ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

春の樹からの使者

※今回の記事は、知り合いの某有名作家から身元を明かさないことを条件に寄稿されたものです。

 

 ハンブルグ空港でサンクトペテルブルク行きのボーイング747を待っていると、突然自分がひどく空腹だったことを思い出した。近くにあった適当なカフェテラスへ入って、レタスとハムが几帳面に挟まれた新鮮なサンドイッチを注文すると――世の中にある全ての新鮮なサンドイッチがそうであるように――それは、僕の中の空腹と孤独とを一滴一滴しぼりとる脱水機のように作用した。

 手頃な席に座り長い間触っていなかったパソコンを起動してみると、たくさんの自分宛のメールの中から一人の友人の名前を見つけた。

「突然で申し訳ないんだけど、君に頼みがあるんだ。僕には今悩みがあって、そのことについて僕なりに長い時間を掛けて考えていたんだけど、どうやら君にしか解決できないものらしい。根拠を説明しろと言われても、同じだけの時間をかけたとしても僕にはその半分の理由すらも説明できないのだけれど。とにかく僕は今ひどく混乱していて君の助けが必要みたいなんだ。

 どうか何も訊かずに僕の代わりにブログを書いてくれないだろうか。もちろん選択肢は君にあって、これを断ることも断らないこともできる。だけど君は、いずれにせよ決断をしなければならない。こんなことを君に強いることになってしまったのは本当に心苦しいんだ。だってそうだろう? 友人を悩ませることは僕にとって、少なくとも楽しいことではないのだから。

 とにかく君からの返事が届くまではもうしばらく一人で頑張ってみるつもりだ。君がいなくても更新さえすれば本質的にはブログは続いていくし、それは完璧な形ではないにせよ、僕の望むことだからね」 

 メールを読んでいる途中、気取ったフランス料理店の支配人がアメリカン・エクスプレスのカードを受け取るときのような顔つきをしたウエイトレスがサンドイッチを運んでくれて、僕はメールを読み終えたあとにもう一度頭から読み返して――その結果サンドイッチからはいささかの新鮮さが永遠に失われた――サンドイッチにかぶりつきながら、やれやれ、と呟いた。

 とにかく、そのようにして僕のブログをめぐる冒険が始まった。選択肢は僕の手元に、まるで初めから水槽の中に存在している砂利のようにあって、そして僕は決断した。いずれにしてもそうしなければならなかったのだ。サンドイッチを食べ終えてもう一度メールを読み直した後、なんとなく僕はすぐにそれを書かなければならないような気になったし、あるいはそんな気にはなっていなかったのかもしれない。そんなことよりもはるかに重要だったのは、悪い予感というものは良い予感よりもずっと高い確率で当たるということを僕は知っていて、書かないという選択が僕にとって何か悪いことを象徴するメタファーのように感じたということだった。いずれにせよこの続きは僕が無事にサンクトペテルブルクに到着して、そこでとびっきり熱いコーヒーを飲んだ後にもその予感が続いているのなら書くべきなのだろう。

 正直に言って僕は今ひどく疲れているし、昨日から今日にかけて起こった出来事をここに書くべきなのかどうか今も分からない。君からのメールを受け取ったことがこの奇妙な出来事の原因だったのだとしたら、あるいは僕はこんなメールを受け取るべきではなかったのかもしれない。そして、残念なことに悪い予感はずっと続いていて、それどころか今となっては確信に近いものになっている。もし君の言う通り、この奇妙なできごともこのブログと同じように本質的には続くものなら、なおさら僕は正直に語らねばならない。品のいいアードベッグ・スコッチを飲みながら、やれやれ、と僕は呟いた。

  飛行機に乗り込んだ後、僕は機内のオーディオプログラムの中でローリング・ストーンズの特集をしている番組を聴きながら、キャビンアテンダントから品のいい動物の清潔な内臓のひだのようなブランケットを受け取った。コンクリートを力いっぱい引っ張ったような雨雲を抜けた頃、僕はローリング・ストーンズを聴きながら少しぼんやりとした気分になっていた。そうやってしばらく退屈で骨の折れるような時間を過ごし、眠るために備え付けのテーブルを戻そうかと考え始めた頃、突然横から肩を叩かれた。

「あなたって本当に自分以外には鉄板みたいに興味がないのね」と彼女は言って、僕を見ながらしかめた顔をした。

 僕はとっさに返事ができなかった。彼女がここにいる意味を真剣に考えてみようと思ったけど、結局諦めて「どうして君がここにいるんだい?」と言った。

「あら、あなたと同じよ。ハンブルグ空港でサンクトペテルブルク行きの飛行機に乗ったの」

「つまり君は今までハンブルグに居たってわけ?」

「私もこの座席に座った時、今のあなたと同じことを思っていたのよ」と彼女は言った。「数十分も前のことだけど。ねえ本当に私だって気付かなかったわけ?」

「考えてもみなかった」

「あらそう。ねえ私が今何を考えているかわかる?」

「見当もつかない」と僕は言った。「でもお願いだから、もう少し声のトーンを落としてくれないか? ここは飛行機の中で、僕達の他には誰もこんな風に話してないんだから」

「あのね隣に座った時、私は一目であなただって分かったわ。でもあなたは変なブランケットを受け取った後、すぐにヘッドホンで音楽を聴き始めて雨雲の中でもちっとも目を開けなかったでしょ。あの時あんなにも揺れたにも関わらず。私とっても不安だったの」

「ふむ」

「よっぽどあなたに話し掛けて手を握ってもらおうと思ったくらいに。本当よ。だけどそんな私になんかちっとも気付かないで、あなたはテーブルをあげて寝ようとしたじゃない?」彼女は小声で言った。「あんまりに腹が立っちゃったから思わず話しかけちゃった」

「それは本当にすまなかった。つまり僕は少し疲れていて」

「あら許してあげるわよ。その代わり少し付き合ってちょうだい」

 やれやれ、と頭を抱える僕のことなんか気にせずに、彼女はキャビンアテンダントに頼んだウィスキー・コークを二杯立て続けに飲んで、それからシャンベルタンを頼んだ。

「何か話をしてよ」

「どんな話がいいわけ?」

「ねえ突然だけど今から私のことを考えながらマスターベーションをしてくれない? それでどうだったか聞かせて欲しいの。そういうのってすごく楽しいと思わない?」

「思わないね」

「そうかしら? でもとにかく私はそう思うのよ。男の子っていつもどんなことを考えながらするわけ?」

「少なくともこうやって誰かにお願いされて飛行機の中でするものではないだろうね」

「あら、でもそれってとても素敵だわ。狭い部屋で自分一人でするのなんて退屈で惨めじゃない」

「あるいはね」と僕は言った。「だけどマスターベーションは本質的に退屈で惨めなものなんだよ」

 彼女は真剣な顔でそのことについて考えているようだったが、しばらくした後に「ねえ本当にしない?」と言った。

「こんなことで捕まりたくないんだ」

「あらばれないわよ。そのためにブランケットがあるんじゃない」

「君は今日少しおかしいよ。酔っているしこんなところで知り合いと再会したから、つまり、少し興奮しているんだ」

「お願いだからこんなことで私を嫌いにならないでね。それって涙が出ちゃうくらいつまらないことだから。でも違うの。欲求不満だとか挑発的になってるだとかじゃないの。本当に。だけど私ってずっと女子校だったでしょう? 海外を飛び回ってると恋人もできないし。あなただってそうでしょう?」

「わかる気がする」

「だからずっと気になっていたのだけど、誰にも訊けなかったの。だってこんなことをまさか上司やお父さんに言えないでしょう? そんな時、あなたがこうやって私の隣に座っていたの。これって奇跡だと思わない?」

「そうかもしれない」

「あなたがしてくれないなら私、今から大声で泣き始めて他の乗客一人一人にあなたに言ったことと同じことを言うわよ」

「勘弁してくれよ」と僕は言った。

 サンクトペテルブルクは雪が激しく降り、殆ど前も見えないくらいだった。街全体が冷凍された死体のように絶望的に固く凍りついていた。 僕たちはどちらから誘うでもなくホテルへ入った。この街ではそうするのが正しいのだと僕は思ったし、彼女もそう思ったようだった。僕たちはそのことに少しの疑問も持たなかったし、閉園後の動物園で、飼育員に誘導されながら飼育小屋に戻る動物たちみたいに当然のことだった。

「ねえ今から私たちはあれをするわけでしょう?」と彼女が言った。「私うまく出来るか心配なの」

「ふむ」

「あなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。私の個人的な問題なの。つまり風のある日に煙がまっすぐ立ちのぼらないみたいに、私にとってはそれがごく自然なことなの。私の言ってることってわかる?」

「わかるよ」

「そう。それじゃあキスをしましょうか」と彼女が言った。僕たちは二つのスプーンを重ねたみたいに、あるいはお互いがお互いの水分を吸収しようとくっついたスポンジみたいに、そうすることがごく自然なものとして存在した。

「ねえやっぱりダメみたい。私こんなにも熱くなってるのにちっとも濡れないのよ。私のこと嫌いになった?」

「まさか。そりゃ少し残念ではあるけれど」

「あなたってたまにすごく正直よね。でも私あなたのそういうところって好きよ」

「そりゃどうも」

「ねえ私のことは好き?」

「好きだよ」

「どれくらい好き?」

「世界中のリスが木の実を隠すために穴へと戻ってしまうくらい好きだ」

「それって凄く素敵ね。私今すごく嬉しいのよ。あなたのことをたくさん訊かせて欲しいの。ブログってしてる?」

「していると言えばしているし、していないと言えばしていない」と僕は言った。「ふうん」と彼女は言って、それから、何か話したくないことがあるのね? と言いながら僕のペニスを優しく握った。

「正直に言うと話したくないね。つまり複雑に事情が込み入っていて、うまく説明できる自信がないんだ」

「そんな事情があってもブログは続くものなの?」

「本質的にはね」

「ねえ私が今何を考えてるかわかる?」

「さっぱり見当もつかないよ」

「あなたに射精して欲しいの。そう思わない?」

「僕も思うよ」

「本質的に?」

「そう、本質的に」と僕は言って、そして何の予兆もなく突然射精した。それは押しとどめようのない激しい射精だった。

「このこともブログに書くわけ?」と彼女は、冷蔵庫から取り出した青いバルチカの缶を開けながら言った。

「書くかもしれないし書かないかもしれない。いずれにしても僕はブログに対してあまりにも多くのことを知らないんだ。同時に君自身に対しても」

「あなたは今ひどく混乱していて、あまりにも疲れているのよ。きっと朝起きたらあなたはパソコンを起動して今日のことをブログに書くわ。私にはそういうことって全部わかるの。そして、私はそれを楽しみにしていて、私のことをあなたがどうやって書くのかってことにすごく興味があるの。本当よ。だからちゃんと前向きに考えてちょうだい?」

「努力はするよ」

「それじゃあおやすみ」と彼女はにっこりと笑って言った。

 次の日の朝、彼女は忽然と跡形もなく居なくなっていた。だけど僕はこれといって動揺はしなかったし、そのことについて心を激しく痛めるようなこともなかった。彼女は消えるべき存在だったのだ。あるいは彼女は消えてこそ、本来的な価値を得るものだったのだ。僕はそれをごく自然に理解していたし、そして同時に、彼女が永遠に僕の前に戻ってこないであろうこともとてもよく理解していた。

 何度か彼女に電話をコールしても、病院の霊安室みたいなわかりやすい静けさが続くだけで、僕は結局、クリスマスの朝に子供がプレゼントを見つけたあとの空っぽの靴下のような部屋で一人ストレッチをすることに決めた。入念に一つ一つの筋肉をほぐした後、シャワーを浴びて汗を流すとパソコンを起動した。

 僕はたしかに決断をしたし、そして決断にはある種の責任が発生する。そう考えると、今すぐにでも書かなければならない気になった。深い井戸の中にいる僕の背中を、よく目を凝らさないと見えない武士が何度も何度も斬りつけてくるみたいに、自分の身に起きたことをできるだけ正直に語らなければないと思った。

 僕にはそれ以上うまく説明できないのだけど、いずれにしても僕がどう感じたとか、何を選んだとかに関わらず物語は進んでいくものだ。僕の手から物語が離れようとも、あるいは物語が僕抜きでも本質的に続くものだとしても、僕は決断をしたし、またそうしなければならなかった。やれやれ、と肩をすぼめてみせる。知らない間に美女が蓄えた脂肪みたいな雪が降る中、僕の部屋のラジオからはローリング・ストーンズの『ブラウン・シュガー』がまた流れていた。

 

 

 

 

 

ここまで書いておいてなんですけど、全部嘘です。

はてなブロガーは二度話が逸れる

 自分のブログを読み返してて思ったんだけど、あまりにも話の脱線が多過ぎる。普通の人なら俺が脱線してしまった部分だけで一つや二つ、記事として公開できるくらいの文量を書いてしまっている。いくらなんでもこれはひどいなと思ってて、だから今回はもう、絶対何がなんでも決められたレールの上だけを走ろうと。さすがに「話が脱線してしまうヤバイ」って話をしてる時に話が脱線するのは、なんつーか、できる限りオブラートに包むけど、大人としてマズい状況と思うし。

 いや、これはほんとにネタ振りでもなんでもなくて、万が一、今回の話が途中で横道に逸れたら、俺はもうその瞬間にこの記事を書くのを止めて、すぐに救急車を呼ぼうと思ってる。だってあり得ないし。それくらいの覚悟でもってキーボードを叩いてる。これは自分自身との戦いであり、これを読んでくれてるみんなとの約束でもあるわけ。俺は必ずこの話を真っ直ぐ書き切って、最後は一人一人にちゃんとありがとうって伝えたい。これまで支えてくれた人、そしていつも見守……っと危ねー。今脱線の気配がしたわ。ちょっと車体が傾いてた。いつもの俺なら確実にこのまま走り出してた。行く先も分からぬまま、暗い夜の帳の……っつーのは、あの、ほら、嘘、っていうか、冗談みたいなやつで。ああ怖えよ。言わんこっちゃねえ。ほんと言わんこっちゃねえよ。油断したらすぐこれじゃん。自分でもまさか三行で二回も脱線しかかってることに驚きが隠せないままなんだけど、でもまあ、これで分かってもらえたと思う。俺がどれだけ本気なのかっつーことが。

 うだうだしてたらどこで脱線するかわかんないからさっそく本題に入るんだけど、どうして急に俺がこんな危機感を持ち始めたのかっつーと、『機関車トーマス』にスマジャーって奴が出てくるんだけどさ。いや、ちょっと待って、大丈夫だから。落ち着いて。分かってる。みんなの言いたいことは全部分かってる。ほら怖くない。さあおいで。ね、怖くない。怯えていただけなんだよね。うふふ。ユパ様、この子私にくださいな。つってね。いやまあ、これは、普通にアウトですよ。書き切ったし。ユパ様まで出てきたんなら言い逃れするつもりはないよ。けど今回だけはちげーの。あえて『風の谷のナウシカ』をやり始めたみたいなとこある。これは脱線の基準を示すものっつーか、標識? そう、道路標識みたいなやつで、あえて、のやつだから。とりあえず救急車は呼ばずに聴いてほしい。『機関車トーマス』に関しては全く問題ないし。これは脱線に関する話だから。

 このスマジャーってかなり運転が荒くって、事故とかもバンバン起こしてるようなキャラクターだったんだけど、それを注意された時も、

ちょっとの脱線くらい、誰も気にしないさ

 なんて開き直るようなやつでさ。いや、まあ、これが比喩ならかなり深い言葉なんだろうけど、なんたってこいつ汽車じゃん。汽車の言う脱線なんて普通に死亡事故のことなんだから、最後はマジ切れした支配人に車輪を外されて発電機にされちゃって。結局スマジャーはその後車庫で発電機として一生を終えるんだけど、この話をブログ読み返してる時に思い出して、ほんとに震えた。これ明日は我が身だな、と。

 いや、自分のブログで話がいくら脱線しようと、さすがに発電機にはされないだろうけどさ、だからって開き直って、これがわしの持ち味じゃ〜い! なんてやってたら、いつこのスマジャーみたいにはてなブロガーから目をつけられて足をもがれるのか、分かったもんじゃないじゃん。俺、インターネットがそういうところって知ってるし。ほら、足をもがれた話をブログで書けよ(笑) まーた話が脱線するんだろーなこいつ(笑) なんて脅されながらパソコンの前に座らされてさ。そんな状況になったらさすがの俺でも、血が止まらないです。誰か助けてください。としか書けないじゃん絶対。さすがのユパ様もこの時ばかりは出てこない。だって俺、虫の息だろうし。で、その記事がたまたま有名ブロガーの目に止まって拡散されて、一気に世間も注目してさ、まあそこまできたら『闇金ウシジマくん』に取り上げられて、はてなブロガーくん編g

妖精は消えない

 このブログを書き始めて一ヶ月が過ぎて、好きな人が遠くへ行って四ヶ月が経ち、好きになってからはもう八ヶ月が流れようとしている。八ヶ月て。赤ちゃんならそろそろつかまり立ちを始める頃だよ。俺の恋は相変わらずつかまり立ちどころか産声すらあげてない感じなんだけど、それでもまあ、息はしてるし生きてんだろうなっつー感じで適当に育んでいたら、幸か不幸かどんどん背丈だけは大きくなっていってる。それでも随分ちゃんと健全な片思いが出来るようになった。好きな人から、仲良い女の子多いよね、みたいなことをチクッと言われてからはなんとなく異性と遊ぶのをやめてたんだけど、一回ちゃんと好き好き言ったり付き合ってくれとか言うのはやめて、長いスパンで片思いしようっつーことに決めてから、

haine.hatenablog.jp

 ここでも書いたようにミヤタと飲みに行ったり、あとはこの間の三連休、好きな人に相手してもらえなかった俺を憐れんだミヤタに誘われて三重まで二人で花火を観に行ったりとか、まあ特筆すべきなのはその二回くらいなんだけど、そんな感じでちゃんと好きな人以外とも交流を持つようにして、こちらとしても好きな人以外からの応募を随時募集してますよっつー感じで窓口を開けたりなんかしてるんだけど、それでも見事なくらい好きな人のことが揺るぎなく好きなもんだから、自分でも呆れつつでも少しだけ安心したりなんかして。なーんだ、別に禁欲的なことを課さなくても俺は好きな人のことをこんなにもちゃんと好きなまま居れんじゃん、みたいな。

 ミヤタもさーすごいのよ。ミヤタが俺に告白してくれて断った時、これからは好きな人とのことちゃんと応援するねつってくれて、別に会ったら普通に接してくるんだけど、ラインとかはほんとに送って来なくてさ、ああ口だけじゃなくってほんとに応援してくれるんだ、みたいな、そういうところって自分も片思いをしてるからほんとすげーなって思うし、花火行った時ももちろん何もなくって、完全に友達としての距離感を保ったまま、なんならそんなに急ぐことないじゃんー、なんて慰めたりまでしてくれて。あれ、ミヤタって俺のこともう好きじゃないのかな、とか一瞬思いながら、でも俺は本当はミヤタが俺のことを今でも大好きなことくらいちゃんと分かっていて、その上で、ああ、今横にいるのが好きな人だったらな、なんてさいてーなことを考える。

  ほんっと俺ってどうしようもねー。普通こういう時ってさ、そういえばミヤタと居たら不思議なくらい素の自分で居られるんだよな、とか考えながら恋の一つや二つ生まれるもんじゃん。全くそんな気配がない。ミヤタのことを知ってる友達なんかは、もうこれはミヤタだミヤタだつって、ミヤタ良いじゃん可愛いし、みたいな押せ押せムードというか俺にとってはただの、逆風、つー感じなんだけど、好きな人のどこがそんなに良いわけ? みたいな感じにいい加減なってきてて。俺も、いやーそれがよくわかんねーんだけど、的な、たぶん前世でなんかあったんだと思う、好きじゃなかったら絶対好きになってないもんあんなヤツ、なんていじらしい名言も飛び出しちゃったりして、それを聞いた友達はため息、みたいな。もう満足するまで頑張れば良いんじゃない、っつー感じで現在なんだけど。最近、実は好きな人の誕生日がありました。

 誕生日って、ほんとにめでてえのな。別に会ったりしたわけじゃないんだけど、とことんめでてえ。なんだろ、これまでだって十分、めでてえめでてえ、つって色んな人の誕生日をやってきたけど、そんな他人事みたいに言えるもんじゃないねこれ。感謝しかない。ただただ感謝が静かに湧いてくる。今俺が正拳突きをしたら、音を置き去りにすると思う。ネテロ会長の言ってた意味がようやく分かった。もうね、思わず、ありがとう、つった。俺が誕生日じゃんありがとうつって、相手はどういたしまして、つってくれた。俺の知ってる誕生日の流れとはずいぶん違うんだけど、そんな些細なことはこの際どうでもいいのよ。なんか誕生日って基本的に祝われてる側は気恥ずかしいもんじゃん。少なくとも俺はそうだったのよ。なんとなくどんな顔してたらいいのかわかんないっつーか、正直あんまりおめでたいって感覚もないし、そもそも自分が何かを成したわけじゃないのにあんなに祝福されてさ。

 俺、自分が誕生日の時って、急に生きてるだけで祝われたりプレゼントまで貰ったりするノリについてけなくて、え、普段なんか、俺が生きてるだけで嬉しいおめでとうみたいな、そんな感じじゃみんななくない? 的な気まずさと違和感の中で、曖昧な笑みを浮かべてるうちに終わってたイメージだったんだけど、考えたらそりゃそうだ。やっぱり誕生日なんて周りの方が嬉しくてるんるんしてるのが正しかったんよ。おめでたいのは本人よりむしろ周りの方であって、おめでたい奴らにおめでとうなんて言われてたから違和感があったんだ。

 まあそんな感じだから、俺ここ最近すっごく浮かれてて、出会い頭に知らない人とハグして、一緒にバースデーソングを歌いたい気分なの。こないだ好きなやつの誕生日があったんっすよー、つって。最後に好きな人と会ってからそろそろ三ヶ月が経って、髪とかも少しは伸びたのかな、実はあんまり覚えてないんだけどさ、八十八夜を超えて俺はこれまでよりももっとちゃんと好きになってってるわけよ。戦いの中で成長してる。他に好きな人を作ろうとか、もう諦めるかーなんて無意味に考えることもなくなったし、なんだろ、そういうのってたぶん何も良いことない。

 俺、このブログを始めた時に、ネガティブなことは書かないようにしようって決めてたんだけど、思ってもないようなことでも実際に口に出すとやっぱね、何かが死んでくんだと思う。言葉ってそういう力あると思うし。ほら『ティンカーベル』でもさ、妖精なんていない、って子供が言う度に妖精が一人ずつ消えていく、っつー話があったけど、あれってたぶんマジの話じゃん。だから俺は好きな人のことを好きなうちは好きってちゃんと言うし、恋の駆け引きとか気を引くためのテクニックみたいなのも使いたくない。もうお前のこと好きじゃなくなったよ、とかなんとか言って、ティンクが死んじゃったらどうすんのよって感じで。

 なんか一番最初の日記で、俺以外が理由で彼氏と別れて欲しい、っつーことを書いて、相手にもそう言った手前、俺も好きな人が理由で諦めたりなんてフェアじゃないと思うし、成就するとかしないとか、脈があるとかないとかってことを幕引きの言い訳になんてするつもりもない。諦めるときは俺に別の好きな人ができた時か、好きな人への気持ちが冷めた時だけにしようって、そんな感じでいるんだけど、そんな日って一体いつ来るんだよ、みたいな。

 なんか本来、人間の頭の中にはオリンピックみたいにIOC(Intracerebral Oxytocin Committee=脳内愛情ホルモン委員会)っつー組織があって、周りにいる異性は日々、招致活動やロビー活動なんかで魅力をアピールをしてくれてるわけなのよ。私はあなたをユニークにお迎えします。日本語ではそれを一言で表現できます。エ•フ•カ•ッ•プ、Fカップ。みたいなスピーチがあって、するとIOCのメンバーも、リアリー!?!? ブラボー!!!! トウキョー!!!! つって次の恋の開催地を発表して好きな人ができるわけなんだけど。俺の場合は蓋を開けてみると、当初Fカップだと公表されていたザハ案も実はE寄りのDカップだったことが判明したり(新国立競技場問題)、可愛かったはずの顔にもあれはマツエクではないのかという指摘がされたりで(エンブレム盗作問題)、まあ、なんかこれ以上は、まるで俺が特定の誰かを攻撃してるみたいなあれになるからやめとくけど、そんなことがあるのと、前回のリオが良すぎたせいでIOCの士気も下がりっぱなしなんだよね。なんだろ、やっぱこれ前と同じ場所で良いんじゃね? みたいな、そんな雰囲気になってる。委員会自体もここ最近開かれてないし、委員長の家でリオ五輪の映像をメンバー全員で見てるだけ。やっぱこれ最高だわ~当分の間リオでよろ~、的な。

 まあそんなだから、上で書いてるようにちゃんと窓口を開けて形だけの開催国の募集をしていても、なかなかね、委員会が首を縦に振らないもんだから。ミヤタ? うん、とても良いよね。彼女はとても楽しみだよ。うーん、じゃあ開催国を発表するね、ネクストイーズ……リオデジャネイロ!!! つって。もう良いよ。俺はこの馬鹿どもと一緒に沈んでゆくって決めたんだから。新しい風を、とか、保守からの脱却、みたいなの全然いらない。IOCが旧態依然とした態度で自分らはここで死にますって発表したんなら、俺はその方針に従うまで。たとえ、そこに足りないものや多過ぎるものがあるんだとしても、それを含めた全ての要素が俺にとっては完成されていて完璧で、その不完全さが愛おしい。ただ好きな人がちゃんと存在していて、俺がちゃんと好きな人のことを好きなら、いくらでも三点測量することでそこにパラダイムとしての俺の人生の意味みたいなものが鮮やかに浮かび上がる。あー好きだー。大好き。

 あ、そうだ、言うの忘れてた、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。仲良くなってくれて、こんなにも好きでいさせてくれて、本当にありがとう。あの、うちのオリンピックってIOCが馬鹿だからさ、今回も前回と同じでお前んとこみたいなんだよ。だから聖火を運ぶ必要もないし、ほら、今回はせっかくお前の誕生日だったんだしさ、俺が聖火台に火を灯すから、みんなでバースデーソングを歌うみたいなやつやらない? 隣のやつらとハグでもし合ってさ。俺、今、そんな気分なんだよね。

三月三日のセレナーデ

「あなたがこの手紙を読む頃には外はもうすっかり春になっている頃だと思います。去年二人で行ったあの桜並木もそろそろ満開でしょうか。どうですか? 当たっていますか? 一緒に見に行く約束は守れたのかなあ。今こっちはまだ寒くって、だけど病室に射し込む光には少しずつ春らしさみたいなものが感じられるようになってきました。今日は三月三日。えへへ。そうです。自分の誕生日にこうして、私はあなたへ最後の言葉を書き綴っています。

 元気にしていますか。たぶんあなたの事だから、毎日私のことで悲しみに暮れているんだと思います。そんなあなたを想像すると、申し訳ないような嬉しいような、なんだかとても不思議な気持ちになります。どうして突然こんな手紙を書こうと思い立ったのかというと、ちゃんとこれまでの感謝の気持ちを伝えたくなったのと、せっかくの私の誕生日なのに、病室へ戻るとあなたが眠っていたせいで暇になっちゃったからです。えへへ、でも今回だけは許してあげます。ずいぶんと疲れているみたいだったから。忙しい仕事の合間を縫って時間を作ってくれたんだよね。わざわざ誕生日を祝ってくれて本当にありがとう。今日は私にとって、今まで生きてきた中で一番幸せな日になりました。

 実はさっき、余命を宣告されちゃいました。私に残された時間はあと一ヶ月だそうです。本当にごめんなさい。せっかくこんな素敵な誕生日プレゼントまで用意してくれたのに。約束できなくてごめんなさい。断ってしまってごめんなさい。でも本当は、とっても嬉しかったんです。いつ死んでも悔いなんかないってずっと思ってたのに、指輪なんか貰ったら少しだけ欲が出ちゃいそうです。できることならもう少しだけ二人で悩んだり、喧嘩したり、仲直りしたり、遊びに行ったり、笑い合っていたかったです。あなたに頭をぽんぽんされたり、手を握られたり、抱き締められたり。そんな風にもっとあなたと一緒に過ごしてたかった。だけど私の心は今不思議なくらい穏やかで、自分が死ぬことに対して後悔や不安なんかはありません。むしろ病気になっちゃって感謝できたことだってあるんです。たとえば、こうやってあなたの寝息を聞いているだけで、生きてるってことは奇跡なんだと、改めてそんな風に思えるようになりました。

 まだあなたが起きないので少し昔話をしようと思います。あなたはいつも楽しそうに笑っていて、だけど感動したりなんかすると意外と涙もろいところなんかもあって、とにかく優しくて明るい人でした。思い返せば私たちはよく周りから似てないと言われてきたね。でも実は、それと同じくらい似ているところも多かったんだよね。私は家の中にいて本を読んだりすることが好きだったけれど、あなたは外に出て映画を観ることが好きでした。私はコーヒーが好きで、あなたはコーヒーが飲めなかったけれど、私が淹れるコーヒーを美味しいと言ってくれて、付き合う前なんかはそれを飲みながら借りてきた映画をよく二人で観ました。あなたと観る映画はなぜかいつもつまらなくって、でもあなたが泣いたり笑ったりしているのが面白かったから、私はあの時間が実は結構好きでした。

 あなたから告白された日、大学の食堂でいきなりあなたが、好きです、付き合ってくださいと言ってくれた時、ムードとかないのって思わず笑っちゃったけど、あの日が私にとってこれまでで一番幸せな日でした。ふふ。今日のあなたのプロポーズとちっとも変わらないなあ。学食から教室へ戻る間、あなたは私の手を繋いできて、通りかかる人通りかかる人に、俺ら付き合うことになったの、と嬉しそうに言っていて、本当に恥ずかしくて顔から火が出そうでした。

 怒った時、いつも仲直りのきっかけを作ってくれて、私を素直にさせてくれたのはあなたでした。落ち込んだ時、いつも真っ先に駆けつけてくれて、さり気なく励ましてくれたのもあなたでした。嬉しかった時、いつも私の隣にいてくれて、それを与えてくれたのがあなたでした。口下手な私は今までついに言えなかったけど、あなたのことを愛していました。こうやって今、隣で眠っているあなたの横顔を眺めていると、自然と笑みが溢れてしまうくらいに大好きでした。

 一昨年、一緒に水族館へ行ったときのことを覚えていますか。イルカショーが始まった途端にあなたは大はしゃぎで人混みの中に飛び込んでいって、結局はぐれちゃって一緒に観れなかったよね。それで怒った私にあなたはすごくうろたえながら、ちょっと待ってて、とまた私のことを一人にして、何をしに行ったのかと思っていると、二十分くらいして大きいイルカのぬいぐるみを抱き締めて嬉しそうに戻ってきたよね。それを見た途端、怒ってるのが馬鹿らしくなっちゃって、思わずあきれて笑っちゃいました。あの時、私がイルカショーを観れなくて怒っているとでも思ったんですか? その後、もう良いからと言う私を無理やり二回目のイルカショーに連れて行ってくれました。大の大人が自分より大きなイルカのぬいぐるみを抱えながらイルカショーを観ていたもんだから、周りからの視線でイルカショーどころじゃなかったんだよ。でも実は、ちゃんとあなたとイルカショーを観れてちょっぴり嬉しかったり。

 こんなことを書いてるとどんどん思い出が溢れ出てきちゃいますね。お別れするのが悲しくなっちゃいます。だけど、あなたがこれを読んでいる頃には私はもう居ません。本当にごめんね。最後まであなたを困らせてばかりでした。だけど困らせついでに、もう一つだけお願いがあります。今はそうやって悲しみに暮れているあなたにも、いつか心から愛したいと思える人と巡り合う日がくると思います。その時はどうか、ためらうことなくあなたの愛をあげてください。あなたは真っ直ぐな人だから、その不器用さが心配です。どうか私の抜け殻に埋もれないでください。私にくれたあなたのその甘やかなぬくもりで、いずれできるあなたの大切な人を包んであげてください。

 私はもう、あなたから充分なほどの愛をもらいました。病気になって痩せた指にもピッタリな指輪ももらいました。えへへ。実はあなたがずっと眠っているから、我慢できなくて少しだけつけちゃいました。可愛いなあ。ちゃんと私に似合ってるのかな? あなたと出会えて、私は世界一の幸せ者だったよ。だからあなたも私のことはどうか忘れて幸せになってね。そしていずれできる大切な人のこともちゃんと幸せにしてあげてください。あっ、せっかくなので、やっぱりもう一つだけわがままを言っても良いですか? そうやって他の誰かと幸せになっても、一年に一度の私の誕生日くらいはそっと思い出してください。それだけが私のささやかな願いです。

 ずいぶんと長くなってしまいました。あなたは相変わらず全然起きる気配がないので、そろそろ叩き起こしちゃおうと思います。いい加減寂しくなってきました。その時、私は少し怒ったような顔をしてると思うけど、今度はもうイルカのぬいぐるみはいらないからね。

 ここに書き切れなかったことはまだまだありますが、それでも私のすべてを込めて書きました。もしまたいつかどこかで出会うことができたら、この手紙を読んだ感想を聞かせてください。今まで本当にありがとう。どうか元気で。いつもあなたを見守っています。 日奈香より」

  今思えばその日は世間一般的にはなんでもないただの土曜日で、けれど僕の彼女の誕生日で、僕がプロポーズしようと決めていた日だった。給料三ヶ月分とは言わないけど、病気になってずいぶんと痩せ細った彼女の指にも綺麗に映えるよう、新卒二年目にしては頑張って小さなダイヤのついた指輪に決めた。ポーカーフェイスなひなのことだから、きっと涙を流して喜んでくれるなんてことはないだろうけど、いつもみたいに澄ました笑顔くらいは見せてくれるだろう。そう思うと早くひなに渡したかった。

 ひなが倒れたのは去年の初夏だった。彼女の両親から突然何の前触れもなく連絡がきて、彼女が病院に搬送されたこと、すぐに駆けつけてやって欲しいということを伝えられた。急性骨髄性白血病。それが彼女の病名だった。ついこの間まで楽しそうに花見をしていた彼女は少し息切れしたりはしていたけれど、いつもみたいに楽しそうに笑っていて、そんな風には全然見えなくって、僕が病室に飛び込んだ時もいつもと変わらない顔で、来年の花見までにはちゃんと治すねーと笑ってくれたほどだった。ゆっくり休んで早く元気になってね、とぼくは言って、彼女は、はーいと明るく言った。

 それから一ヶ月経って、半年が経って、その間に彼女はどんどんと痩せていった。ただでさえ小さな肩と胸が一段と小さくなって、そんなことを言うと彼女は「むっ」と言って、僕は彼女のほっぺたを横に伸ばして笑った。でもその時にはもう彼女のほっぺたはあまり伸びなくなっていて、それで途端に怖くなってしまって、彼女の身体が壊れてしまわないくらい強く抱き締めてみたりして。そんな時、いつも彼女は、どしたの、と優しく僕の頭を撫でてくれた。そして決まって、大丈夫だよすぐに良くなるから、と言った。

 年が明けてすぐ、彼女の両親から呼び出された。彼女の容態があまり芳しくないこと、抗がん剤がうまく効かないこと、近いうちにもしかするかもしれないということ。そして娘のことはもう忘れて、自分のしたいことをしてくれても良いということ。僕はただ、日奈香さんを近くで支えることが自分のしたいことです、必ず彼女は良くなります、と言って、彼女の両親からは、ありがとう最後までそばにいてやって欲しいと涙ながらに言われて、その時現実感を持った死というものの温度に触れてしまったような気持ちになって、彼女が倒れてから初めて泣いた。

 病院からの帰り道、彼女の誕生日にプロポーズしようと決め、それから二ヶ月間がむしゃらに働き続けた。週に二回、彼女の病院へ行く以外の時間は全て仕事にあてた。その間にも彼女はどんどんと痩せ細っていって、僕は不安になる度に彼女を抱き締めたり、さりげなく彼女の匂いをかいだりして、どうしようもなくなった時はあからさまに胸一杯に吸い込んだ。病院特有の匂いに混ざって、甘い彼女の匂いがした。どしたの、と彼女が僕の髪を撫でて、大丈夫だよすぐに良くなるから、と僕が言う。

 誕生日当日、その日は午後から診察があったので、僕は面会時間が始まるとすぐに彼女の病室へと行き、誕生日おめでとう、と言いながらドアを開けた。中にいた看護婦はくすくすと笑いながら席を外してくれて、彼女は恥ずかしそうに、その節はどうもありがとうございます、と妙に改まって笑いながら言った。

 今日はひなに大切なお話があります。

 こほんと僕が咳払いをして、彼女はそんな僕をおかしそうに見つめながら、はい、大切なお話をしてください、と冗談めかした。

 好きです、結婚してください。

 そう言うと僕は鞄から小さな指輪の包みを取り出した。彼女は固まったようにその箱と僕とを交互に見続けて、震える手で布団を掛け直した。しばらく黙っていた彼女はどうしてと言いたげな目をしながら、今は約束できません、ごめんなさい、と同じくらい震えた声で言った。それは病気が理由ですか、と僕が尋ねると、彼女はそれには答えず、その箱を開けてみてもいい? と言って、まるでロボットが人間の子どもを抱きかかえるみたいにぎこちない動きでティファニーブルーの小さな箱を開けた。

「どうしよう、すっごく嬉しいなあ」

 彼女は独り言のようにそう呟くと、しばらくの間ずっとその指輪を眺めていて、ようやく決心したように箱を閉じた。

「病気が治るまで、この指輪は私が預かっておきます」

 そう言った彼女の顔には満面の笑みが浮かべられていて、僕はそんな彼女の笑顔を初めて見た。その笑顔は今まで見た彼女の中でもとびっきり可愛くて、病気だってことなんか一発で忘れちゃうくらいの破壊力があって、僕には二度と必要のない不安や悲しさなんかをほんの一瞬で奪い去っていった。

 彼女はその後もずっとその箱をむにむに触ったり丁寧にリボンをかけ直したり、プロポーズを断った人とは思えないくらい嬉しそうにしていて、僕はそんな彼女の頭をさららと撫でながら、お医者さんからダメだと言われていたキスをした。ほんの触れるくらいのキスだったけど、久し振りの彼女の唇はびっくりするくらい柔らかくて暖かくて、ちゃんと彼女はそういった彼女らしさを失わずに生きていて、それは同時にあまりにも残酷だった。

 検査のために彼女が呼ばれて、一時間くらいかかるからどっかでご飯でも食べてきて、と彼女は今にもスキップでもしそうな足取りで病室を出て行った。ふと窓の外を見ると、まだ蕾をつけただけの桜の木が見下ろせた。

  彼女が元気になって、もう一度手を繋ぎながら去年と同じ桜並木の下を歩きたいな、なんてことをふと考える。去年と同じ川沿いの道を、でも去年とは違って彼女の左手の薬指には小さな指輪があって、僕は一人でそんなことを考え続ける。不安にならないように。言い聞かせる。きっと大丈夫。

  彼女はあんなにも彼女らしいままで、空っぽのベッドには元気な頃と同じ彼女の体温が残されていて、唇の柔らかさは元気な頃と少しも変わらなくって。病気は彼女から、何一つ彼女らしさを損なわせることが出来ていないかのようだった。

 彼女の居ない病室には、だけど彼女の気配がこんなにも強く残っていて、けれど、けれど彼女の命はたしかに儚く小さくなっていて、唇に残った感触だけが唯一、僕が確信をもてる彼女が存在する根拠みたいで、僕はそのことに強く心を痛めたけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おちんちんの方がもっと痛かった。(病室でヌいてそのまま寝た)

オンカロof男女友情論

何も犠牲にしていません。何かを犠牲にしてたら続けることなんて不可能でした。ただ好きだから出来たんです。 北島康介

 いい言葉ですよね。これは本当にいい言葉なんだけど、今回は特に関係ないのですぐに本題へ入りますね。

 ほら、よく宇宙人はいるのかとか、きのこvsたけのこ、嫁姑問題みたいなのと並んで、「男女間に友情は成立するのか」みたいな話が永遠のテーマみたいに取り上げられるじゃないですか。この話、もうやめない? だってこれ、議論が紛糾する理由ってただ話が噛み合ってないからじゃん。もう最後は絶対にどっちかが不機嫌になって、思い出はいつの日も雨、っつー感じで終わるだけじゃん。する派はしない派に対して、こいつらどこで戦ってんのかな、と思ってるし、しない派はする派に対して、こいつらほんとガキだなー何もわかってねーって思ってるだろうし、お互いがお互いを見下しあってるだけじゃんか。いや、たとえばこれが河童はいるかとかならわかんの。河童の話なら、俺マジで河童見たんだよ、頭に皿を乗せたヌルヌルした奴が川でキュウリ洗ってたもん、みたいな、いやいやいや(笑) それただのやべーおっさんだって(笑) 触れちゃダメなやつだって(笑) つー感じですごく盛り上がるじゃん。その話はすげー楽しいと思う。河童を見た話なんて最高なんだから、みんなお酒飲みたくなるじゃん。え、つーか、その見た河童ってどれくらいの大きさだったの? あ、ちょっと待って、すみませーん! レモンサワーと軟骨の唐揚げ一つずつ! お前はお前は? コークハイ? じゃあコークハイも追加でー! ってなるじゃん。

 今、何気なく河童 - Wikipediaを見てみたら、外見っつー欄に、

 肛門が3つある。体臭は生臭い。

 って書かれてたんだけどさ、これだけで二次会決まるでしょ。これどうやって発覚したんだよー! つって。肛門の数ってバレるようなもんじゃなくない? ぜってー付き合ってたじゃん、お前河童の元カノじゃん。うちの元カレ河童だったんだけどー、あいつ肛門三つもあってさー、ウケるー、の奴じゃん。あいつ頭の皿割ったら超キレっからねー、無理過ぎてソッコー別れたわー、の奴じゃん、みたいなさ。あー止まんねー。河童の話止まんねー。話が脇道に逸れてることは頭で理解できるのに全然止まんない。助けてくれ。二段落目の時点で既にジュゲムがめちゃくちゃ逆走の旗を振ってくれてたのに、コントローラーが言うこときかない。

 ま、なんだ、閑話休題っつーことでいい加減話を戻すけど。俺は普通に男女の友情はあるじゃん派だから、一回ちゃんと男女の友情が成立しない派の意見を見てみたいなと思って、いくつかのキュレーションサイトを回ってみたの。したっけどうやら大体三つくらいを理由に言ってるみたいなんだよね。俺は心が本当に穏やかだから、その一つ一つに対して、うーん、それはどうなんだろう? と丁寧に優しく気になる点や反論を挙げようと思うんだけど、

  • 一方に恋人ができたら疎遠になる。
  • いずれ恋愛感情が芽生える。
  • 必ず男には下心がある。

 だいたいこんな感じ。あーーーはいはい。なるほどね、こういうカラクリだったってわけね。いつもの恋愛(ラブ)サイコパスデリヘル嬢(サイケデリコ)がはしゃいでたじゃねーか。ぶち殺すぞテメェ。最近見ねーと思ってたらこんなとこに居やがったのか。俺前に言ったよな、そういうのは高校生までにしろって。男とセックスがあらゆる悪の根源なんつー考えは真理でもなんでもなく、ただお前のコンプレックスなんだよ。俺は自分のコンプレックスを振りかざして周りを攻撃してるやつらを絶対に許さねーからな。

 

一方に恋人ができたら疎遠になる。

 どちらかに恋人が出来たら恋人に気を遣ったり、逆に恋人がヤキモチを妬いてしまったりするので、自然と疎遠になって友情は成立しなくなるという話ですね。いや、もう、ならやっぱあるんじゃん友情、つー感じなんだけどさ、たぶん、未来において友情がなくなる可能性がある以上、それは真の友情とは言えないみたいな話なんだろうな。

 でもそれはもう異性とか関係なくない? だってそんな言い分が通るなら、同性だとしても友達と喧嘩したり、たとえば相手が人を殺して捕まる可能性がある以上、私はそいつを友達と思わない、みたいな話も成り立つわけじゃん。仮に恋人が出来たら疎遠になる→疎遠になれば友達じゃない、が成り立つんだとしても、じゃあ恋人がいない間は普通に友情あるじゃん、っていう。もっとも俺は友情って疎遠になったから消えるようなもんじゃないと思うけど。

 
いずれ恋愛感情が芽生える。

 これも同じなんだけどさ、なんで男女の友情の場合だけ未来の不確定要素を加味した上でその有無を判断しなきゃなんないの? 同性なら、一度会ったら友達で毎日あったら兄弟さ! みたいなノリなのに、異性の話になると急に「近接性」だの「熟知性」だのと心理学の用語を持ち出して、マジになるじゃん。恋愛においては誰しもが専門家である、ってか? まあ、そんな言葉はないんだけどさ。ない言葉を斜体にすることであたかも引用したみたいにしちゃったけど。

 なんか、もっともらしく恋愛に結び付けて友情を否定するけどさ、それって単に、惚れっぽいか距離感間違えてるだけじゃねーの? 男と女なんだからそこには性差があるし、その性差に合った正しい距離感は当然あるよ。けどその距離感は友情を否定するもんじゃないじゃん。普通に男にも見境はあるし。だいたいバイセクシャルの人には友達いねーのかよっつー。

 でもわかるんだよね。「男女間に友情なんてない」っつーポジショントークしてれば、やんわりとマウントを取れるんだろうし。しかも悲劇のヒロインっぽくさ。男なんて信用できない感を匂わすことでそれなりの経験を言外に示しながら、魅力的な自分を演出するには絶好の機会だと思うよ実際。浅えけど。遠くの方までずっと浅えけどさ。潮干狩りできそうだな。俺、そこでバケツいっぱいのあさりをとって、河童の話のつまみにしたいわ。


男は異性に必ず下心を抱いている。

 ちょっと落ち着けって。お前今日やっぱおかしいよ。大丈夫? 嫌なことあった? 河童のことあんまり好きじゃなかった? 普通にそんなことないよ。俺、こういうフロイト的な考えって下品で大っ嫌いなんだけど、百歩譲って無意識下にそういうのがあったとしてもさ、無意識なら自覚的に認識できる友情とは関係ないじゃん。それとも何、裸見ても興奮しないのが友達、っつーガキみたいなことを言ってるわけ? それはバラバラ死体になってるのを見ても気持ち悪くならないのが友達、みたいな暴論と同じだよ。同性との間でさえそんなピュアな友情を育んでないくせに、男には下心があるから男女間に友情はない、なんつーのがまかり通るなら、女には母性本能があるから俺は堀北真希の子供である、っていうのも認めてくれよ。頼むよ。前半部分は正直どっちでも良いから、俺が堀北真希の子供っつー部分だけ認めてくれ。なあ頼むよ。頼むって。

 つーか結局これって、そんなつもりもない男にベタベタしてたら言い寄られたりセックスしちゃって友情壊れてしまった〜! 男女で友情なんてない〜! ってことでしょ、要するにさ。地雷じゃん。グループに一人でも居たら終わるタイプの地雷じゃん。ただ自分か相手のどちらかが理性のないチンパンジーなんじゃない? それなら話のテーマが変わってくるよ。チンパンジーとの間に友情は普通にないんだし。異性間に友情がないんじゃなくて、お前とそのお友達の間に友情がないだけじゃん。人間なら、友達なんかにぼさっと乳首をヒネられてないで、頭をヒネってくれ。

 

 いかがだったでしょうか? いかがだったでしょうか、じゃねーよ。最悪だったわ。嫌な先生がする最悪の説教だよ。よくあるまとめサイトの最後みたいにして締めようと思ったけど、薄まんねえくらいの悪だった。でも大丈夫。俺は別に「友情なんてない派」にだけ怒ってるわけじゃないから、そこは安心して欲しい。普通に「友情はあるよ派」にも怒ってる。強火で怒ってる。

 あのさー、聞いてもないのに、私って男と居る方が楽なんだよねーだの、えー私別に男友達にハグしたり一緒に寝たりって普通にするょ? だって友達なんだょ? みたいなさ、そんな感じのことを言ってる人って周りにもいると思うんだけど。いない派が地雷なら、こっちはもう落雷。向こうから積極的に狙ってくる。最悪、命取られるまである。ほら、セフレとかの話題でもさ、付き合ってなくてもセックスとか別に普通っしょ、ただのスポーツじゃん、みたいな、わざわざ言っちゃうダサさってあるじゃん。自分の考えが特別で人と違うと思ってるからそんなことをわざわざ言っちゃうくせに、なに、え、嘘、これが普通だよね? みたいな顔してんだよ、みたいな恥ずかしい痛さ。

 必要以上に男女の仲に純粋性を見出そうとしたり、逆に極端にそれを否定したり、あの、悪いけどそんなにこだわるほど特別なものじゃないよ。普通にしてくれよ。バレンタインの時にめちゃくちゃそわそわしてる奴も、こんなの製菓会社の作ったイベントじゃん、はしゃいでる奴なんて全員ガキだろ、と斜に構えてる奴も同じレベルでダサい。それと同じで意識しまくってる感じが必死だなっつー。

 もうね、男女の友情ってあると思う? なんて訊かれたら、本当は相手の顔をチラッと見ながら、お前となら成立する、って力強く言うべきなんだけど。他のやつなら言い切れないけどお前だけは絶対に成立する、あり得ない、なぜなら恋愛対象としては本当に無理だから、つって。だけどそんなこと言ったらオブラートに包んで荒波、ありのまま言ってしまえばどう考えても津波レベルの災害が起こるわけで、そんなの、風に戸惑う弱気な僕は素直におしゃべりできないじゃないですか。だから毎回「わかんないけどあったら良いなって思う」みたいなことを言って逃げる。

 逃げるは恥だが役に立つ、つってね。毎回恋ダンスを踊りながら逃げるわけ。もっとも踊るのは俺じゃない。河童。河童が恋ダンスを踊ってる。いやマジで。こうやって俺が、だってこないだ見たもん。川で河童が恋ダンス踊ってたよ(笑)って言ったら、周りの人らは当然、むむ、河童が恋ダンスを踊っていたんでありましょうか? って思わず古舘伊知郎みたいに訝しげに訊いてくるわけでしょ。したっけ俺も、ほんとだってこの動画観てよ(笑) ってある動画を見せるわけ。そしたら、お〜〜〜っと! さあ出てまいりました、掟破りの58秒台〜〜! 荒川区は下町西日暮里! 現代に蘇りし河童伝説、北島康介だ〜〜! つってね。この話、長くなりそうだからやめていい?

世界はそれを愛と呼ばない

 たとえ友達が遠距離恋愛中の彼氏と会えた時のことを幸せそうに反芻するブログを書いていても、別の友達が彼氏が一年記念日にディズニーのホテルを予約してくれただの、BIG BAND BEATの抽選当ててくれた! さすがうちの彼氏! みたいな幸せど真ん中の位置情報が付いてるツイートをしていたとしても、俺は今日も淡々と、好きな人大好き片思い楽しい、っつーことをいじらしく書く。

 あのー、別にそこに不満とかはないんだけど、なんだろ、税金安くなったりしない? ほら、エコカー減税みたいなの、あったじゃん。幸せの排出量が多い人たちからはそれなりの税金を取っても良いんじゃないかな、的な気持ちはあるよね。だってさ、周りが排気ガスを撒き散らしながらダンプカーみたいなのを乗り回してる横で、俺はその排気ガスを吸い込んでゲホゲホ咳き込みながら自転車を漕いでるわけじゃん。風刺画かよ。それは「快適」っつー題が付けられた風刺画だよ。別に惚気るなとか不幸になれってわけじゃないんだけど、ただ、多めに税を払ってほしい。

 あー、でもあれだな、今月幸せだったから知らない間に幸せ排出量増えててやばい!笑 みたいなことを言ってる人を見ちゃったら、俺もう、悪魔の実を食べちゃうだろうな。ゾオン系の。クマクマの実(モデル羆)を食べて、第二の三毛別羆事件を起こすと思う。そうじゃなくても、こう、税務署の職員とかが家に来て俺のブログを読んでさ、おっ幸せ排出量がすごく少ないですねー、非課税内に収まってますよーみたいな、なんなら俺の申告してる量があまりにも少ないから、あのですねー、恋をされている方としては少し不自然な数値でして……つって幸せ脱税容疑で捕まったりしてさ。

 被告人! あなたは幸せ排出量を過小に申告しているのではありませんか? 異義あり! 全てありのまま申告しております! しかしですねぇ……この程度の幸せじゃ人を愛し続けるなんて出来ないでしょうよ……うちの三歳の息子ですらあなたより税金が高いんですよ(ここで傍聴席から失笑が漏れる)、静粛に静粛に! 判決を言い渡します。主文、被告人に死刑。最後に何か言いたいことは? おれは……おれは本物の怪物になりたい!!! つってね。そんでランブルボールを三つ食べる。俺は一体何の話をしてるんだ。誰か早く折ってくれ、話の腰を。 

 まあなんだ、こんなにも来る日も来る日も好きでいたとしても、俺だって男のはしくれ、柔らかい女の子と遊びたくなる日もあるし、意味なくベタベタしたい日だってある。自分のことを好きだと言ってくれる人が現れたり、そうじゃなくても、それなりに密にコミュニケートしてる人と飲みに行って、いい感じの雰囲気にでもなったら、俺はこの後こいつと激しいキスをしてないとおかしいんじゃないか? と思わないわけではない。もちろんそんなことはしないし、まあ、その、そもそも、いい感じの雰囲気になんてならないんだけど。ないけどあるみたいに書くのがユーモアなんじゃねえの? 知らないけど。

 たしかに好きな人じゃない人と遊んで期待以上に面白かったり、好きだと言われて想像以上に嬉しくなったりすることはあるけど、魔法みたいに世界を一新する驚天動地の神通力なんかなくって、結局、ふだん生活している好きな人がいない世界の延長でしかないことに気付く。そうなると途端に何もかもが馬鹿らしくなって、ぷしゅーと興味がしぼんでいく。みんなの彼氏や彼女にだってあるでしょ? そういう力。そんなこんなで、俺の気持ちは一つの目的語でしか語れないし、それを表す言葉は一つしかない、形容する形容詞も、生かす動詞も一つずつだけなんだと、今のところ結論付けている。

 でもまあこんなこと言ってても、いずれは新しい好きな人が俺にも出来るはずで。どれだけ偉大な魔法使いにも最期があって、そしてその意志を受け継いだ新しい者が立ち上がるってことを、俺はハリーポッターシリーズから学んだ。大切なことは全部ハリーポッターに書いてた。ほら、『ハリーポッターと賢者の石』のラストシーン、ヴォルデモートのことを「例のあの人」と呼び直そうとしたハリーに、

ハリー、ヴォルデモートと呼びなさい。ものには必ず適切な名前を使いなさい。名前を恐れていると、そのもの自身に対する恐れも大きくなる。

と言えた唯一の存在である、あのダンブルドアでさえも殺されて。だけど、亡きダンブルドアの代わりに校長に就任したマクゴナガルが、

彼の名はヴォルデモートです。あなたもそうお呼びなさい。どう呼ぼうと、殺しに来るのですから。

っつーことを、シリーズ最終章の『ハリーポッターと死の秘宝』でフリットウィックに言うじゃないですか。マジで痺れた。あとさあとさ、その直後マクゴナガルが、ピエルトータム・ロコモーター! つって石像を動かすんだけど、その時の、この呪文一度使ってみたかったんですよ、っつーセリフのチャーミングさとのギャップ。たまんない。

 いや、そもそもこのフリットウィックがかなりすごくってさ、魔法界って結構純血思想が残ってて、マグルの血が流れてるだけで混血だの穢れた血だの言われるような世界観なのに、フリットウィックは一人だけゴブリンの血が流れてんの。あんまりだよ。こんなのもう足かせってレベルじゃないでしょ。黒人差別が全盛期の頃にチンパンジーとの混血児なんか居たら、それはもう人扱いなんて当然されねーじゃん。

 それなのに学生の頃は決闘チャンピオンで、ホグワーツの呪文学の教授になってレイブンクローの寮監まで任されてる。凄すぎない?レイブンクローつったら、ホグワーツでもどちらかと言えば頭脳派集団なわけじゃん。高校時代にボクシングのインターハイで優勝してるチンパンジーとの混血児が東大法学部の学部長してんだよ。マジじゃん。ハグリッドがあれだけ問題を起こして仕事を辞めさせられたりアズカバンに突っ込まれたりと魔法省から目の敵にされてたのに、フリットウィックはマクゴナガルと共にアンブリッジに反発して、試験中に花火に追いかけ回されてるアンブリッジを見ながらガッツポーズしてもお咎めなし。最後はあのルーピンを殺した死喰い人ドロホフと決闘し、完全勝利。俺、フリットウィックが一番好きだわ。ホント尊敬する。

 じゃねえ。

 フリットウィックじゃねえ。んなことはどうだっていいんだよ。フリットウィックのことは特に尊敬してねえよ。どうしていつもこうなるんだ。

 何の話だっけ。いずれ好きな人ができるかもっつー話だ。「以前書いた記事」にある通り、俺の不徳の致すところで片思い中に他の人と一瞬付き合ったことがあったんだけどさ、次もそんなパターンなんだろうか、と考えることがある。思えばこれまで付き合った彼女もほとんどが付き合う前から何らかの関係を持っていたような気がするし、受験勉強でも歴史の並び替え問題は苦手だった。

 でも今はそんなのもちょっと考えらんないな。自分が他の誰かに、今まで片思いしてたのはこの瞬間の為だったんだ、なーんて言ってるって考えたら最悪だって思うもん。今までの恋はこいつに出会うためにあったんだ、なんて都合の良いことを考えてたらほんとぶん殴ってやりたい。タイムマシン乗って殴りに行きたい。

 だけどもし。もしも、いつか、俺のことを大好きな誰かが、偶然だとしても目の前に現れたとして。その子とどんどん仲良くなっていって、ある時、俺に備わってる鋭い観察眼と綿密に計算された論理にとらわれない自由な発想で、どうやらこの子は抱けそうだぞ、となったとして。その子と飲んでるうちに終電がなくなって、そのままなし崩し的にホテルに入ることになって。だけど俺にはまだ好きな人がいて、その子もそのことを知っているから精一杯自分の気持ちを押し殺した作り笑いで、エッチしても友達でいようね、なんて気を遣われたりして。その時、急にこんな自分が恥ずかしくなって、同時にその子に随分前から惹かれてたことを思い出したような錯覚に陥って、誤魔化すように頬にキスしたりしてさ。続きはちゃんとけじめをつけてからにする、なんて格好つけて、そんな俺の格好つけも全部相手にはバレてるんだろうけど、でもそれには相手は何も触れず、ありがと、とだけ言って、それから随分と俺は悩むわけ。

 やっぱり好きな人のことが好きなのは変わらない。だけどその子に惹かれてってる自分も確かにいる。悩んで悩んでってしてる時、あんたとホテル行った後、あの子ほんとは怖くて辛くてずっと一人で泣いてたんだよっつーことを共通の友達から聞かされて、すっげー怒られて。それを聞いた時に、やっと、俺は好きな人のことはもう忘れようって、心から決意できるわけ。好きな人にかけられた魔法はたしかに強大だけど、俺は幸運にも尊敬する呪文学の教授を知っている。俺のお願いに対して、その人はただ何も訊かずに頷いて、フィニート・インカンターテム(呪文よ、終われ)と言った。やっぱりこれ、フリットウィック先生って凄くないですか?

 

  

今すぐ恋を諦めるライフハック術

 こんにちは。ぼくは普段、自分の片思いや好きな人への気持ちをブログに書くという気持ち悪い宗教にハマっているんですが、それでもどうしようもなく辛くなったり、もうさっぱり諦めて別の恋がしたい、みたいなことを思う日がありますよね? 僕にはないですが。

 だけど片思いをしている方の中にはそういった方もたくさんいらっしゃると思います。

 ですがこんな弱音を周りに漏らせば最後、月9ドラマに出てくるヒロインの親友ポジション気取りの奴らがどこからともなく現れて、クソの役にも立たないアドバイスを話のまくらに、最後はそいつらの彼氏の愚痴というオチの落語を聴かされるのが関の山です。

 仕方なくうじうじと一人で悩んで、結局諦められないまま時間だけが過ぎ、少し落ち着いて空元気でまた頑張る。本当にそれで良いんですか?

 まだ片思いで消耗してるの?

 そして何より、せっかく諦めるのなら今まで頑張った片思いにふさわしい別れ際がいいとは思いませんか?

 少女漫画とかでよく見かける、今にも崩れてしまいそうな泣き笑いを浮かべながら「ほんとにだいすきだったよ、ばか」みたいなセリフを言って、友達に戻りたくないですか? あれ? そういうのってありません?

 あるんですね。良かった。じゃあお任せください。ぼくがこれからクソの役にも立たない周りからのアドバイスに対して皆さんの思いを代弁しつつ、清々しい気分でキレイさっぱり、そして美しく好きな人を諦める方法をお教えします。

 

クソの役にも立たない周りからのアドバイス

「連絡を絶ったら諦められるよ」

 一度は誰かから言われたことのあるような最頻出アドバイスですね。そして彼らが、いかにぼくたちの苦悩を理解していないのかが分かる象徴的なセリフでもあります。こんなにも好きな、もはや自分自身かそれ以上に好きな人のことを諦めようかなんて、本来集中治療室に入る必要があるレベルの悩みなんですよ。何故か保険が降りないからそうしないだけで、ぼくらにとって好きな人っつーのは体の一部であり、臓器の一つなんです。たぶん呼吸器系の。胸が苦しいし。

 つまりぼくらが好きな人を諦めたいと言う時なんて、人工呼吸器をつけた人が「もう良いんだ……ぼくは十分幸せだ……」つって酸素マスクを外そうとするのと同じ気持ちなんです。そんな人に対して、よく「人工呼吸器が嫌なら息を止めれば良いじゃん」みたいなトンチを言えますよね。

 連絡を絶つって。一緒じゃん。それはこっちからしたら好きな人を諦めるのと同じ難易度なんだよ。こちとら息を止められないから、みじめでも辛くても人工呼吸器をつけてなんとかかんとかやってんだよばーか! 手を握って優しく「そんなこと言わないの、もう少しの辛抱じゃない……」って言ってくれよ。頼むよ。病室を出てから辛そうな顔で少しだけ泣いて、いけない笑顔笑顔つって自分の頬を叩いてくれよ。

「何人かと適当にエッチしてたら忘れられるよ」

 大物。大物が来たわ。オーケーオーケー。お前さんの言いたいことはわかる。もう強制的に、圧倒的な状況に身を置くことで失恋なんて吹き飛ばせっつー話ね。でさ、アドバイス通り、俺今、人工呼吸器を外して酸素カプセルに入ってみたんだけど、これどうしよっか? うん。そうだよね。お前がわかってくれて俺も嬉しい。こんなことわざわざ言いたくないけど、これはいわゆる、悪化、ってやつだよ。状況はより悪くなってるよね。とりあえずさ、出てもいいかな。息をするだけなら、まだ酸素マスクのが楽だわ。

「告白してきっぱり振られたら案外吹っ切れられるよ」

 はーーーーーーー。マジかよ。案外吹っ切れられねーんだよ。だいたいなんで死にかかってる状態でもう一恥かかせようとすんだよ。こっちが諦めたいがためだけに告白して、相手を困らせるなんて普通におかしいだろ。振られる覚悟があるのと振られるために告白すんのは全然違うんだよ。助かりたいから死ぬ確率があっても手術を受けんの。一人で死ぬのが怖いから手術失敗して死なせてくださいなんて、あまりにも相手に失礼だろ。

「他にいい人なんていくらでもいるよ」

 ちょっと待てよ。本気かよ。本気で言ってんのかそれ。「え、そんなの外して普通に息したらいいじゃん。酸素なんて空気中にいくらでもあるよ?」つーことなのか? まさか俺が空気中に酸素があることを知らないとでも思った? 天竜人かよ。ぬす〜〜〜ん、外界の空気なんて吸ったら死んじゃうだえ〜〜!! じゃねえんだよ。ほんとに状況分かってんのか? その空気中の酸素とやらでは生きられないから苦しんでんだよ。いくらでもいねーの。そりゃこっそりマスクを外してみようと思ったことくらい何度もあるよ。けーどーなー!!! 無理なんだよ!!! めちゃくちゃに息苦しいの!!! 酸素マスクは楽なの!!! 心地良いの!!! 自慢か? それは自慢なのか? なんなんだよマジで!!!

「振ったことを後悔するくらい良い男になって見返してやりなよ」

 ほんとどいつもこいつも適当なこと言いやがってさ。俺の気持ちなんて誰にも分かりっこないくせに。黙ってくれよ。関係ないだろ。

「仕事や趣味に打ち込みなよ」

 あーもう!!! うるせえな!!! こっちは今自分のことだけで手一杯なんだよ!!! 馬鹿にするのも大概にしろよ!!! 俺は人工呼吸器を外したら死ぬんだよ!!! けどどうすることもできなくて、こんな思いするくらいなら外したいって、こんな俺の気持ちがお前にわかんのかよ!!!

「あんたには私が居るじゃん」

 いい加減にしろよ!!! お前には俺の気持なんか絶対わかんねーん………………は?

「あんたにも私の気持ちなんかわかんないよ」

 いやお前、何言って、

「だいたいあんた、今、酸素マスクなしで息できてんじゃん」

 それどういう意…………え……? 俺なんで……

「さあね。あんたの気持ちなんて分かりっこないし」

 (……あんたの……気持ち……?)

 

 

 これを読んでどんな気持ちになりました? 色々フォントとかをいじったりして、よくあるお役立ち情報みたいなのを発信してる、ライフハックブログを装おうとして途中から飽きた人の記事を読んだ感想は。俺はただただ、悔しいよ。自分の力不足が。えっと、なんだっけ、キレイさっぱり、そして美しく好きな人を諦める方法だっけ。そんなの不可能だよ。記憶喪失になったって無理。だってみんな『君の名は。』観たでしょ? あれ見て絶望しなかった? この映画って、

大事な人。

忘れたくない人。

忘れちゃダメな人。

誰だ、誰だ、誰だ?

名前は……!

 とか途中で言い合うシーンがあるんだけど、俺それ見て、お、この手があったか、って感心してたのよ。んじゃ、俺の片思いも彗星待ちかーって。早くティアマト彗星降ってこねーかなー、なんてさ。俺、この映画好きな人と観に行ってっからさ、余計そんなことばっか考えてて。したっけ後半いきなり、私たちは、会えば絶対、すぐにわかる、とか三葉が言い始めて、その時だよね。思わず、マジかよ、つった。そういう意味では、俺『君の名は。』に登場してるみたいなとこある。愕然としたもん。これでも無理なのかよ、つって。

 だからなんだろ、記憶喪失でも無理ならさ、もう、物心を失くす、とかしかないと思うんだよね。さすがに物心がないなら、いくら瀧くんと言えども無理でしょ。だあ、だあ、とか言ってるだけなんだし。図書館で文字読めないじゃん。冒頭で今まで頑張った片思いにふさわしい諦め方を教えるだのなんだの言ってた手前、こんな結論はいくら何でもあんまりだろって感じなんだけど、まあ赤ちゃんなんだし、きゃっきゃっ、て笑い泣きしながら、だあ、だあ(ほんとにだいすきだったよ、ばか)みたいなこと言ってても、ありなんじゃないですか?

 え? このメソッドの名前? 知らねーよ。「苦肉」だよ。これが「苦肉」っつーんだよ。坊主、また一つ賢くなったな。じゃあ俺は今から好きな人に、今日は七夕だね、そっちは雨どう? っつーラインを送ってくるから、みんなは物心を失くす方法考えといてください。よろしくお願いします。