ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

眠れ、象、寿司、カスタード。

 こないだミヤタと夜勤明けに夜まで遊んで、そのまま回転寿司へ行ったんだけど、その日がもうあんまり楽しくてお寿司は美味しくて眠たくてってしたもんで、心が満たされきってバグってしまった。あの、なんだろ、この状況って矛盾なわけよ。俺この時気付いたんだけど、人間の三大欲求ってどうやら三竦みの関係になってるっぽくて。食欲は性欲に勝るし、性欲は睡眠欲に勝つ。んで睡眠欲は食欲に勝る。

 ほら、お腹が空いてて、だけど欲求不満の時って、まあ、普通はみんな先にご飯を食べんじゃん。だしなんだろ、男ならあるあるだと思うんだけど、イスラム教徒で言うところのサラート? 祈りの儀式みたいなさ、まあ普通にオナニーのことなんだけど、とにかく死ぬほど眠たいのにアッラーに祈りを捧げる、みたいな夜ってままあるじゃん。あとこれは関係ないんだけど、あとから補足するくらいなら二度と比喩なんか使わないって今心に決めた。

 じゃあ睡眠欲が最弱なのかっつーと、そんなことはなくて、めちゃくちゃ眠たい時ってどう考えてもお腹空いてるはずなのに空腹なんか感じなくない? オデ、サキニメシクウ。ゼンブクウ。みたいな方がこのブログを読んでいるのならちょっと話がややこしくなるし、俺は今人間の話をしてるからってことでご理解頂きたいんだけど、まあとにかくこの三つってどれかが最強ってわけじゃないから、その気になればジャンケンにだって応用できるわけ。

 「性欲!食欲!睡眠欲!」っつージャンケンがスタンダードになった世界、見てみたくねーか? 俺は見たい。その場合俺はもう、今後ずっとジャンケンで「睡眠欲」を出し続けるかんね。なんでかっつーと相手が「性欲」を出してる姿を見たいから。花も恥じらううら若き女の子とジャンケンする時とかは「睡眠欲」を出すよってあらかじめ宣言するし、勝ちたいならお前の「性欲」を見せてみろ、つって。そんで相手が出す恥ずかしそうに指でかたどった「性欲」を見ながら、こう、カアバ神殿の方角に向かって、ね? もう一度言うけど、俺は見たいです。

 まあそれは良いんだけど、何が言いたいのかっつーと、自分に好意を持ってくれてる異性と徹夜明けにご飯を食べるなんて、そんなのその気になれば三大欲求を全て満たせてしまえる状況なわけで、逆説的になるけど、そんな状況下ではどれから満たせば良いのか分からなくなって、結果人の心って結構簡単にバグる。具体的に言うと、何も満たされてないのに全てが満たされたような多幸感に包まれて、根拠のない希望やら万能感がふつふつと湧いてくる。軽く調べてみたらこの現象はちゃんと学術的に証明されていて、過去に三大欲求を全て同時に満たしたとされる、おっぱい飲んでねんねした生き物にあやかって「Raccoon of Mt. Genkotsu Effect(=げんこつ山のたぬきさん効果)」、通称ロン毛と呼ばれているっていうのは完全な嘘だし、じゃあ上のリンクはなんだったんだっつーと行き先はロン毛のGoogle画像検索結果が表示されるだけなんだよね。もうこんなくだらない話はやめて、いい加減寿司屋の話に戻っていいかな? みんなの気持ち少しは考えなよ。

 どこまで話したんだっけ? 今確認しに戻ったら寿司屋の話が何も始まってなくてほんとに目ん玉が飛び出たんだけど、とにかくすげー美味しくて、ほら、駅前によくリニアモーターカーとか新幹線の誘致運動をしてる団体いるじゃん。俺、あれをしようって心に決めた。「食道に寿司レーンを」っつー横断幕を作って、十万人分くらいの署名を集めてスシローの本社に持って行こうって。

 緊張しながら社長室へ入って、ぜひあんたにって思って、と言いながら署名の束を渡すと、社長は何も訊かずに、分かりました、お引き受けしましょう、って言う。当然俺は困惑しながら、え? 俺はまだなにも……って言うんだけど、したら社長は、男がよくよくの事でやってきたとき、矢吹さん、あんたワケを聞いてから引き受けたり断ったりしますかね? つって、まあ、これはあしたのジョーに出てくるゴロマキ権藤なんだけど、寿司に携わってる人間なんて全員粋な江戸っ子なわけでしょ? その場でスシロー発、食道経由、胃着の俺専用路線の開通が決定するはずじゃん。

 もっとも俺がその日食べに行った回転寿司は全然スシローじゃないんだけど。それでも俺の初めて(の人体改造)を捧げるならやっぱりスシローが良いって思うし、なんだろ、その行った寿司屋って一皿百円の寿司屋じゃなくて、皿によってランクがあってウニとかが乗ってる黒い皿だと五百円くらいするタイプの回転寿司で、それが流れてくるたびにスシローなら炙りチーズサーモン五皿食べれんじゃんみたいなことしか考えてなかったくらいスシローが好きだし、男の子は好きな子のためなら食道を寿司レーンにだって出来ちゃうんだゾ……? って。

 あ、そうだ。なんか、その回転寿司屋はお皿をICチップで管理してて、ある程度時間が経ったお皿は自動的に廃棄レーンへと流れてくんだけど、こう、その先が"無"になってて、ガコンッて皿が落とされてく仕組みになってたのよ。気付かなかっただけで他のチェーン店もそうなのかもしんないけど、そんでその"無"が偶然俺らの座った席のちょうど真横にあって、俺そんな光景を初めて見たもんだから、その"無"を見たときに、これなに? 象の墓場? つった。ほら、象って死に際になると仲間のもとから離れて一人で死に場所へと向かう、みたいな話があんじゃん。あれが過ぎった。これ、それの寿司バージョンじゃん、って。

 なんかそれが面白くてずっと見てたら途中からだんだん悲しくなってきちゃって、なんなんだろ、まだまだ美味しそうな寿司がきゃっきゃっと和気あいあい向こうから流れてくんのに、直前で廃棄レーンに振り分けられた瞬間、こっちとしては「あ、この寿司死ぬんだ」ってわかるわけで。案の定、次の瞬間にはガコンッて"無"に落ちる。こんなの強制的に死神の目を契約させられた人しか味わえなくない? それだけじゃなくて、こう、なんか普通に罪悪感もあるし、なに、廃棄レーンに入った瞬間にその皿を手に取れば救えるはずの命なんだから、実質俺が見殺しにした、みたいなさ、そんな感じの目を周りの席とか板前からも向けられるわけ。

 しかもそんな惨殺が行われてる横で、ほら、男女で夜にシースーつったらもうそれは前戯みたいなわけで、うちつぶ貝が好きなのコリコリしてて、とか、僕のいなり寿司を見てごらん、みたいな、子供には聞かせられないような比喩を用いた、夜のね、なんつーのかな、セクシャルな会話をしてるわけじゃんか。でもリアルな死が真横にあんの。そんなのって狂った金持ちだけじゃない? カイジじゃないんだからさ。

 横から絶えずガコンッガコンッつー音がしてるし、なんだろ、同じネタが連続で"無"に落とされて行くときなんか、この後どうする?(ガコンッ)まだ時間早いし(ガコンッ)どっか(ガコンッ)行こっか(ガコンッ)みたいな。きれいに裏拍。さすがにそれは嘘だし、今から書くのも嘘なんだけど、あー、俺この光景を死後に閻魔大王から見せられるんだろうな、ってそれ聞きながら思ったからね。これ指摘されたら何も言えねーって。

 その者。お前は生前に罪を犯したか? い、いえ! 私めは正直に慎ましく暮らしておりました! ふむ、確かめてみよう、この鏡は浄玻璃鏡と言ってお前が犯した罪が映し出されるのだ。見よ。つって、こう、おそろおそるその鏡を覗くと、二十代前半の男が笑いながら女を口説いてるすぐ横で寿司が無限に捨てられてゆく様子が映し出されてて。そんなの閻魔が見たら絶対に怒り狂って舌を抜かれるじゃん。なんたる業! 口を開けい! とかなんとか言って。

 俺も震え上がりながら口を開けるんだけど、でも閻魔は舌を抜こうとせず、俺の口を見て……なんだその口は? と訪ねてくるわけ。俺はここぞとばかりに、こ、こちらは寿司レーンでございます。二度とこんな光景を見たくないと思い、私めの食道を寿司レーンに改造いたしました、つって。閻魔にもがーはっはっ! こりゃ参った! 粋よ粋よのう! みたいな感じですげー気に入られて、こっちも、あ、怖そうな見た目だけど案外良い人なんだ、みたいな。

 まあ嘘の話なんでこれくらいでやめるんだけど。ほんとはこの後、「メチャクチャ厳しい人たちが不意に見せた優しさのせいだったりするんだろうね。ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・ます!」とか書いて、そのまま魔界トーナメント編を書き進めてたんだけど全部消した。本当に面白くなかったし。

 で、まあ、その後時間あるしってことで、ミヤタが一回行きたいみたいなことを前に言ってた有名なケーキ屋さんの話を思い出して、時間あるしそこ行ってみよっか、みたいになったんだけど、ハロウィンのお菓子が発売開始してて今多分かなり並ぶよ? 甘いの苦手でしょ? 的な気遣いをしてくれて、でももうなに、尻尾がついてたらぶんぶん振り回してんだろうなっつーくらいに目はキラキラしてるし、んーどうしようかな……まあこっから近いけど……シュークリーム食べてみたいけど……みたいな、悩んでる振りしながら行く理由ばっか並べてて、大丈夫大丈夫興味あるし、つってケーキ屋さんに行って、どれくらいだろ、結局八年くらい? そんくらい並んだ。よく覚えてないけど。

 それでなんか店に入ったら、色々なケーキやら焼き菓子やらおばけの形をしたチョコみたいなのとかそういう、こう、Instagram、みたいなラインナップのスイーツをミヤタが一つずつ褒めて周るっつーよく分かんないコーナーが始まったり、猫の容器に入ったムースとジャック・オ・ランタンをかたどったモンブランとハロウィンの焼き菓子セットのどれを買うかみたいなのでA級棋士並の長考を見せつけてきたりして、やっと決まったと思ったら、あ、お母さんにも買って帰ろうっと! 食べたいのラインで聞いてみる! みたいな、こいつ躊躇わねえな、とか思いながら、もう既に四十回くらい読んだ「産地のこだわり」みたいなポップを読み返しながら、もう二度と来ねえと心に誓った。

 帰り道、別の袋に入れてもらった念願だったらしいシュークリームをミヤタが袋から取り出して、一人で食べりゃ良いのにわざわざ半分に割ってくれようとして、良いよ良いよ一人で食べな、えーせっかくだしさ、とかやりながら割る過程でシューの中のクリームがほとんど包み紙の下の三角形っつーの? そん中に落ちてって、なんだろ、ボディクリームを塗った汚え膝、みたいに成り下がった物体を渡されて二人で分けて食べた。なんかぼにゅぼにゅするね、とか言いながら。

 その後も名残惜しそうにミヤタが袋の中をチラチラ見ながら、この三角ポケット吸ったら引く? とか聞いてきて、俺は、絶対にダメ。そのクリームはもう死んでる。つって、そっか、ここはクリームの墓場なんだ、みたいな、でもごめんね私は吸うからって、えっ嘘、と思って振り向いたら、墓荒らしが居ました。あーそれ絶対死後に閻魔から見せられるやつだよ。