも早速これは間違いだったようです。漢字は閉じると閉じるだけ良いみたい。文章フェチが言うんだから間違いない。間違い無い。

  と、こうやって長々と書いてるとキリがないからどんどん指摘してくけど、違和感を覚える、これさ、使う人ってすごく多いじゃん。いや、わかんだ。「違和感を感じる」はたしかに「返信を返す」みたいな違和感があるし、感じるを覚えると置き換えることでその違和感を少なくしようとする、みたいな意図はさ。でもでもこれって同じ意味の言葉に置き換えても、それは「返信を返す」を「リプライを返す」に置き換えてるのとおんなじなわけで構造としてのおかしさは変わんない。

  上で書いたように、こういう重複のような修辞技法は使いこなすのがとても難しくって、たとえば、違和感がある、とか、違和感を抱く、みたいな別の言い換えを使うほうが無難じゃないのかな、って。まあ、そもそも、この文章の流れの中で違和感っつー言葉が出てくることこそが違和感なんだけど。

  こういう感じのね、この程度の揚げ足どりでブッてんのがトーシローだわ。ほんと。「文章は長けりゃ長いほど強い」と思ってる馬鹿が考えそうなことだよな。しかも今のがたまたま川柳になっちゃってるところとかも本当にダサい。俺なんて偶然ダサ歌人ですわ。偶然ダサ歌人活字中毒者にダメ出しなんて、釈迦に説法もいいとこなんだよ。まさか文章フェチともあろうお方がこんなところで躓いているはずがないんだしさぁ。いやもしだよ、もし万が一、そんなことはあり得ないんだけど、そこに注意を払わない人が活字中毒だの文章フェチだの名乗ってるなら、それは本当に、頭痛が痛い、話だよ。

  当然この活字フェチの方はそんなことすべて知ったうえで使っているはずだし、そもそも「重言」っつーのは強調のためだったり語調を整えるためにあえて用いるケースだってあるわけで、この場合やはり「違和感を覚える」とあえて表記してるのにはなんらかの理由があるはず。と、思って文章を精読していると、やはり、巧妙に言葉遊びと社会風刺が織り込まれていることが判明した。「覚える」の次に注目すると、

違和感を覚えることがある。

 仕掛けの肝の部分、「ことがある」に繋がっているわけなんだけど、これって少しまわりくどい表現だと思わない?  「を覚えること」なんて書く必要は本来ない部分なわけだし、ならどうしてだよっつーことなんだけど、実はこれ「覚えることがある」と「OLことガール」で韻を踏んでるんだよね。見えてました?  ここまで。

中々内容が頭に入ってこないような違和感、OLことガール。

  もうお分かりですよね。昨今の、OLでさえも女子という言葉でひとまとめにされてしまうことへの違和感と危機感、衆愚の言葉に対する無関心さに「OLことガール」という具体例を提示して、彼は文章構造とその遊びを使い、文章の力、そして言葉の楽しさを我々に見せようと試みる。事実、彼は文章構造自体にやおら話を移す。

それは書き手の文章構造自体の欠陥や語彙力の無さに起因する表現力の脆弱さ等に原因があるのです。

  縦しんば絮説されようとも彼は敢えて迂遠な文章を重ねていく。彼が指摘した読みにくさの原因を、今まさに書かれている文章上で再現することで、鮮やかに読者に追体験させ、その上で「起因」と「原因」で脚韻を踏む余裕を見せつけるだけでなく、なんと「起と原を踏む」と三歩目まで彼は脚を出している。

  朗々と紡がれた彼の文章を読んだ時、自然と涙が溢れた。私は文章というステージの上で、たしかにタップダンスの神様Bill "Bojangles" Robinsonを見たのだ。

  しかし、あるいは彼の文章に対してこんな意見があるかもしれない。[いやいやちょっと待てよ。この文章を単純化すると「違和感を抱くことは書き手の表現力の脆弱さ等に原因があります」っつー文章になるわけでしょ。なんだこれ。百歩譲って「違和感を抱くのは書き手の表現力の脆弱さ等が理由です」ならわからなくもないが、文章フェチなら原因と理由くらいちゃんと使い分けてくれ。したらその長々と書いたその文章は「その理由は書き手の表現力の脆弱さにあります」に収まるよ。あと、等、な。文章構造自体の欠陥  や  語彙力の無さ  に  起因する  表現力の脆弱さ等  って。二つの要素を包括するなら最後を複数にするなよ。あと文章構造自体の欠陥と表現力の脆弱さが関連しているように思えないし、そもそも表現力の脆弱さってなに、脆さ、関係ある?  なんで普通に、その理由は書き手の語彙や表現力の不足、そして文章構成力そのものにあります、って書けねえんだ。馬鹿が難しい言葉を持て余した結果、より馬鹿さが浮き彫りになっちまってるよ。塩かよ。スイカの馬鹿塩かっつーの。あともう最後にするけどせめて「だ、である」と「です、ます」のどっちかで語尾を統一するくらいはしてくれ。小学生じゃねえんだから。お受験をする小学生じゃねえんだからさ。スイカの馬鹿塩小学校を受験するんじゃないんだから。]と。

  くだらない。このような何の詩情も解さない哀れな杓子定規ボーイに対して、彼はなおも優しい口調で問い続ける。言葉とは。文章とは。そして人生とは——。

  折しも彼が辿り着いた答えは実に明快だった。

例えると句読点の位置やリズム感の無さの様な感覚や語順や適切な単語を配置出来ないという問題が大きな理由です。

  ——混沌(カオス)。

  熱烈冷諦に言語と向き合い続けたルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインはその後期、言葉の本質を「言語ゲーム」とメタ的に捉え、言語以前の記述されていない世界を「混沌的」と云った。その思想は今もなお言語哲学者に大きな影響を与え続けているが、ただ一人、誰よりも言葉を愛しているブロガーだけが、ウィトゲンシュタイン と違う世界を描いてみせた。即ち、言葉もまた混沌的である、と。

 慨世の士として「喩える(譬える)」を「例える」と誤変換して見せ、助詞本来の「文章を助ける」という働きをあざ笑うかのように羅列された「の」と「や」。もはや文章から読点は消え、リズム感は愚弄され、その語順が考慮されることはない。では、これは文章ではないのか?  そもそも文章に優劣はあるのか?  絶対的な正解は?  読みやすさは文章の至上命題か?  天ぷらにして不味い野菜なくない?

  言うまでもなく彼が投げかける問いはあまりにも単純である。しかしそれ故に誰も今まで答えを探ろうとはしなかった。彼一人がそれを疑問に思い、破壊し、言語の再構築を試みた。わたしは己の無知さを恥じた。これまでに書き連ねてきた文章の悉くを消そうとさえ思った。

 「つまらない男ね」

 シケモクを灰皿に押し付け、ブログを削除しようと決めた俺の背後から声がした。そこにはいつの間にやらグラマラスな女が立っていて、彼女は大きく溜息をつくと、[本当にブログを削除しますか?  この操作は取り消せません]と表示されたメッセージを手早くチャンセルした。

  「誰だオメェ。何の価値もねえ偽物の文章を消すのは俺の勝手だろ」

  まったくくだらないわ、彼女はそう言ってまた一つ溜息をつくと、俺の手に自分の手を重ね始めた。

  「偽物の文章、なんてあなたが決めることじゃない」

  「じゃあ誰が決めんだよ。オメェが決めてくれんのか?」

  「女の体は本物を知ってる」

 すげー強引にこんな感じでブルゾンちえみのネタに繋げてオトそうかなとか思ったんだけど、全然噛み合わないし誰かこの文章の添削と校正をしてくれませんか?

依羅じゃなかった

  ここ二週間くらいブログ書いてないしそろそろ更新するかーつって自分のブログを開いてみると、最終更新日が三十二日前って表示されててそのままブログを閉じた。それから二、三日後かな、ひょっとすると四日くらいは経ってたかもしんないけど、ま、それくらいのタイミングでおそるおそるブログを開いてみると、今度は五十日前って表示されて、思わず、ダウト、つった。

  無理があり過ぎ。さすがに俺でも計算が合わないことくらいわかる。いや、だって、ふざけてんじゃん、五十日間もあれば人って二十記事くらいは書いてるっしょ普通、それともあれか、知らねーうちに五十日の定義が変わったのか? あん? つって、爆笑しながらGoogleで「五十日間」って調べたら杉原千畝を紹介してる「命のビザ−運命の50日間」っつーサイトが出てきて、そこに「杉原が50日間で助けたユダヤ人は6000人とも8000人とも言われている。」みたいなこと書いてて途端にしゅんとした。

  いや、俺は別に外交官じゃないし数千人の難民を救えてなくても別に良いし、それが当たり前なんだけどさ、それでもなんつーかさすがに密度が違い過ぎるっていうか、ほら、たとえば杉原千畝がブログをやってたとしてさ、五十日間くらい更新が止まって、元気してんのかなー千畝っちのやつ、とか思ってた矢先に、やっと「千畝のリトアニアDays」が更新されて、そこで「皆さんお久し振りです。杉原千畝です。まずは五十日間もブログを更新できなかったこと、お許しください。ユダヤ人を6000人から8000人くらい救っていてブログ書く時間がありませんでした」とか書いてたらさ、いやそりゃそうだよ、みたいな。なんか偉大さの規模感が正確に捉えられないからあれだけど、たぶんブログとか書く時間は普通になかっただろうな、みたいな感じになるじゃん。気軽に「お疲れ様でした」とかコメントできないし。

  なんかそんなの読んでたら五十日間ブログを更新しなかったあとの記事って、ひょっとしてそれくらいの規模の出来事が求められるんじゃねのーかって気持ちになってきて、それからどうしよどうしよって思ってたら今日でちょうど二ヶ月経っちゃった。なにこれ? もしもーしタイムパトロールさーん? えっと、もう、この二ヶ月間をありのまま書いていい?

  んと、俺、前回の記事でたしか好きな人から髪を編んだ写真を貰いました、つー話を書いたと思うんだけど、あれから二ヶ月間の進捗だよね。えっと、好きな人の話に限って言えば、スマホを変えたせいでその写真が消えたから新しい写真をねだってなんとか数枚もらえた、くらい、実際。もはやこれは進捗っつーか、一歩下がって一歩前に出ただけなんだから、いわゆる不動、なんだけど。寿命がウン万年みたいな種族の恋愛かよ。

  でも、好きな人以外のことなら前回から色々なことがあって、スマホを替えたり、札幌へ行ったり、彼女ができたり、祖母を亡くしたり、こうやって列記してみると時日に見合っただけの出来事はちゃんとあって、人は変わらずにはいられないんだ、な、みたいな、俺らって変わりたくないとどれだけ願っても変わらずにはえ、なに? うん。あー。オーケーオーケー。彼女ね。彼女ができた話ね。わかってるわかってる。無理だとは思った。あがき、みたいな。こんな感じでさらっと流してみたらひょっとすると、みたいな、いやー、なんつーか、彼女ができたくだりに関してはめちゃくちゃ突っ込まれそうだから、さらっと良い風の話の中でまとめあげて終わらせたかったんだけど、えーっと、さすがに無理?

  まあなんだろ。そういうことです。彼女つっても、女性の三人称ではなくって、恋人みたいな方がちゃんとできました。わかります? 恋人の意味。相手はこのブログにもミヤタっつー名前で何度か出てきてた人で、ほら、舌の根も乾かぬうちに、みたいな感じでお叱りを受けそうなんだけど、まあブログに関してはさ、どれだけ応援してくれていた人たちに怒られても、こう、ね、沈黙は金って感じで、いわゆる黙殺、もとよりこういうブログだったんスけど、っつー感じの佇まいでブログを更新し続けるから何も問題はないんだけど、ほら、やっぱさ、好きな人に報告するのが。すげーなんつーか、憂鬱じゃないけど、気まずいというか、ね、わかんじゃん。今まで私のこと好き好き言ってたくせに、みたいな、じゃん。途端、じゃん。したっけドキドキしながら、俺、ミヤタと付き合うことになった、つって、それからトーク画面を開いたり閉じたりそわそわしながら待ってたらすぐ返事が返ってきて、いつか言うと思った、って言われて。さすがに笑った。

  えー、まじかー、いつか言うと思ってたのかよー。なんだよー結局全然伝わってなかったのかー。俺があれだけ好き好き言っててもこいついつかミヤタと付き合うんだろうな、って感じだったんだ、まあ結果的に正しいのはそっちだったわけだし、そんなもんかー、とも思い直して、だとしたら俺自身もこんな展開は予想してなかったのに、なんでもわかっちゃうんじゃんっもう、みたいな感じで、好感度の差し引きとしては結果としてプラスに。もう、俺の脳の好感度を司る部分ってしばらく正常に機能してない。

  自分では今までずっと川で遊んでたつもりで、でもゆっくりと海へ海へと流されてしまっていた、と思ってたんだけど、いっやー最後らへん俺がバタ足してたところは、俯瞰で見ると依羅でさえない場所だったみたいで、がっつり海だったらしい。ちょっと安心したりやっぱりでもまた落ち込みながら、でもでも、こいつやっぱすげーいい人じゃん、そういうところだぞ好きなとこほんとよー、つって嬉しくなった。そうこなっくちゃ、みたいな。

  ミヤタにも好きな人に付き合ったって伝えたよって言って、なにか言われた? って訊かれたんだけど、いつか言うと思ったって言われた、って言うしかないじゃん。したっけそのまま伝えたら、もうあれ、そん時のミヤタの顔、第五使徒ラミエルと戦ったあとの綾波レイそっくりだった。碇シンジが「アヤナミィィィィィい!!!」つってエントリープラグのハッチを開けた時とおんなじ顔してた。そりゃそうなるわ。

  ミヤタ、なんて返していいのかわかんないのか、あー、つってて、その「あー」はミヤタが会社の上司とかお客さんからよくわからないことを言われた時に多用する、場をつなぐためだけの「あー」ってことを俺は知ってるから、俺も真似して、あー、つって、二人であーあー言い合って笑った後に、元気出してって言われて、俺は笑えば良いと思うよ、って言った。

 で。ここからが当ブログとしての問題なんだけど、俺、ミヤタにも好きな人のことを散々好き好き言ってたし、それでもまた告白してくれて、ありがとうわかった一回ちゃんと話し合おうつって、でもそれから数日答え出せなくてってしてから結局付き合うことになったんだけどさ、後から見つかってなんかなるのとか嫌だしその話し合いの時にこのブログ見せた。そう。このブログ見られてんの。いえーい! 更新してるよー! ま、それに関しては、ミヤタは別に今まで聞いてた通りだったしこれからも更新していいんじゃないって言ってくれたけど、いや、言ってくれたけどさ、こちとらもはや気軽に更新できなくない?

  つーかこうなってくると根本的にブログ自体の欠陥に向き合うしかなくなって、記事のカテゴリあんじゃん、それ今までは「好きな人について」「好きな人じゃないことについて」「創作」って分類してたんだけど、これがすげービミョーなことになってきてる。当然好きな人に関しての記事はこれまで「好きな人について」なんだけど、この分類法だとミヤタに関しての記事は「好きな人じゃないことについて」になってるんだよね。

  これさ、さすがにまずくない? でもなんか今までのカテゴリの名前を変更して、たとえば「元好きな人について」「彼女について」みたいなのは本当に最悪じゃん。特にその変更について何も触れずに変えたことがみんなに露見すると、それはもう、もちろん黙殺するんだけど、終(つい)ってことになる。「このブログ、終(つい)」っつーはてブがたくさんつく。だからって「好きな人について」で今後ミヤタの話を書いて、好きな人のことを「好きな人じゃないことについて」とかにするとわけわかんなくなるし、何より途中からこのブログを読み始めた人から、ここの管理人マジの馬鹿じゃん、と思われかねない。以前あれだけ悩んで、神の一手と思って打った一手がまさかのトン死。あの分岐からはどうやら死筋しかなかった。

  もうこれは戦後の歴史に倣って墨塗りにするしかないのかもしれない。「好きな人」という文字列を検閲で全て■■■■と表記し直して、カテゴリも「■■■■について」「■■■■じゃないことについて」に変えて、たとえば過去の記事の内容も「■■■■ってほんとにすごくって。世界が見違えるようになるし、■■■■のためなら俺なんだってできちゃうよ」みたいな感じで。ディストピアの完成である。

  ただこれは諸刃の剣。全ての問題が解決されるかわりに、公権力から目をつけられる。だって完全に違法なクスリをやってる人の感想ブログだし。「今日は知り合いのイラン人から■■■■の話を聞いてすっげーテンションあがった!」みたいなブログを何気なく書いたら最後、「落としのプロ」「拷問龍バイオレンスドラゴン」と署内から恐れられる暴田(ぼうだ)脅太郎(きょうたろう)っつー刑事からめちゃくちゃ違法な取り調べをされて、■■■■は好きな人って意味なんです〜! といくら言っても、あン? 好きな人? ナマ言っちゃあかんわ君。隠語やろ。”好きな人”の頭文字はS。エス覚せい剤のことや。つって。 

  調書にも「■■■■は覚せい剤って意味なんです〜!」とか書かれて、それを見た俺は慌てて、俺は覚せい剤なんて言ってない〜! って否定するんだけど、ニュースでは俺の発言を都合のいいように前後を切り取られて「発表によりますと容疑者の男は、取り調べに対して”覚せい剤は好きな人。俺は覚せい剤。”などと意味不明な言動を繰り返しており、警察では覚せい剤の使用を含めて厳しく余罪を追及する方針です」みたいに捏造されて報じられる。

  そのVTRをスタジオで見ていた宮根誠司が、いやあもう最近の若者ってほんまみんなこんなんやね、あほちゃうか、みたいなことを言って、ま、これは良いわ。宮根誠司はいい。まだまだ書かなきゃいけないことがあるし、ミヤネ屋の話をするほどこちとら暇じゃない。

  プランBはさっきのと少し被る部分もあんだけど、より具体的に好きな人をなんか、たとえばオコジョとかマンチカンみたいなかわいい生き物に置き換えて、当たり前みたいな顔でオコジョ大好きブログを更新し続けていくってやつ。これはかなり現実的。

  そりゃ過去の記事で筆が滑って好きな人への思いを熱く書いてたりしてるだろうし、ほらたとえばそれが、オコジョと遊びに行ってそれがほんと楽しくて、俺、告白しちゃった、みたいな文章になっちゃったりしたら、整合性を保つために、自分、小動物に恋愛感情あるし告白もした異常者ッスみたいな感じで今後は押し通さなきゃならなくなるだろうけど、それくらいは背負うつもりだよ。これが責任ってやつだろーから、さ。小僧にはまだまだわかんねーかもしんねーけど、責任っつーのは、立場上当然負わなければならない任務や義務のことだ。大辞泉に全部書いてる。 

  でもそれよりなにより、このプランBは完全に嘘を吐くことになるから、それってつまり俺が今まで書いてきたものをすべて否定することになるっつーのがなんとなくさみしい。飽きてりゃ別にブログを消して終わり終わりつっても良いんだけど、ブログを書くこと自体は今でも楽しいし、いっそ別のブログでも始めよーかなとかとか、そんな感じで今色々考えてて、でも好きな人のことを書くことはないんだろうし、もうなんとも思ってないんだし、みたいな。

「ちょっと待って、でもそれって君がほんまに思ってることではないんちゃうの?」

  耳障りな関西弁が耳に飛び込んでくる。僕は、ほっ、と、い、て、く、だ、さ、い、とその声の主に向かって口の動きだけで言い返した。

  いつもこうだ。僕に何かがあるといつも誰よりもそれに早く気付いて、余計なお節介を焼いてくる。今日も仕事終わりにとつぜん彼に連れていかれたと思ったら、誘導尋問みたいにことの顛末をすべて話させられた。

「だって君がそんな顔してる時っていっつもそうやんか」と彼は言うと、勝手に烏龍茶を二つ大声で追加し、おもむろに僕の頭をがしがしと撫でてくる。だってそんなこと言ったってどうもこうもできないじゃないですかー、と僕はその手を振りほどきながらも、どんどんと本心を吐露してしまう。

  ほんとうに不思議な人だ。人の心の中に土足のままずかずかと入ってきて部屋の主よりもそこでくつろいでるみたいで。そんな彼を苦々しく思いながらも気が付くと違和感がなくなっていて、当たり前のようにその状況を受け入れてしまっている。

じゃあどうしたらいいんですか、こんなの。

「思うままにしたらいいやん。良いも悪いもないわ」

ほんと勝手な人ですよね。

「難しく考えなや。君がひとりで始めたことやん。それやったら君ひとりで終わらせるしかないねんて」

ひとりで始めたことは、ひとりで終わらせるしかない、ですか。

「そうや。僕ら周りにできるのはその過程で君を手伝ったり、君がちゃんとひとりで決めて終わらせなあかんってことを伝えるくらいやからな。おっ、きたきた。ありがとさん。烏龍茶飲み飲み」

好きな人のこと、なんとも思ってない、ってことは、ないです。

「そんなこととっくに知ってるわ。僕のやってる仕事わかってるやろ。情報が命やねんで」

  気が付くと僕は大粒の涙を流していた。彼の言葉はぶっきらぼうで、気休めの優しさもなくて、僕の言って欲しいことなんて何一つかけてくれない。なのに、それなのに、自分ですら気が付かないような方法とやり方でいつのまにか彼はそこへたどり着いて、あたたかく僕を包んでくれている。

どうしていつもそうやって僕のことはなんでもわかるんですか。

僕の言葉に彼は、さっきも言ったやん、と破顔する。

「だって君がそんな顔してる時っていっつもそうやんか」

「おっお疲れさん。ホシはゲロったで。あいつまだ好きな人のこと吹っ切れてないわ。起訴の用意すすめてくれ」男は扉の外にいた部下に対してそう言うと、部下たちから賞賛の声があがった。

「さ、さすが落としのプロ! お疲れ様でした! よくあのホシに自白させましたね。一体どうされたんですか?」一人の部下が男に尋ねると、暴田脅太郎はニヤッと笑いながら「僕の仕事は刑事や」と言った。 これなに?

  っつーことで皆さんお久し振りです。踊り子ノイズです。まずは二ヶ月間もブログを更新できなかったこと、お許しください。起訴されていたのでブログを書く時間がありませんでした。今後ともよろしくお願い致します。

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奇跡さえ起こればいい

 

 前にも書いたかもしんないけど俺と好きな人って実は高校が同じで、まあそんなの当時は全然知らなかったんだけど、それが本当に今になって悔やまれるんだよね。つーのも高校時代の俺って、後輩に天使がいる、みたいな可能性なんて微塵も考慮せずに日夜やりたい放題してて、それはもう、触れるもの皆傷付けて、酒に喧嘩にドラッグに明け暮れてた系だったわけじゃないですか。でもなんだろ、高校生にもなると徐々に周りの人たちも少し大人になろうぜみたいな雰囲気を出してきて、だけどあの、俺の出身中学って『ごちゃごちゃ言ってないで誰が一番馬鹿か決めたらいいんだ!』みたいなノリのとこだったからその影響もあって、大人になったら確実に負け、みたいな、俺こんなクラスに馴染んじまったらその場で自死しようと常に懐刀を持ち歩いてた。

 でもうちの高校って、なんつーのかな、そういうのと真逆で、すげーキラキラしてる感じを出そう出そうと学校ぐるみでしてくる感じの、勉強も人並み以上にできちゃうし、それでいて部活動も強い、自由な校風でたくさん個性的な人たちが居て、みんなで青春に全力投球だっ! みたいな、特に俺が外国語系の学科で女子が多かったから学校の中でも特にそういう風潮が顕著だったし、最初はそういうのに対して斜に構えたり揶揄してた人らも、二年の冬くらいにもなれば、まあ、見事にみんな染まっていって、家にかかってくるセールスの電話とかにも「あ、はい、すみません、恋に部活に大忙しで……」つって断るような感じで、いつからか俺も懐刀を持ち歩かなくなってた。

 一般の生徒ですらそんなだから、生徒の代表たる生徒会長なんてもう、ありていに言ってしまえば青春龍ブルースプリングドラゴンなわけで、なんか一年の時に文化祭があったんだけど、その前夜祭? 後夜祭? で当時の生徒会長が、体育館の舞台上から彼女に向けて「最近受験勉強が忙しくて、前より話したり遊んだりする時間が少なくなったけど、それでもずっとお前のことが好きだっ!」的な再告白をしてて、それを聞いた生徒たちはひゅーひゅー! みたいな、他にもクラスメイトの女の子たちが学校に軽音楽部がないから同好会立ち上げよう! つって、どこぞのアニメかよ、みたいな、とにかくそんなのが許容されて、そして評価されるような高校だった。

 で。冒頭で酒に喧嘩にドラッグにって嘘八百並べてた手前ほんとこんなこと言うのは恥ずかしいんだけど、俺は二年生からクラスの評議員だった。評議員っつーと、つまり学級代表みたいな、言わばクラスで一番模範的な生徒なわけで、うちの学校は青春が至上命題とされてたんだから実質青春の申し子みたいな、青春のことなら踊り子さんところのノイズくんに訊きな、みたいな感じなわけで、まあ、ほんとはクラスの委員決めの日に欠席してたから閑職を押し付けられただけだったんだけど、とにかく世論の圧倒的な支持を得てクラスの代表、国で言えば総理大臣の地位に俺が就いていたわけで、要するに高校時代、俺は総理大臣だった。

 正直、内心「よっしゃ」って感じだったよね。だって去年の生徒会長の姿覚えてるし。あんな風に好き勝手振舞ってもいいわけでしょ?

 まあ、学校では生徒会長の方が立場は上だけどさ、総理大臣つったら数々の特権があるわけで、評議員である俺にもクラス内に限って言えば同等の裁量が認められるわけじゃんか。まずは国務大臣の任命権。俺がクラス運営に必要だと思った、具体的にはクラスの可愛い子だけを集めて「踊り子内閣」を組閣して、臨時会と称して夏休みの間特別招集をかけておっぱいを揉むことだってできるわけだ。当然、不逮捕特権のお陰で会期中は何しても捕まんない。テストだって内閣法7条の中止権を行使することで中止、これまでの成績も行政事件訴訟法27条に基いて行政処分等の執行停止命令を要求し、以後の授業は眠たくなったら警察法71条の緊急事態を布告して中断、そんな俺に反発し辞任を要求してくるであろうPTAに対しては「内政干渉であり誠に遺憾」っつーことで自衛隊法76条の防衛出動を発動して鎮圧すればいい。最強。

 あ、あと、総理大臣つったら当然給与が出るわけだよね? さすがに同じ年収である約4060万円とは言わないにしても、130,000,000人で40,600,000円なんだから、40人ならだいたい、えーっと、年収128円? あっ、じゃあこれはいらないわ。うん。逆にこれはいらない。割に合わな過ぎ。受け取ることで納得したと思われるのが癪だし。

 まあ結論から言うと評議員って権力も報酬もないマジでただの小間使いだったし、それに気付いた瞬間、バッキャロー! って叫んで内閣総辞職したんだけど、なんだろ、生徒会長が青春龍ブルースプリングドラゴンなら、俺はこの時、怒鳴り龍バッキャロードラゴンだった、っつー話は本当に必要なくない? 勘弁してくれよ。じゃなくて、そっから評議員の仕事とかも完全にやる気がなくなったんだけど、評議員って体育祭とか文化祭で生徒会との絡みも当然あって、そこをもう一踏ん張りして真面目に取り組んでたら下級生、ひいては好きな人と関われる糸口になってたかもしんないっつー後悔が今あんの。つーかもうそれっきゃない、って。

 なんだろ、評議員にすっげーのがいんぞ、みたいに生徒会で話題になって、生徒会長直々に「あなたという才能が必要だ」みたく推薦されて、他クラスや学年からも三年の外国語科の評議員マジらしい、的な、あいつを取り込めば部活の予算がやべーことになる、正体はドラゴン、みたいな色んな噂が流れて。したら当然俺の好きな子は宇宙一可愛いんだから、所属してる部活の部長は予算獲得のためにその子を使おうとするわけじゃん。

 部長になんとしてでも予算を取ってこい、たとえ身体を使ってもだ、とか言われて、本当は嫌だけど部活のため、と俺しか居ない生徒会室に勇気を振り絞って入って、何でもしますからどうか、っつー好きな人に対して、俺は微笑みながら「Oh mon dieu, c'est un client rare. Un ange est venu. Que s'est-il passé?(おやおや、これは珍しいお客さんだ。天使が来てくださるとはね。いかがなさいました?)」つって。なにせ外国語科だしフランス語専攻してたからね。

 学校を牛耳っているイメージとはほど遠い俺の柔和な雰囲気と聞き慣れない流暢なフランス語に困惑している好きな人に対して、っとごめんよ、あっちが長くて日本語に不慣れなんだ、つってね。まあ、あっちっていうか好きな子とは隣の市なんだけど。さっきもフランス語分からなかったからグーグル翻訳使ったし。

 んでまあ、ここに来た経緯とか聞いて黙っていた俺は、それがどういう意味か分かって来たんだよね? って静かに訊くんだけど、好きな人は、覚悟はできています……つって服を脱ぎ始めて、ワイシャツの第二ボタンに手を掛けた瞬間に、…………っぷ、はははっー! そんなに震えて……っくふ……なにが覚悟はできています、なのさ、はっはっはー! といきなり破顔して、自分が着てた学ランを好きな人の肩にかけてあげて、からかってごめんよ、みたいなやつ。そういうのをしたい。君は面白いね、気に入ったよ、予算のことは僕の方から言ってあげるから安心してネ、的な。

 あ、でもでも、せっかくのチャンスなんだから完全に接待を断るのは勿体無いしどうしよっかなー。好感度と欲望でちょうどバランスとれるとこってどこだろ、たとえば困惑しながら扉を出ようとする好きな人に対して、会長には僕から口添えするから君には、つって最後に口付けしちゃおっかなー。それともこれは寒ギャグ罪で捕まるカナ?^^;

 閑話休題。まあなんだ、要するに高校が同じだったのにも関わらず接点が一切なかったっつー時間なんて"無"じゃん、って話なんだけど、実際はこんな駄文を書いてる時間の方がはるかに"無"なんだよね。

 本当はこんなこと書いてる時間があるなら俺だって早くニンテンドースイッチマリオカートしたいの。買ったから。あんまりにすることがなくてマリオカートを買ったから。俺はそうやって一人の時間を一人で潰してうまいことやっていってるわけじゃん。大人の男性だから。

 ほらでも、こうやって別に好きな人との関わりなんて特別なくたって全然毎日楽しーなんてやってると、友達とかが辛そうに片思いとか失恋とかしてんの見ると羨ましいというか、俺こんな感じだけどちゃんと片思いってやつできてんのかな、みたいな感じになってくるよね。

 どこが好きなの? とか人から訊かれても、えっどこだろ、コップを静かに置くところ? あと目の動きとか、生への気力があまりなさそうな感じとか、ほらこないださーから始まって、最後はとにかくすげーの、お前さ、愛って知ってる? 今愛って言葉を聞いてなんらか想像したっしょ? それ。それが服着て歩いてんの。ウケんね。みたいな、そんな感じで決まった答えがあるわけじゃなくて、その時その時思いついた順に好きだな、良いなって思ったところを並べるだけで全然うまく答えらんないし、ずばっと好きな人のこんなところが好きって言えて、聞いてる人も、うわっ、そりゃ惚れちゃうよ、みたいな、出来えば全員が好きな人のことを好きになってくれるようなプレゼンを指し棒とか使ってしたいんだけど、だからそうやってちゃんと答えられる人ってほんと憧れる。

 好きな人って俺が持ってないもの全部持ってるし、反対に俺が持ってるものって好きな人にとっては不要なものばかりっぽくて、考え方とか嗜好も全然違うし、自分がどこに惹かれてんのか、何にこんな執着してんのかわかんなくなって、逆にどこが好きだと思う? つって、合コンに居るうぜーババアみたいになっちゃう。

 こないだもさー、好きな人にウインクしてる動画が欲しいつって、まあ当たり前なんだけど散々渋られて、やっとのことでくれた動画もウインクとか全然関係ない、なんかサッカーのゲームでシュート決めて喜んでる動画で、しかもお前、友達が被って全然見えないじゃん、みたいな、まあその時だよね、白眼ッッ!!! つって、血継限界に覚醒したのは。したっけ友達を透視して好きな人の全貌を見ることができたから、KOKIAの『ありがとう・・・』を聴きながら泣いたし、誰と結婚することになってもこの映像を式場で流そうと決意もしたんだけど、あっそうだ、あとあと、なんか好きな人がだまし絵の美術展? みたいなとこに行った時の写真もくれたんだけど、その写真って飛び出てるように見える天使の絵を好きな人が指差して笑ってる写真で、それ見た時爆笑しちゃった。いや、天使が天使指差してんじゃん、って。ど、ど、どっひゃ〜! そんなに天使はみ出すの〜!? あれれ~!? よく見たらこれ天使じゃなくて好きな人じゃ〜ん! ちょっとちょっと〜! そういう〜! だまし絵ってそういう〜! みたいな、まあそんで、しかも、その写真に写ってた好きな人の髪が編まれててさあ! ほら! 以前!

haine.hatenablog.jp

あの、ところでさ、全然話変わんだけど、旅行の写真あげたじゃん。で、お前最近髪を編んでるらしいじゃん。代わりにその写真くれない? ダメ? ダメなんだ、ふーん。

 って書いてて! 実にあれから四ヶ月! 遂にこの度願いが叶いまして! 雰囲気全然違うじゃ〜ん! お前の髪型ってどのパターンでも可愛いやつなのかよ~! そういう〜! だまし絵ってそういう〜! つって。ひゃ~! オメェすっげえ美人だなぁ! オラといっちょ結婚すっか!? って孫悟空になっちゃった。

 いやでも、たとえ俺が孫悟空になっちゃっても好きな人にとってはマジで関係ないっぽくて、これといった進展も特にないし、なんだろ、冬の気圧配置、みたいな、今のはちょっとたとえがうまくいかなかったからスルーして欲しいんだけど、とにかくそれこそもう奇跡でも起こんない限り、今後とも末永く友達のままお付き合いくださいって感じなわけじゃんか。したっけ俺もちょいとばかし最近は気を抜いてたっつーか、省エネモードみたいなのになってたんだけど、その間にも好きな人はどんどん可愛くなってって、中身はあきれるくらいずっと変わんなくて、ね、どしたの、悪魔と契約した? みたいな、もうほんとおちおちスリープしてる場合じゃねえぞ、っつー。俺だって高校時代は評議員の端くれ、生徒会の末席を汚してた身なんだから、いざという時は舞台上から彼女に向けていつでも「最近仕事が忙しくて、前より話したり遊んだりする時間は少なくなったけど、それでもずっとお前のことが好きだっ!」って宣言しちゃえるくらいのアレでいるつもりだし、もうほんと、あとは奇跡待ち、だけ、みたいな。

アクセス数とやさしさと

 なんか他の人気ブログとかを読んでたら、やれアフィリエイト収入だの、PV数を一ヶ月で○○増やすだの、欝とともに生きてゆく、みたいな、そんなのがメインストリームになってるっぽくて、もちろんそういうブログが悪いとは言わないし、ぜひブログで稼いで欲しいし、欝とともに生きていって欲しいなって思うんだけど、なんだろ、俺があまりそっち方面に興味がないからなのか、だんだん高校の副教科の授業を受けてる時みたいな気分なってきて、結局やめてしまった。

 でもまあもちろん人気ブログだけあって読みやすいし、為になることもたくさんあって「アクセス数を稼ぐには検索流入を増やそう」とか「タイトルだけでアクセス数は一桁変わる」みたいな、なるほどなるほど、つって何気なく自分の検索流入数を見てみたら0%だった。そんなことあるんだ。このブログもそれこそ更新した日には50人くらいの人たちが見に来てくれるようになってて、ほんとにありがたいなって感じなんだけど、検索流入数が0%なら、ここ、限界集落じゃん。読者って外部から切り離されて、なおその村に残ってる独居老人たちだけじゃん。

 しかもタイトルの付け方もさー、こないだタイトルのオンカロの意味がわかりませんでした、って言われて、オンカロっていうのはフィンランドにある核燃料の最終廃棄場所の名前なんですよー、っつーやり取りをしたんだけどさ、そもそもその記事でオンカロの話出てないし、これって最悪じゃない? むしろ検索流入させてる側じゃん。うちの検索流入数-1件なんだけど。

 別になんだろ、アクセス数とかさほど気にしてないし、アフィリエイトとかしてないしさ、そりゃ何も労力をかけなくても良いんなら、見てくれる人が多いに越したことはないだろうけど、そんな気張ってねぇ、って感じだし。じゃあせめてタイトルくらいちゃんとわかりやすくしろよってもんなんだけど、急にさ、ほら、そういう狙ったタイトルにしたら「あ、馴染んだ」って思われんじゃん。癪。すげー癪だわ。そんなこと思われるくらいなら、いや俺アクセス数とかそんなの興味ないンで、こちとらプライド持って限界集落やってんスよ、みたいに嘘と保身で塗り固めていきたい。硬い硬い殻に閉じ籠って、その中で真珠みたいなのをぽこぽこ産み出すだけが良い。

 だからもうね、決めたんだけど、アクセス数アップ的なテクニック? 全部教えるわ。や、全然大丈夫大丈夫。俺ほんとそういうの自分は興味ないし、てかあれ、むしろ嫌いだから。アレルギーあんだよねアクセス数に。もともとここは愛を語る場所だしそれは今も変わらないし、好きな人と付き合った瞬間にウルフルズの『バンザイ』を全文載せて閉鎖するつもりだったから。だからこの記事を見てる人だけに、俺が今まで思い付いたアクセス数アップのリアルを教える。他で書いてるような「毎日更新しよう!」とか「新しい情報にアンテナを張ろう!」みたいなめんどくさいことなんか一つもせずにアクセス数を伸ばすやり方。

 まずね、みんな告知用のSNSとか持ってると思うんだけど、更新してないのに「更新しました!」って自分のブログの適当なURLつけて言っちゃおっか。定期的に。これ、嘘、ってやり方です。嘘って知ってます? あとこれは女の子しか使えないんですけど「ブログのコメントで『ブラジャーのサイズ合ってなくない?』とか言われて恥ずかしくて泣いてる」とか呟いとけば、フォロワーの男×過去記事数のアクセス数が稼げんじゃないかな。男はみんな血眼になって"ない画像"を探すだろうし。え? ダメ? 嘘をつくのはダメなんだ? へえ、政治家はみんな嘘をつくのにね。(いきなり話題を政治にすり替えることで罪の矛先を逸らせる高等テクニック)

 じゃあ、良いです、まだ別のもあるので。ブログはまあ適当に更新してもらって、はい、中身は適当で大丈夫です。みんなが読みたくなるような記事って何なのかっつーと、為になるとか読みやすいとかそんなんじゃないんだよね。結局評価されたり話題になってる記事なんですよ。いやいやいや、それおかしいじゃん、評価されたり話題になってる記事は為になったり面白い記事でしょ、みたいな声が聞こえてくるけど、つまりそのイメージを利用したら良いわけ。

 なんだろ「ネコが寝込んだ」みたいなダジャレを書いた記事を更新した後、ツイッターとかで更新しましたーって報告するじゃんか。その後にツイート検索で「なるほどこれすごいわ RT」とか「笑い過ぎて死ぬ」「今までで一番好き」「意味が分かって鳥肌立った」みたいなのを検索して片っ端からリツイートして行くんですよ。その後に「ブログ続けててよかった」とか呟くと、フォロワーからするともう、え、なになに? どんな記事書いたの? ってことになるわけです。え? いや、はい。嘘はついてないんですけど。普通に更新して、気になるツイートをリツイートして、それとは別にブログを続けててよかったことがあっただけなんですが。

 あとはあれですね、目についた人全員にリプライで「前略 ご無沙汰しておます。この度皆様にお力添えいただき、ついにブログを更新することができました。一度目を通していただけましたら幸甚に存じます」みたいな挨拶を送ると良いかもしんないね。やっぱり礼儀っつーのはかなり大切だから。

 ここまでしたらアクセス数四桁くらいは軽くいってるだろうし、もう最後はタイトルの付け方なんだけど、これはもう好きに自分の願望を書いて、最後に「〜するためのライフハック術 10選」とでもつけとけば絶対に損はしない。「お腹いっぱい唐揚げを食べてそのまま温泉に入って昼過ぎまで寝るためのライフハック術 10選」とか「今すぐ上司を殴りつけて1億円欲しい人のためのライフハック術 10選」みたいなことを書いとけば、そんなのしたくない人居るわけないんだから、みんな読みに来るでしょ。俺なんて一回読みに行って違う内容書かれてたら、あれ? なんか変なページに飛んじゃった? って確認のためにもっかい入り直すよ。この場合アクセス数2ですからね。

 どう? こうやって色々教えたので、もうみんな今すぐ実践したくてうずうずしてると思うんだけどちょっと待って欲しい。今から大事なことを言うから。結局ブログにとって一番大切なのはなんなのかっつーと、文章が読みやすいかどうかなんです。ちなみにふざけてたところからいきなりマトモなことを言うと信憑性が増すっていう、これも高等テクニックのひとつです。

 じゃあ読みやすい文章ってなんだっつーと、シンプルな構成、一文の長さが適切、難しい熟語や専門用語を使わない、みたいな、まあ色々あると思うんだけど、その基準も人それぞれだし、わかりにくい文章を書いてる人は自分がわかりにくい文章を書いてるなんてこれっぽっちも思ってないわけで、そんな風に悩める子羊のためにぴったりのソフトというかアプリがね、あるんすよ。えっ? なになに? 良いって良いって。全然俺こういうノウハウとかをシェアするの、抵抗とかないタイプだし。ただみんなに喜んで欲しいだけだから、さ?

 まあ、それが日本語の苦手な外国人にも理解してもらえる日本語を書けるようにっつーコンセプトの「やんしす」なんだけど、これなにかっつーと、YAsashii Nihongo SIen Systemって名前からも分かる通り、日本語初学者の外国人向けの文章、つまり難しい言葉や表現を指摘してくれるソフトなんです。ちなみにAndroid用のアプリもあります。

 もともと弘前大学が、日本在住の外国人が防災案内とか緊急速報の日本語が理解できない時、たとえば「緊急時はこちらの扉をお使い下さい」みたいなのって理解できるわけないし、したら逃げらんないじゃん。そんな事態を避けるために作られた補助ソフトなんだけど、ま、これ使っとけば、読みにくい文章を書けるはずもないじゃん? 

 まー待って待って。さすがに馬鹿にし過ぎ、みたいな気持ちはこっちもよくわかる。でもこれすっげー楽しいから。違う。為になるから。騙されたと思って使ってみて欲しいんだけど、こう、語彙力の必要性を実感できてドキドキする。なんだろ、自分が日本に来て二年目の黒人になった、みたいな感じになんの。すごくない? 記憶を消さずに自分がセネガル人の留学生だって思い込めるんだよ? 試しに今から「やんしす」がこれなら日本語が下手な外国人でも理解できると認定してくれた文章でブログを書くから。「できるリーダーはやって見せる」ってなんか、人気ブログに書かれてたし。

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 まず「やんしす」を使う上で一番難しいのは言葉の長さです。三十字くらいになると二つにしてと言います。あとは「〜される」のような形で受けたりできません。外国人には難しいからです。こうしていると難しい言葉が多くて驚きます。自分が外国人になったようです。いつもより楽しいです。今から好きな人への気持ちを書きます。

 好きです。毎日好きです。顔が可愛くて心も良いです。一緒にいると楽しくて、今は風邪をひいています。だから心配しています。彼女の変わったはなし方が好きです。特に目が可愛いです。写真をくれないところがだめです。心をほめたいのに言葉がないです。すごくあたたかい人です。優しくはないです。でも言葉が少ないから優しいも入れます。風邪は大丈夫ですか。行きましょうか。早くこっちに帰ってきてください。

 ね。結果的に騙されたわけだけど、今どんな気分かな? あの、いやほんと、こっちもそんなつもり全然なくて。びっくりした。俺、こんなに向いてないの紹介しようとしたんだ、って。まあ、なんだ、こんな感じで、ブログを書くにはマジで向いてないんだけど、知り合いに日本語を勉強中の人が居るとか、彼氏がカタコトの日本語フェチです、みたいな人は、よかったらこの「やんしす」を使ってみてください。俺には一円も入らないんだけど。

眠れ、象、寿司、カスタード。

 こないだミヤタと夜勤明けに夜まで遊んで、そのまま回転寿司へ行ったんだけど、その日がもうあんまり楽しくてお寿司は美味しくて眠たくてってしたもんで、心が満たされきってバグってしまった。あの、なんだろ、この状況って矛盾なわけよ。俺この時気付いたんだけど、人間の三大欲求ってどうやら三竦みの関係になってるっぽくて。食欲は性欲に勝るし、性欲は睡眠欲に勝つ。んで睡眠欲は食欲に勝る。

 ほら、お腹が空いてて、だけど欲求不満の時って、まあ、普通はみんな先にご飯を食べんじゃん。だしなんだろ、男ならあるあるだと思うんだけど、イスラム教徒で言うところのサラート? 祈りの儀式みたいなさ、まあ普通にオナニーのことなんだけど、とにかく死ぬほど眠たいのにアッラーに祈りを捧げる、みたいな夜ってままあるじゃん。あとこれは関係ないんだけど、あとから補足するくらいなら二度と比喩なんか使わないって今心に決めた。

 じゃあ睡眠欲が最弱なのかっつーと、そんなことはなくて、めちゃくちゃ眠たい時ってどう考えてもお腹空いてるはずなのに空腹なんか感じなくない? オデ、サキニメシクウ。ゼンブクウ。みたいな方がこのブログを読んでいるのならちょっと話がややこしくなるし、俺は今人間の話をしてるからってことでご理解頂きたいんだけど、まあとにかくこの三つってどれかが最強ってわけじゃないから、その気になればジャンケンにだって応用できるわけ。

 「性欲!食欲!睡眠欲!」っつージャンケンがスタンダードになった世界、見てみたくねーか? 俺は見たい。その場合俺はもう、今後ずっとジャンケンで「睡眠欲」を出し続けるかんね。なんでかっつーと相手が「性欲」を出してる姿を見たいから。花も恥じらううら若き女の子とジャンケンする時とかは「睡眠欲」を出すよってあらかじめ宣言するし、勝ちたいならお前の「性欲」を見せてみろ、つって。そんで相手が出す恥ずかしそうに指でかたどった「性欲」を見ながら、こう、カアバ神殿の方角に向かって、ね? もう一度言うけど、俺は見たいです。

 まあそれは良いんだけど、何が言いたいのかっつーと、自分に好意を持ってくれてる異性と徹夜明けにご飯を食べるなんて、そんなのその気になれば三大欲求を全て満たせてしまえる状況なわけで、逆説的になるけど、そんな状況下ではどれから満たせば良いのか分からなくなって、結果人の心って結構簡単にバグる。具体的に言うと、何も満たされてないのに全てが満たされたような多幸感に包まれて、根拠のない希望やら万能感がふつふつと湧いてくる。軽く調べてみたらこの現象はちゃんと学術的に証明されていて、過去に三大欲求を全て同時に満たしたとされる、おっぱい飲んでねんねした生き物にあやかって「Raccoon of Mt. Genkotsu Effect(=げんこつ山のたぬきさん効果)」、通称ロン毛と呼ばれているっていうのは完全な嘘だし、じゃあ上のリンクはなんだったんだっつーと行き先はロン毛のGoogle画像検索結果が表示されるだけなんだよね。もうこんなくだらない話はやめて、いい加減寿司屋の話に戻っていいかな? みんなの気持ち少しは考えなよ。

 どこまで話したんだっけ? 今確認しに戻ったら寿司屋の話が何も始まってなくてほんとに目ん玉が飛び出たんだけど、とにかくすげー美味しくて、ほら、駅前によくリニアモーターカーとか新幹線の誘致運動をしてる団体いるじゃん。俺、あれをしようって心に決めた。「食道に寿司レーンを」っつー横断幕を作って、十万人分くらいの署名を集めてスシローの本社に持って行こうって。

 緊張しながら社長室へ入って、ぜひあんたにって思って、と言いながら署名の束を渡すと、社長は何も訊かずに、分かりました、お引き受けしましょう、って言う。当然俺は困惑しながら、え? 俺はまだなにも……って言うんだけど、したら社長は、男がよくよくの事でやってきたとき、矢吹さん、あんたワケを聞いてから引き受けたり断ったりしますかね? つって、まあ、これはあしたのジョーに出てくるゴロマキ権藤なんだけど、寿司に携わってる人間なんて全員粋な江戸っ子なわけでしょ? その場でスシロー発、食道経由、胃着の俺専用路線の開通が決定するはずじゃん。

 もっとも俺がその日食べに行った回転寿司は全然スシローじゃないんだけど。それでも俺の初めて(の人体改造)を捧げるならやっぱりスシローが良いって思うし、なんだろ、その行った寿司屋って一皿百円の寿司屋じゃなくて、皿によってランクがあってウニとかが乗ってる黒い皿だと五百円くらいするタイプの回転寿司で、それが流れてくるたびにスシローなら炙りチーズサーモン五皿食べれんじゃんみたいなことしか考えてなかったくらいスシローが好きだし、男の子は好きな子のためなら食道を寿司レーンにだって出来ちゃうんだゾ……? って。

 あ、そうだ。なんか、その回転寿司屋はお皿をICチップで管理してて、ある程度時間が経ったお皿は自動的に廃棄レーンへと流れてくんだけど、こう、その先が"無"になってて、ガコンッて皿が落とされてく仕組みになってたのよ。気付かなかっただけで他のチェーン店もそうなのかもしんないけど、そんでその"無"が偶然俺らの座った席のちょうど真横にあって、俺そんな光景を初めて見たもんだから、その"無"を見たときに、これなに? 象の墓場? つった。ほら、象って死に際になると仲間のもとから離れて一人で死に場所へと向かう、みたいな話があんじゃん。あれが過ぎった。これ、それの寿司バージョンじゃん、って。

 なんかそれが面白くてずっと見てたら途中からだんだん悲しくなってきちゃって、なんなんだろ、まだまだ美味しそうな寿司がきゃっきゃっと和気あいあい向こうから流れてくんのに、直前で廃棄レーンに振り分けられた瞬間、こっちとしては「あ、この寿司死ぬんだ」ってわかるわけで。案の定、次の瞬間にはガコンッて"無"に落ちる。こんなの強制的に死神の目を契約させられた人しか味わえなくない? それだけじゃなくて、こう、なんか普通に罪悪感もあるし、なに、廃棄レーンに入った瞬間にその皿を手に取れば救えるはずの命なんだから、実質俺が見殺しにした、みたいなさ、そんな感じの目を周りの席とか板前からも向けられるわけ。

 しかもそんな惨殺が行われてる横で、ほら、男女で夜にシースーつったらもうそれは前戯みたいなわけで、うちつぶ貝が好きなのコリコリしてて、とか、僕のいなり寿司を見てごらん、みたいな、子供には聞かせられないような比喩を用いた、夜のね、なんつーのかな、セクシャルな会話をしてるわけじゃんか。でもリアルな死が真横にあんの。そんなのって狂った金持ちだけじゃない? カイジじゃないんだからさ。

 横から絶えずガコンッガコンッつー音がしてるし、なんだろ、同じネタが連続で"無"に落とされて行くときなんか、この後どうする?(ガコンッ)まだ時間早いし(ガコンッ)どっか(ガコンッ)行こっか(ガコンッ)みたいな。きれいに裏拍。さすがにそれは嘘だし、今から書くのも嘘なんだけど、あー、俺この光景を死後に閻魔大王から見せられるんだろうな、ってそれ聞きながら思ったからね。これ指摘されたら何も言えねーって。

 その者。お前は生前に罪を犯したか? い、いえ! 私めは正直に慎ましく暮らしておりました! ふむ、確かめてみよう、この鏡は浄玻璃鏡と言ってお前が犯した罪が映し出されるのだ。見よ。つって、こう、おそろおそるその鏡を覗くと、二十代前半の男が笑いながら女を口説いてるすぐ横で寿司が無限に捨てられてゆく様子が映し出されてて。そんなの閻魔が見たら絶対に怒り狂って舌を抜かれるじゃん。なんたる業! 口を開けい! とかなんとか言って。

 俺も震え上がりながら口を開けるんだけど、でも閻魔は舌を抜こうとせず、俺の口を見て……なんだその口は? と訪ねてくるわけ。俺はここぞとばかりに、こ、こちらは寿司レーンでございます。二度とこんな光景を見たくないと思い、私めの食道を寿司レーンに改造いたしました、つって。閻魔にもがーはっはっ! こりゃ参った! 粋よ粋よのう! みたいな感じですげー気に入られて、こっちも、あ、怖そうな見た目だけど案外良い人なんだ、みたいな。

 まあ嘘の話なんでこれくらいでやめるんだけど。ほんとはこの後、「メチャクチャ厳しい人たちが不意に見せた優しさのせいだったりするんだろうね。ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・ます!」とか書いて、そのまま魔界トーナメント編を書き進めてたんだけど全部消した。本当に面白くなかったし。

 で、まあ、その後時間あるしってことで、ミヤタが一回行きたいみたいなことを前に言ってた有名なケーキ屋さんの話を思い出して、時間あるしそこ行ってみよっか、みたいになったんだけど、ハロウィンのお菓子が発売開始してて今多分かなり並ぶよ? 甘いの苦手でしょ? 的な気遣いをしてくれて、でももうなに、尻尾がついてたらぶんぶん振り回してんだろうなっつーくらいに目はキラキラしてるし、んーどうしようかな……まあこっから近いけど……シュークリーム食べてみたいけど……みたいな、悩んでる振りしながら行く理由ばっか並べてて、大丈夫大丈夫興味あるし、つってケーキ屋さんに行って、どれくらいだろ、結局八年くらい? そんくらい並んだ。よく覚えてないけど。

 それでなんか店に入ったら、色々なケーキやら焼き菓子やらおばけの形をしたチョコみたいなのとかそういう、こう、Instagram、みたいなラインナップのスイーツをミヤタが一つずつ褒めて周るっつーよく分かんないコーナーが始まったり、猫の容器に入ったムースとジャック・オ・ランタンをかたどったモンブランとハロウィンの焼き菓子セットのどれを買うかみたいなのでA級棋士並の長考を見せつけてきたりして、やっと決まったと思ったら、あ、お母さんにも買って帰ろうっと! 食べたいのラインで聞いてみる! みたいな、こいつ躊躇わねえな、とか思いながら、もう既に四十回くらい読んだ「産地のこだわり」みたいなポップを読み返しながら、もう二度と来ねえと心に誓った。

 帰り道、別の袋に入れてもらった念願だったらしいシュークリームをミヤタが袋から取り出して、一人で食べりゃ良いのにわざわざ半分に割ってくれようとして、良いよ良いよ一人で食べな、えーせっかくだしさ、とかやりながら割る過程でシューの中のクリームがほとんど包み紙の下の三角形っつーの? そん中に落ちてって、なんだろ、ボディクリームを塗った汚え膝、みたいに成り下がった物体を渡されて二人で分けて食べた。なんかぼにゅぼにゅするね、とか言いながら。

 その後も名残惜しそうにミヤタが袋の中をチラチラ見ながら、この三角ポケット吸ったら引く? とか聞いてきて、俺は、絶対にダメ。そのクリームはもう死んでる。つって、そっか、ここはクリームの墓場なんだ、みたいな、でもごめんね私は吸うからって、えっ嘘、と思って振り向いたら、墓荒らしが居ました。あーそれ絶対死後に閻魔から見せられるやつだよ。

太陽に罰が当たれ

 こんなブログも記事数が二十を超えて、文字数で言うとだいたい十万字くらい、気が付いたら一冊の文庫本になっちゃうくらいの文量になってるわけなんだけど、そろそろ第一巻も終わるっつーのになんにもイベントが起こらねーのな。恋はスリル、ショック、サスペンスっつーのがマジなら、ここ最近起こった恋愛イベントなんて北朝鮮が打ちまくってるミサイルくらいなんだけどマジで。

 ほら、いわゆるクリフハンガーっていうのかな、最終話のラストで突然主人公が倒れたり、巻末で新キャラが登場したりみたいなさ、そういう「引き」の手法ってよく使われるわけじゃん。続編を匂わせるための。

 たとえば『ONE PIECE』の第一巻の最後では、新登場のナミがルフィ相手に「(私と)手を組まない?」と言うシーンで終わるし、『NARUTO』では鈴を取れなかったナルト、サスケ、サクラの三人が、カカシ先生から「三人とも忍者やめろ」と言われる衝撃のラストで第二巻へと続くわけで、物語の終盤っつーのは何か事件が起こるには絶好の機会。

 なのにこのブログでは三ヶ月が経って、ドラマで言えば一クール目が終わる最終回、ラノベで言えば一冊目のラスト数ページ、もうここしかないだろっつータイミングなのに、ヘリコプターで好きな人を拉致するのが最善である、だの、高熱出して人間不信になりました、とかなんだの言って終わろうとしている。そんなラブストーリー見たことある? 『君に届け』とか俺は読んでないんだけど、一巻の最後で、黒沼爽子が風早くんのことをヘリコプターで拉致とかしてた? してるわけないんだよ。

 いや、別に付き合ってくれとかそんなことを言ってるわけじゃない。それはほら、十二巻くらいで全然いいし、じゃなくてこう、好きな人が俺の家に居候することになる、みたいな、そんくらいのイベントはあっても良いんじゃねーの? なあ神? お前に言ってんだけど。他人事みたいな振りするなよ。

 たとえば仕事から帰ってきたら風呂上がりの彼女がいて、よっ! 少年っ! お風呂借りてるよーっ! つってさ。まあ、もうこのキャラクターにはもはや俺の好きな人の要素は微塵も残されてないんだけど、ちょ! ちょっとせんぱぁい〜! つって全力で乗っかる。実際には後輩なんだけど。でも、現実として好きな人がそうなってるんだから、そんなのもう瑣末な問題じゃん。

 したっけ彼女も、ねねっ、二、三日あたしのこと泊めてくれないかなっ? いやあ〜大家さんに家追い出されちゃってさ〜にゃはは〜、みたいな、その代わり手料理振る舞ってあげるからっ! ねっ、少年っ! それとも少年には、こっちの方が良かったかな……? 的なことを言いながら、ニヤニヤと胸に巻いてあるバスタオルをほどこうとしたりして、それを見た俺は顔を真っ赤にしながら、とにかく服を着てくださぁ〜〜〜い!!! って叫んで、こう、家がその声で揺れて、屋根に止まってた鳥とかも一斉に飛んで、そんで一巻が終わる。なんだこれ。地獄で読まれてるラノベじゃん。

 まあ、そんな話は本当にどうでも良くて、あの、実は過去記事の内容を少しだけこっそり変えました。なんか、いい機会だと思って自分の過去記事をいくつか読み返してたんだけど、ある記事の中で『北風と太陽』を引用してて。そんで何気なくネットで『北風と太陽』を読み返してみたら、俺、どうやら勘違いして教訓を受け取っていたようです。

 あ、もし、ネタバレが嫌な人はこれ以降は読まないでくださいね。「あーもうほんと最悪。観るの楽しみにしてたのに『北風と太陽』のネタバレされた。無理。リスカ止まらない」つって怒られるのはこっちも本当に嫌だし。で、なんだ、検索して最初にヒットするページが北風と太陽の教訓とあらすじ【人を動かす文章とは?】なんだけど、ここに載ってるあらすじを簡単にまとめると、

  • [起]北風と太陽が「どちらが旅人の服を脱がせられるか」勝負をする。
  • [承]北風が冷たい風を吹きまくると旅人は服をしっかりと着直してしまう。
  • [転]太陽が照りつけると旅人は汗ばみはじめ、やがて服を脱いで川へ飛び込んだ。
  • [結]北風のように強引に自分のして欲しいことを相手に押し付けるのではなく、太陽のように相手の気持ちを考えてポカポカと照らしてあげると自ずと相手は動いてくれる。

 って感じで。なんかあまりにも堂々と言われるもんだから、なるほどそんなもんか、ってこっちも思っちゃってたんだけど、これめちゃくちゃなこと言ってない? 起承転結の全部が間違ってるじゃん。

 まず[起]なんだけど、「北風」と「太陽」って比較がそもそも間違ってる。いや、別に、格が違い過ぎる、とか、天体と現象を比べるのは理不尽だ、みたいなことを言いたいんじゃなくて。これって本来は「何かの存在」が「北風」を吹くvs「太陽」が「日光」で照らす、の闘いじゃんか。つまりタイトルは『北風と日光』か『何かの存在と太陽』のどちらかで初めてイーブン、対等な勝負になるわけで。そこで絵本のイラストとかを確認してみると、ほとんどが、口から北風を吹き出している顔のある雲(何かの存在)と、周りから光線(日光)みたいなのを出している顔のある太陽が言い合いをしてるんだけど、つまり勝負の主体としてのタイトルは『何かの存在と太陽』が正しいはず。それじゃあこの北風を生み出す親玉は何かっつーと、様々な学術書や論文を読み、数々の気象学者と議論を重ね、最後にWikipediaを参照することで遂に同定することができました。シベリア気団。正しいタイトルはシベリア気団と太陽』です。

 さて、ここからやっとシベリア気団と太陽の勝負である[承]のパートが始まるんだけど。シベリア気団が、初めは僕の番だ! つって、びゅーびゅーと北風を吹くのに旅人は服を脱がない、ってくだりね。いや、ちょっと待って。太陽、シベリア気団のターンなのにずっとお前照らしてるじゃん。これは絶対にズルくない? 日光、止めるべきでしょ。だって、太陽のターンには北風吹いてないんだし。

 公平を期すためには太陽がなく日本上空にシベリア気団が現れた状況と、シベリア気団がなく太陽が照りつける状態っつーパターンにするべきじゃん。まあ、そのフェアな状態でスタートすると、全球凍結はもう、確定じゃん。旅人は重ね着することで凌ごうとしたみたいだけど、外気が摂氏-200度くらいになる上にシベリア気団もあるからね。旅人は確実に死ぬと思う。太陽はどのパターンの話でも後攻なので、死んだ旅人の服を脱がすことは出来ないはずなんですよ。つまりこの時点で最悪引き分け、万が一旅人の体温調節機能がバグって服を脱いでくれたら勝ちまである。雪山ってそういうこともあるみたいだし。

 やっと[転]です。死んじゃったら話が進まないから、百歩譲って旅人はほぼ絶対零度大寒波が吹き荒れる中を、本文通り、服をもう一枚重ね着することで凌ぎきったってことでいいよ。その後に太陽がポカポカと照って、暑くなった旅人は服を脱いで川へ飛び込びましたっつー流れ。いくらなんでも暑さに対しての反応がやり過ぎでしょ。今までそんな状況になったことある? こりゃたまらん! つって外出先で川に飛び込んだこと。そんなのサウナのあとの水風呂だけだよ。つーことはだよ、この時の気温って90度前後だと思うんだけど、普通に引く。太陽の大人気のなさにさすがに引く。そんな風に強引に脱がせようとしてもダメだよ、みたいな顔しながら、お前もゴッリゴリの力技じゃん。

 つーか旅人もさ、寒さにはあんなにも強かったのに暑さに対して弱過ぎない? 摂氏-200度を、なんて寒いんだ、とか馬鹿みたいなこと言って服を着直すだけのやつが、サウナ程度の気温で川に飛び込む? もっとも旅人が本当にやべー奴だったって可能性もあるけど。地表の温度が太陽の表面温度と同じ6000度になっちゃってるんだけど、こりゃたまらん! で済ませてるってパターン。その場合は服を脱いだっつーよりも、蒸発したって表現が正しいし、川も干上がってるだろうけど。

 で、最後に[結]の部分。原典がイソップ寓話だけに結論は教訓になるんだけど、さっきも言った通り、どっちも馬鹿パワータイプなんだよね。間違っても本来の「柔よく剛を制す」みたいな話じゃなくて、仮に気温を高くすることで服を脱がせることに成功したんなら、これは単なる「物事には相性がある」くらいの話で。しかもなんだろ、都合よく「冷たい」だの「ポカポカと暖かく」みたいな対比を入れ込むことで安易な印象論に誘導してるんだけど、これは別に心の暖かさじゃなくて、普通に気温の話だから。北風は心が冷たくて強引なやり方、太陽は心が暖かくて自然に相手をその気にさせるやり方みたいな話みたいになってるけど。

 ヤクザの下っ端は喧嘩っ早いけど、親分は心が広くて堅気には決して手を出さない、みたいに話がすり替えられてるけど、直接殺すか自殺に追い込むかくらいの違いしかないからね。ほら、ウシジマくんのヤンキーくん編で最後、愛沢が滑川に生命保険をかけられて道路に飛び込むことを強要されたシーンがあったと思うんだけど、あれが太陽のやり方だから。こんな時にしか役立たない教訓じゃん。つーことで以前書いた『北風と太陽』の記述を少しだけ変更しました。不適切だから。よろしくお願いします。

 いや、でも、旅人からしたら本当にたまったもんじゃないよね。突然なんの前触れもなく大寒波と灼熱地獄に襲われて、しかもその様子を観察されながら、ね? 物事にはやり方があるっしょ? なーんていい風の話にまとめられてさ。俺がもし目の前でそんな旅人を見つけたら、きっと顔を真っ赤にしながら、とにかく服を着てくださぁ〜〜〜い!!! って叫んで、あの、やっぱり一巻の終わりってこうなっちゃいません?

 

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