ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

最後の桜が散るまでに

 「あの、よろしくおねがいします」

 小さくおじぎをした彼女が少し緊張していたのを覚えている。大学の後輩で、誰かにくっついて、知らない人ばかりの僕らの飲み会にきてくれた子だった。

 桜の季節ど真ん中、出会いの春なんてかこつけて失恋したばかりで傷心中の僕のもとに知っている子と知らない子が10人くらい、特に桜を見るわけでもなく、ただいつもみたいに僕の家に集まって、みんな好き勝手していいからねーなんて仕切る人に、ここの家主は俺だからなんて笑って、まあいつもの、特に何の変哲もない日だった。

 花見行きたいなー、でも今から行っても場所なんか空いてないよねーなんて、そんな話を一人の友達としながらちょうど空になった缶ビールを潰して、何気なくスマホを取り出した時にベッドの上に座って飲んでいた別の女友達からいきなり話しかけられた。

「それ、あんたのスマホの画面割れすぎだって。ちょっとやばくない? ちゃんと直しなよ」

 たしかに僕が持っていたスマホの画面はかなり割れていて、でも使えるからまあいいか、最新機種だから修理とか高そうだし、とか思いながらも、まあでも直すべきだよなってそんな気もした。僕はそんなことあまり気にしてなかったけど、言われてみるとまあ、そうかな、みたいな。

「そうなんだけどね。すぐまた割っちゃいそうだしさ」

 とりあえず冷蔵庫から新しい缶ビールをとるためによっこらしょっと立ち上がって、げっ、もうビールないじゃんとか言いながら、ほろよいを取り出してぼんやり飲んでいると、初めに小さくおじぎをした子がそそそっと僕のそばに来て、自分のスマホを見せてきて「私の、も。も? かな? 割れちゃってる疑いありです」と、元気出してねみたいな感じでにこってして、わざわざそんなこと言いに来てくれたの? ありがとうって思わず俺も笑っちゃって、実はもう一つあるんですけど、

「私、缶ビール苦手で、あの、なかなか減らないんで、そのほろよいと交換してください」と恥ずかしそうに言った。

 一通り笑い転げた後にどうぞどうぞありがとうってお互いの缶を交換して、じゃあ改めて乾杯ねって、缶はかちんと鳴って、僕は一発でこの子のことが好きになった。そんな風な出会いがあって、僕はとても自然に彼女の行動や仕草に可愛らしさを感じたし、彼女はまるで僕になつくように連絡をくれるようになった。

 それから彼女とはたびたび遊びに出掛けるようになって、そんな時、僕はいつも彼女の左手側にいて、彼女は僕の右手側にいた。右利きの僕と、左利きの彼女とはそうすることで強く、固く結びつくように思った。少なくとも、その頃の僕はそう感じていたし、少しも疑うことはなかった。僕は何度か彼女の左手を握ったし、そして彼女はたまにその手を握り返してくれた。僕はそれが嬉しくて彼女の顔を覗き込み、すると彼女もつられてこっちを見る。幸せだった。付き合おうとかそんなことは口に出さず、代わりに僕は彼女に「ずっと一緒にいようね」と何度も言って、そのたびに彼女は不思議そうに、うん、と頷いた。

 前の彼女にこっぴどく振られて、恋愛とか付き合うみたいなことが信じられなくなっていて、これ以上傷つきたくなくて、僕は彼女の気持ちに気付きながらも鈍感な振りをし続けて、もう少しだけこのぬるま湯のような関係が続くように、そうやって時間を引き延ばして引き延ばして、甘え続けていた。

 僕と彼女は僕の小さな部屋に居る時も、いつも隣りあわせでベッドを背もたれにして座った。足を投げ出して、真ん中には灰皿があって、そしておそろいのマルボロライトと一つの淡いブルーのジッポ。そこが僕らの定位置だった。僕の右側に彼女、彼女の左側に僕。そうやっていると彼女の顔を直接見ないで済んだし、彼女のことを正面から考えることを先延ばしにしていられると、そんな風に思っていた。

 彼女は何度か僕に料理を作ってくれた。パスタが好きな僕の要望に応えようと一生懸命に食材を選び、そこにひとひねりの彼女らしさを織り交ぜて、僕が好きなにんにくがきいたスパゲッティを作ってくれた。彼女の手はそんな時いつもにんにくの匂いがして、彼女の髪の毛はいつもあたたかな匂いがした。それは大人の女の香りとは違ったし、かと言って、小さなこどもの匂いでもなかった。「おひさまだよ。おひさま」彼女はそういって笑って、そして指にくんくんと鼻を近づけ「今日もにんにくの匂いだ」と言った。僕は彼女の髪の毛の匂いも、にんにくの匂いがする少ししめった手も大好きだった。

 大きな皿にパスタを盛り、テーブルの上においてくれる。僕が先に一口ほおばり、彼女はキッチンで「どーですかー」と言う。

 僕は彼女のそばまで行って、そして耳元で、やや元気よく、すっごくおいしい、と言った。

「やったー!」

 両の手でピースして、そのピースをぐにぐにと曲げながら僕らは笑いあった。そしてまた隣り合わせて座ってフォークを握り、元気よく同じタイミングでお皿へとフォークを伸ばした。

 僕の右手と彼女の左手は何度もぶつかる。

「あっ逆に座ったほうがよかったですね。手が」彼女はそう言った。

 うーん、このままでいいや。

 もう少し。もう少しだけこうしてたい。結局僕がその時何を考えているかなんて彼女はよくわかってなかっただろうし、僕も彼女が大切にすることをわかってなかったのかもしれない。その頃のことをどう思い返しても、どんな場面を切り取ってみても、彼女はいつも笑っていて、器から溢れてしまいそうな温かな冬の日の張り湯みたいな、こぼれてしまいそうな笑顔しか浮かんでこない。

 僕は絶対とかずっとみたいな言葉をよく使った。そんなものありえないってことくらいもちろん僕も知っていたし、だからこそこんなあいまいな関係には相応しいと思った。バランスをとっていた。あるいは、せめて強い言葉で自分を慰めたかっただけなのかもしれない。僕は普段から使う言葉で彼女と接することができなかった。

 僕らはいつでも隣り合わせだった。しっかりと手をつなぎ、僕は自分の手に汗を感じ、そして彼女の手にもそれを感じた。 僕たちは同じ景色を見ていた。しっかりと、離さないように握った彼女の手の体温を頼りに僕は歩いた。

 僕があんまり強く彼女の手を握っていたから、一緒に見ていた同じはずの景色に、僕たち自身は映らなかった。僕たちは鏡に映った自分と相手を、自分自身と相手自身だと思っていたのかもしれない。鏡の中の僕は少しいびつな冷静さで彼女を守ろうとしていたし、鏡の中の彼女は照れながら、まだ自分の魅力に気づくことができずにいたのかもしれない。

 腕の中に抱きしめたときでさえ、僕は手を離すことはなかった。僕の胸の中でこぼした彼女の涙に気づかないまま、つないだ手のひらと手のひらをとても幸せに、抱いたちいさな両の肩をひどく愛おしく感じた。とても悲しいことだけど、身体を重ねることは彼女にとって、身体に触れる僕の腕は彼女の意識にとってはぬくもりよりも冷たくて、彼女の意識の外にある身体にとっては熱すぎる、他人の自分勝手な欲望そのものだった。

 あの夜も、僕が強く抱きしめていたあの夜でさえも、彼女は本当は独りぼっちだった。そして彼女は疲れてしまっていた。いろいろなことに、ひどく。たくさんのことに、ふかく。一番そばにいたはずの僕は、彼女のことを守れなかった。気付こうとさえしなかった。僕はただ彼女のことを欲していた。欲しがるばかりだった。

「もう、会えません」

 送っていった桜ヶ丘の駅で、僕が聞いたその声はいつもと同じ少し鼻にかかった幼い声で、いつものちいさなえくぼを見せた、それでもきっとそれは精一杯の笑顔で、大きな瞳には涙をいっぱいにためていて、そこにははじめて僕が、自分のことばかり考えている僕が映っていた。

「あなたがどうしたいのか、わからないです」

 春の花は強く咲きこぼれ、雨を待たずして散ってしまった。その花の淡い花芯は、静かにひっそりと涙を流し、そして、目の前から消えてなくなってしまった。最後に見た笑顔が、悲しいはずの散り際の花が、一番きれいだった。そんなこと言わないで、ほら、ずっと、さ。

「こんな関係なら、ずっとなんか、続かないです」

 彼女は、本当に真正面から僕の言葉を受け止めてくれていて、だけど僕が彼女にかけた言葉たちは、そうやって受け止めるにはあまりにも重すぎて、ぼろぼろになった手と心で、それでも彼女は最後まで待ってくれていた。どうして。どうして、なら、ずっと笑顔で居たのさ。あんな言葉を真に受けるほうがおかしいよ。ほんとにずっとってあると思ってるの? 僕にはもう、彼女を傷つけることでしか、自分を確かめることが、慰めることができなくなっていた。

「私はずっとってちゃんとあると思ってるよ」

 それでも彼女は、これだけ傷つけられてもなお純粋なままで。優しくて。強くて。だから。

 もうきっと会えないけれど、きっと、幸せになっていく彼女。幼くて可愛い彼女が、きれいになっていくのが切なくてせつなくて、だから。彼女の言う通りにお別れしよう。これっきりにしよう。

「最後にキスだけしてくれませんか」

 笑いながらそう言った彼女の手を、やっぱり僕は自分から離すことはできなかったけれど、それでも彼女のことを初めて正面から見れたような気がした。もう何もかも遅いけど、正面から見た彼女の顔は、思い出の中の、僕だけの想像の中に居た横顔じゃなくて、それでも想像していたよりもずっと美しかった。

「実はこれ、ファーストキスですから」

 唇を離したあとに彼女が小さな声で言ったその言葉の意味を、今はもう確かめるすべがない。僕たちの手は確かに離れ離れになって、彼女は僕からはもうどれだけ手を伸ばしても届かないところへ行ってしまった。

 きれいになってゆく彼女のことを、幸せになってゆく彼女のことを、二度と聞くことのできないあの笑い声と、もう二度と見ることのできない笑顔を、大きな瞳を、くっきり浮かぶちいさなえくぼを、いっつも弛んでいた可憐な唇を、まっしろで折れちゃいそうな肩を、彼女を、ほんとうの気持ちを、僕は知ることも無かった。僕は何も見ていなかった。

 難しいことじゃなかったのだ。信じればよかった。ただ、正面から抱きしめて、それから歩いていけばよかった。幸せにしてあげたかった。できることなら僕の手で。そうなってほしかった。

 雨の降る日、桜ヶ丘の商店街にはあの時と同じようにぽつりぽつりと明りが灯りだして、隣の八百屋に張り合うように野菜ばっかり並ぶスーパーの前を、ペットボトルばかりがうんざりするほど並ぶもうひとつのスーパーの前を、ひどく薄くピザを焼くレストランの前を、水みたいなカレーを出す洋食屋の前を、ビールやワインを買った酒屋の前を、友達と同じ名前の靴屋の前を、強く走った。息が詰まるほど、声にならないほど、涙を流しながら、僕は走った。他にはそうするしかなかった。 

 桜ヶ丘の町の隅々が、いちいちが、僕に何かを思い出させて、僕はその都度女々しく胸を痛めた。それでも、もう、僕にはそうするしか思い付けなかった。彼女と初めて出会った僕の部屋、彼女が割れたスマホを見せてきて笑いかけてくれたあの部屋、いつも隣り合わせで座った僕たちの定位置へ、今すぐにでも戻らなければならないような気がした。それ以外にはもう、辻褄を合わせる方法がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一回のつもりが二回もヌいた。(感情が高ぶっていたので)

目は口ほどに

 大学一年生の夏、髪を茶色に染めてパーマをかけた。それまで俺はそういった量産型大学生みたいな恰好を小馬鹿にし続けてきたもんだから、サークル内でも髪を染めるならまずあの人に話通しとけ、みたいな、黒髪ストレートの過激派ゲリラ的な存在に祭り上げられていて、当然周りに集まってくる奴らも、あえて黒髪だから良いんっしょ、みたいな逆張りナルシストや、あなたが髪を染めるとき、髪もまたあなたを悪に染めるのだ、みたいなひねくれニーチェもどきみたいなのばっかで、当然髪を染めたり巻いたりしていた女からは、世の中のすべてが気に入らない奴らなどと凄まじいそしりを受けていた。

 当然こちらとしてもなにくそ、あいつら髪だけじゃなくて心までひん曲がりやがって、と、まさに一触即発、諸君、私は戦争が好きだ、みたいな演説がいつ始まってもおかしくないようなそんな状況下で、俺は髪を茶色に染めてパーマをかけるタイミングを伺い続けていた。だって、夏だし。黒髪って重いし、パーマってお洒落じゃん、わかんねーけどさ。でも狂気に犯された過激派の同胞たちは、戦争クリーク! 戦争クリーク! 戦争クリーク! とか叫び始めてて、あとはもう俺の、よろしい、ならば戦争だ、待ちみたいな、そんな目してた。

 全力で濁し続けたよね。気付かれないような遅々とした速度で徐々に態度を軟化させていって、まーなんだかんだパーマとか茶髪とかも実際悪くないと思うけどねー、みたいなことを最後は言い始めちゃってた。どちらかって言えば好きじゃないけど、ま、経験としてやる分には悪くないんじゃない、的な落としどころでうまくやろうとした。同然周りの反応とかは、あれ? そんな感じッスっけ、みたいな、まさか最近ちょっと興味あるんスか、的なそんな疑いの目を向けられるんだけど、お前ら馬鹿野郎つって。大慌てで。ほんと何もわかってねーなこれも作戦だっつーの、内部工作だろーがって。ならみんな、疑った自分が恥ずかしいッスみたいな、パネエ、やっぱ敵わないッス、マジ背中でっけえッスみたいな、もし髪を染めても信じ続けるッスとか言いながら、最後はみんなで肩組んで泣きあった。

 で、その後、あいつらが超バカで良かったー、てか遅れちゃう遅れちゃうってな感じで自転車立ち漕ぎで美容院へ行って、茶髪にパーマでお願いしまーす! みたいな。なんなら美容師と話が盛り上がりに盛り上がって、最終的にもうじゃあ茶髪にショートマッシュっぽい感じで行きましょうつって、数時間後、鏡の前に大学生が居た。こういう奴居るわー、絶対04 Limited Sazabys聴いてるわーみたいな。

 でもサークルのみんなの反応は、え、すごく似合ってんじゃんみたいな感じですこぶる良くて、ゲリラ同胞たちも、うまく溶け込んだッスね、これが内部工作ッスね、みたいに遠目にウインクしてきたりして、うぜえなとか思いながらも、ん、まあ、すぐ戻すけどね、的な予防線を張って、でも内心はノリノリのうっきうきで、結局そのまま半年くらい同じような髪型にしてた。さすがにその頃にもなると、同胞たちも、いくらなんでもおかしくないッスかみたいな、半信半疑っぽい意見が無視できないくらいに出てきて、俺はちげーちげーこれは、って必死に宥めつつ、傷つかないための予防線を、微妙なニュアンスで示そうとしてたんだけど、全然防げねーのな。

 そんな時事件が起こった。当時俺が付き合ってた彼女って、そりゃもう学内でも有名な可愛い黒髪の子で、名前を出すと、あ、あの黒髪の可愛い子ね、とか、足の細い可愛い子ねとか言われるくらいに知れ渡ってる、見たまんまお人形さんみたいな、まあそれを本人に言うと、日本人形みたいじゃない? とか言って嫌そうにするんだけど、とにかくみんなが黒髪の可愛い子と認識しているような子で、その彼女がいきなり髪染めよっかなとか言い始めた。そりゃもう全力で止めた。俺が全力を出したのなんて、その時と、高校一年生の時に全く自転車通学なんてしてないのに自転車通学者向けの説明会に参加してしまった時だけじゃんか。

 いや、待って、染めるったってお前、黒髪が一番じゃん、お前のその綺麗な黒髪を維持するためにしてきた努力が一回の染髪で全て水の泡になるんだよ、髪なんてきっしきしになるし、毛先はパサパサになって、その裂け目が原因でみんな最後はもがき苦しみながら身体が裂けて死んでくんだよって、必死に説得した。それだけじゃなくて、俺がどれだけ黒髪が好きで、それ以外を憎んでいて、お前のことが好きで、お前のそのセミロングでストレートの黒髪が世界で一番可愛いと思ってるよって、ショートマッシュかつパーマで茶髪の奴が。彼女、きょとんとしてた。いや、でも、そっちも染めてるし、しかもそれパーマもだよね。って。

 こりゃおっしゃる通りだわつって、じゃあせめてちょっとだけ待ってって彼女に頼み込んで、即行美容院へ黒染めしに行って、あの、パーマを戻すとかできんのかわかんないけど、とりあえず俺も色だけは黒に戻したからって、なにとぞなにとぞつって、そしたら、わあ! それすごく似合ってる! わたしそれ好き! ってすげー褒めてくれて、おお怪我の功名じゃんみたいな、でも確かに自分でもこっちの方が似合ってる気がするなとか、やっぱ日本人たるもの黒髪なんだよって思いながら、いやでもお前が考え直してくれて俺も嬉しいよ、みたいな。彼女もうんうんって満足そうにしてて、冬っぽくて黒髪もいいなーなんて言ってくれて、伝わってくれてよかったよ、お前の黒髪にゃ雪がよく映えるとかなんとか言いくるめながら、彼女も、んもうばか……って満更でもない感じのロマンチックな雰囲気で解散して。

 で、彼女、次の日パーマかけてきた。髪染めるのやめた! ってすっごく嬉しそうに。全然伝わってなかったなー。一休にトンチで言いくるめられた人ってこんな気持ちなんだろうな。ガッハッハ! こりゃ一本取られたわい! ほれ褒美を取れ! 一休やー! みたいな、アレ完全に嘘だわ。ただ、いやいやいやいや、つった。

 いや、確かに、うん。可愛い。可愛いけどさ。それはこう、ギャップつーのかな、普段見慣れてない分、そのパーマにはボーナス値みたいなのが今はあるって話で、慣れてきたらやっぱり純粋な魅力の基礎値はストレートが上なわけなんだよ。これ伝わんないかなー。そもそもこう、ヘアアイロンとかで髪を巻いてきたりみたいな、そういうのは今までもデートとかの時にあって、それはすっごく可愛かったし似合ってたし、じゃあそれで良かったじゃん、みたいな。コテ使おコテ。

 もちろんヘアアイロンの方が髪に悪いみたいな話もあるし、そもそもパーマと髪を巻くことは女の子的には全然違うものなのかもしんないけどさ、正直男サイドでは違いなんてわかんねーんし、なんだ、綺麗な黒髪を維持するための努力云々の話をした手前すごく言いづらいんだけど、同じなら髪を痛めてでもストレートで居てくれない? 素の状態はストレートであってくれよ、みたいな。

 ただ当然のように彼女の女友達からは大絶賛なわけで、俺、その時ほんとに思ったんだけど、彼女の女友達が役に立ったことって一度もねーのな。あいつら、常に敵の味方なわけ。なんか、わー! 可愛いー! パーマかけたんだー! 雰囲気全然違うねー! みたいな。絶賛の嵐吹き荒れてた。暴風域。なんなら、ぱっつんにして前髪作ろうよー! 的な、どさくさに紛れてとんでもねえ入れ知恵をするやつまでいる。やめろー! ぱっつんを勧めんな! 散れ散れ! つって、まあその一件で彼女も満足したのか、その後は自然とストレートに戻っても再度パーマするみたいなことにはならず、相変わらず綺麗な黒髪のまま、途中で髪を切ったりぱっつんにしたりとかしつつも平和に過ごしてた。俺は相変わらず黒髪にパーマだった。

 でもその平和ってあくまで彼女の我慢の上に成り立ってるってムチャクチャ大切なことに俺は気付けなくって、その次の夏、二人で沖縄へ行こうっつーことになって、電話で色々予定とかを立てながら楽しみだねーとか言ってる時、突然彼女が、あ、そういえば今日髪染めた、って言い出した。え、だって夏だし。沖縄だし、みたいな。あ、もう普通に事後報告なのね。完全に半年前のやり取りを根に持ってたんだな、学んでるなーって。大丈夫大丈夫、全然黒いままだからとか言ってくるんだけど、いやそれ俺知ってるって、太陽の下ではガッツリ茶色のパターンじゃんって、まあでもそれが意外と彼女に似合ってたりするもんだから可愛いって得だなとか思ったりもして、まあそんなことを経験しながら俺もその彼女のおかげで、黒髪ストレートが好きだけど別に似合ってたらなんでも良いんじゃね、みたいな穏健派くらいにはなって、好みは伝えるけど止めたりとかそんなことは別にしない、みたいなスタンスになってった。

 そんな中、当時俺が働いてたバイト先に一人の女の子が入ってきた。ショートの、いかにも大学生って感じの茶髪で、簡単に言うと全然タイプではないんだけど、けど目のくりっとした可愛らしい女の子だった。その子とはしばらくの間特にバイトの先輩後輩以上の関係になることもなく、つまり全然仲良くもなくて、そうやって数ヶ月が過ぎて、俺はその間に彼女と別れてまた別の彼女が出来たりしていた。

 で、その子とやっと冬くらいに連絡先を交換したんだけど、それからはなんとなく毎日連絡を取るようになって、どんどんその子は生意気になっていって、敬語がタメ口になり、呼び方も呼び捨てになって、まあつまり正しい先輩後輩の形にとりながら俺たちは仲良くなってった。その時のことってあまり覚えてないけど、たぶんその間その子はずっと茶髪で、俺はパーマをやめて、だけど黒髪のままで、そんな風にしてゆっくりと、でもあっという間の二年が過ぎた。

 結局その子は俺よりも先にバイトを突然辞めて、それからもずっと毎日連絡をとったりたまに飲みに行ったり仲良くしてて、でもやっぱり同じバイトって繋がりがなくなった俺らはほんの何かの拍子で全く連絡を取らなくなっちゃって、そんなある日、そういえば元気かなって、実際はそんなこともないんだけど、やっほーなんて、体感としては随分と久し振りにその子へ連絡した。けど相手からもやっほー、生きてたんだ、みたいに拍子抜けしちゃうくらいいつも通りに返ってきて、三ヶ月ぶり? いったい何してたんだよ、いや、連絡返してこなかったのそっちだから、なんて軽口をお互いに叩きながら、また連絡を取り始めて、そういえばうち今就活中なんだよね、おっじゃあそれ終わったら飲みに行こうよ、みたいな感じで会う日を決めた。そして当日、久し振りに再会したその子は、就職活動用に染められた黒髪を一つくくりにして、予定より一本遅い電車でやってきた。

 うわって内心ドキドキしながら黒染めしたんだとか普通に遅刻じゃんとか曖昧なことを言って、その子は、これ不自然じゃない? 黒過ぎない? って大きな目をくるりそわわって心配そうに動かして、その目を動かすやつ相変わらず変わってないな、なんて笑いそうになりながら一気に緊張がほぐれて、いつも俺たちが使っていた居酒屋へと入ることにした。

 連絡を取ってなかった間のことをお互い話す中で相手に彼氏ができたことを知って、へえ彼氏なんて居るとこ初めてみたとか言いながら興味津々で問い質すと、告白された時のこととかその馴れ初めとか、そんな話を相手はいつもより早いペースのお酒で恥ずかしさを隠しながらぽつりぽつりと話して、それを聞きながら、なんかこんなこと話して照れてるお前新鮮で可愛いな、みたいな茶々を入れたりして、俺がそんなことを言うたびに目をぱちぱちと瞬かせて、その後すぐまたくるりそわわってして、ちっちゃい肩をさらに小さくしながら、うちのこんな話聞いても楽しくないでしょって、隙あらば俺に会話の主導権を押し付けてこようとした。それを見ながら、こいつ自分の話するといっつも恥ずかしそうにしてるなあとか、黒髪似合ってて可愛いなあなんて、途中から照れてる彼女が面白くなってきちゃってとにかく可愛い可愛い言いまくって、そんな久し振りの再会は本当に楽しかった。

 その後すぐ相手が彼氏と別れたこともあって、俺らはお互いの時間が合う度に飲みに行ったり、それまではしなかった日中から遊びへ出掛けるようなこともし初めて、その子の黒髪はその時々によっておろされてたり巻かれてたりくくられていたりところころ変わった。その全部がとびっきり可愛いかった。たしかに茶髪の時も可愛かったんだけど、それは俺の心に向かってくるものではないっつーか、客観的な感想としてのもので、うん。率直に言うと、久し振りに会って、自分の実感としてその子の可愛さを意識した。なんか、そういうのってあるじゃん。げって。げっこいつ可愛い、みたいな。俺、どうやら完全に黒髪が好きなままだったわ。かりそめの平和の中にいても身体は常に闘争を求めてた。生粋の過激派だった。

 別に俺にはその間も彼女がいたし、その子が好きとか付き合いたいとか、その時は全然そんな感じじゃなかったし、けどじゃあ純粋に友情だけだったかと言われるとそんなこともなくなってきてて、辺りがすっかり涼しくなる頃には、もう好きって認めざるを得ない感じになってた。その頃相手はとっくに就職活動を終えてて、髪もだんだんと茶色っぽい地毛に戻ってきて、できるのこれが最後だしって髪をまた染め直したりとかして、俺、その子が黒髪じゃなくなった時にふと気付いたんだけど、その子の黒髪が好きなわけじゃなくて、目がとにかく好きだったらしい。なんかその子ってちょっと長めの前髪を横に流しててさ、話しかけるといつも少しびっくりしたように目を見開いて、俺の目をちゃんと見ながら、ん、どうしたの、って今にもそう言いそうな無防備な顔をするんだけど、それがすげー好きなんだよね。

 俺、友達とかと飲みに行ったりする時って、ものを咀嚼してる姿とかを見られたくないし、煙草を吸うから隣に座ったほうが都合がいいとか、あとほら、もちろん相手に触れたりできるって下心もあって、だからカウンター席って結構好きだし、できればボックス席でも隣に座りたいんだけど、その子の場合は対面に座るのもすごく楽しかった。ころころ変わる表情をずっと見てたいと思うし、笑ったときのくしゃってなる目も、俺がトイレから帰ってきた時とか携帯を見ながら油断して無表情に澄ましてる感じの目や表情も、とにかくすげー好き。その子は左右の二重幅が違うからって、そんなに自分の目がいいとは思わないみたいなことを言うんだけど、そんなことを気にしてるところも可愛いし、えっそうなのちょっとよく見せてって、ずっと見てたらやっぱり恥ずかしそうにくるりそわわって目が泳いで、OK、大丈夫。かなり可愛いよ、みたいな。相手は無視。けど、無視できてないの丸わかり、的な。そこも可愛い。

 なんかその子ってあんまり自分の話とかしないし、俺の名前とかも普段全然呼ばなくって、話しかけてくる時も、なあなあ、みたいな、とにかく照れ屋というかへらへらしてる子で、なんかたまに、今日うまいこと分かれなくって、みたいなことを言いながら、前髪をおさえて恥ずかしそうにしてる感じとかすげー様になってるの。その仕草、特許とりなよ、って。お前のもんだしそれみたいな。その子は別に特に無口とかではないしむしろお喋りなんだけど、内向的つーか受け身で、普段は俺ばっか喋ってるんだけど、その子の目を見てると相手も本当に楽しそうにしてくれてるんだなって伝わってきて、くるりくるりって目や表情が動いてくの、ほんと見てて飽きない。それから半年以上経ってるけど今も好きなままで、あ、言っちゃった。言っちゃったわ。さすがに二回続けて好きな人の話ってやべーよなとか思って、別人ですよって顔をしながら書いてたんだけど、完全に勢い余った。(これ以降のことは前回の日記に書いてます)

 

 

恋煩ってない

 俺にはもうかれこれ半年くらい好きな人が居て、でもそのうち初めの三ヶ月間は俺に別の彼女が居たし、その後の三ヶ月間は相手に彼氏が居て、なんか全然純粋な片思いみたいな感じではなかったんだけど、でもまあそれなりに、俺なりの片思いはちゃんとしていて、その時々で楽しかったり悩んだりみたいな、一通り片思いイベントの実績は解除してますよつーことで、でもこれもうそろそろ彼氏いるなら諦めるべきだよな、けど相変わらず好きだなとかなんとかクダを巻いていた。

 そんな頃、仲良かった会社の可愛い同僚と、適当になんだ、そいつをミヤタとでもするけど、何度か飲みに行ったりしてたそんなある日、ミヤタが餃子のタレを入れる小皿にラー油で変なねこを描いて、俺はそれをおーうまいじゃんとか言いながら眺めてたら、ミヤタ、運ばれてきた餃子をその自分でラー油だらけにしたタレに付けて「からいからい」と楽しそうに笑ってて、ぬへえミヤタちょっといい子だな、と思ったりなんかもした。

 それからもしばらくの間はミヤタと遊んだりご飯を食べたりしてたんだけど、まあ、複数回ご飯食べたらわかるじゃん、ははんミヤタさてはお前、杏仁豆腐と肉と俺のことが好きだな、みたいな。で、結局俺には他に好きな人がいることを伝えて、その後少しだけ間をおいてミヤタから告白されて、断った。だってその間もずっと好きだったし。好きな人と最後に遊んだゴールデンウィークもすっげー楽しかったんだよ。で、まあ気持ちは嬉しいけどごめん、俺前も言ったけど好きな人居るわって、ミヤタは何か冗談を言って、俺もそれに何か冗談を返して、その後ちょっとだけこらえきれない感じで泣いちゃってたんだけど、やっぱり最後にはいつも通り笑ってた。ミヤタいいやつだよな。

 その帰り道タクシーの中で、俺もそろそろいい加減ここらが引き際だな、とか色々考えて結構へこんだ。これって俺が好きな人の前で泣きたくないから選んでこなかった分岐なわけだし。ミヤタの肩を抱いて一緒に泣きたかった、しんどいよな泣けてくるよな俺もその気持ちわかるよミヤタはすげーよ俺そんな勇気ねーよって、そんなことしちゃうと辻褄が合わなくなるからしなかったけど。

 で、その翌週に大学の同窓会があった。そこでたまたま近くに座ってた子が楽しそうにぽぽわんとしていて、俺は好きな人のことを話して向こうはなんか仕事の愚痴みたいな、はいはいそういうのってどこも一緒なんだねーつって、そんな感じで二人で話し込みながら、なんとなくそいつに気がある素振りを見せてみたら反応良くて、その後家へ行って、どこからが浮気なんだろうね、まあそういうのは人それぞれだしね、みたいなことを言い合いながら服を脱がせて、そっかじゃあ俺たちがこれからするのって俺的には完全に浮気だなとか考えながら、そいつと寝た。その時、なぜか好きな人じゃなくてミヤタのことを一瞬考えた。別に罪悪感とかじゃないけどさ。ミヤタ今何してんのかな、さすがに寝てるかって。

 んで朝、今日は仕事ないんだっけ? 別に何もないよごめんちょっとタバコだけ吸って来ていい? あ、それアイコスでしょ別に良いよここで吸って、アイコス知ってるんだありがと、みたいな、友達が吸っててわたしの部屋でも吸ってるし、的ななんの変哲もない会話をこなし合いながらのそのそと起きて、好きな人にもなんの変哲もないラインを返して、虚しくなれた頃にちょうどアイコスのランプも切れて、つーかそのアイコス吸ってる友達って男でしょ、とか言いながらベッドでこのやろーなんてイチャイチャしつつ夜までダラダラ過ごして、ご飯食べに行く? いや俺昨日着てたスーツしかないしやめとく、みたいな会話があって、それじゃまた遊ぼう暇だしつって、その次の週末にすぐまた同じような日を過ごした。でもその時はちゃんと着替えを持って行ったから夜ご飯も食べられて、そこでも俺は好きな人の話を相変わらずしてて、相手は仕事の愚痴を言ってて、もうこのまま付き合えば良いんじゃない? みたいなことを冗談っぽく言われて、よし付き合うかつって、俺好きな人いるんだけど、って二人で笑って解散した。家に着いてから、あれ、わたしら結局付き合ったの? そうなんじゃないの? 急展開過ぎてウケるね、とかくだらないやり取りをしながら、その時ラインしてた好きな人にも話した。俺、彼女できちゃった、って。

 なんだ、隠すのもあれだし、このことがきっかけで俺はもう別に好きじゃないし友達として仲良くできるから安心して、ちょっと今まで気まずい思いさせてごめん、いやごめんつーかまだ当分好きなんだけど、これで前に好きって宣言した分は帳消しでしょ、みたいな。ほら、また今までみたいに、それは完全に浮気じゃない? 違うよ俺が好きなのはお前だって、はいはい、なんて楽しくて、でもお互いがお互いを完全に対象外に見てるからこそできる会話だよねこれ、っていう暗黙の了解を再確認するような儀式っつーか、茶番なのかな、とにかくそんなやり取りを経ることで、今後徐々に自然と諦められる方向へ向かうでしょ頼むぜ将来の自分、とか思いながら、そこに込められたものは全然軽くはないんだけど、比較的小さめの箱で配達したら、結構本気で怒られた。相手誰? ミヤタ? みたいな、初めてそんな姿見ちゃったよって勢いだし、なんで怒ってんだよほんと俺の気持ちも知らないでさなんて、いや、相手は俺の気持ちを知っているわけなんだけど、つーかそもそもそんなこと思わなかったし、むしろ嬉しいつーか、え、パニックなんだけど、みたいな、そんな風なことを思って混乱してる漫画の登場人物ありがちだよな、みたいな、そんな感じで。

 でも現実はやべーのな。いや、ミヤタじゃないんだけど、みたいな、おそるおそる、みたいな感じで、でも、相手はもう縁切る終わりだねうちらみたいな雰囲気だし、そんなの絶対にやだよ そもそもなんで怒ってんの? これマジ? ってぐるぐるしながらとりあえず電話しようとしても、したいと思わないとかなんとかで普通に断られるし、お前理由も言わず断ったりするタイプだっけ、え、つーかこれもう選択肢が出てこずにバッドエンドへ向かう感じ? エピローグ入ってる? みたいな、で、なんとかかんとか仲直り出来て、やっぱ好きだなとか思いながら、あぶねーどうしよこれから、あ、そうだ、諦めるとか言ってたけど、そういや、ミヤタのこと俺、好きな人がいるからごめんってそう断ったんだ、よくわかんない状況だけど好きな人に振られるまではちゃんと頑張るわ、ってな感じで、それからとりあえず付き合ったのもすぐ別れてつーか、状況を説明して、だからちょっと中止中止つって、いやそもそもなんで好きな人にわざわざ話してんの馬鹿じゃんとか笑われて、これにはわけがありまして、ってまあそんな感じで取っ散らかしたものを箱にしまいながら過ごしてた。

 ま、過ごすつってもさ、相変わらずどう考えても脈に加えて信頼もねーし、相手にはずっと彼氏もいるし、その彼氏とはイチャイチャしてるだろうし、え、待てよ、お前イチャイチャしてんならそういうの俺にも教えてくれよ、どんな風に好きって思うの、どんな顔で受け入れたりすんの、可愛いだろうなその顔、そういうパターンで照れてるのなんて俺見たことないし、ちょっと写真くれない? いやもちろん嘘だよ見せてくんなよばーか隠せ隠せ、みたいな、とにかく未知過ぎるんだよね、相手のそういう部分。全然デレないし俺の前では。しかもなんか彼氏との関係、周りからあんまり応援されてないっぽくて、でもそれならなおさら好きな人とその好きな人なんだからさ、俺くらいは応援したいじゃんか。その分野で一位とりたいっす。あ、でも当然応援してない人ランキングの方もぶっちぎってますけどね、二位から俺の姿全然見えねーから、会長みたいなところあるから、みたいな。あーほんとごちゃごちゃしてんなこれ、誰だよこんなに詰め込んだ奴。整理整頓しらねえのかよってキレ気味に。だからって別れて欲しいのかと言われると、それは違うっていうか、いや確かにさ、別れて欲しいし、食い気味にあったりめーだろって感じで、別れて欲、くらいでそう言っちゃう勢いではいるんだけど、俺が理由で、とか、俺が好きって言ってくれるから、とかそういうのはまた違うくない。俺が居ないと付き合い続けるんなら、それはたぶん俺が居てもそうする方が正しいし、できれば俺以外がきっかけで別れて欲しいし、俺が理由で付き合って欲しいし、みたいな。

 あのさ、俺付き合った後に他の男にとられるとかめちゃくちゃ怖えもん。うん。だって俺の好きな人って最高じゃんか。周りにいる男、全員好きじゃん絶対に。だから、ちゃんと付き合うからには、友情みたいなものを生贄に捧げて恋人を召喚するにはさ、良いスタートを切りたいわけで。友達とか会社の同僚とか親とか将来の子供とかが、まあそれは誰でもいいんだけど、二人はどうやって付き合ったの? つった時に、お父さんはお母さんを他の男から奪ったんだよって。いらねーよ。その第三者。俺らの輝かしいスタートラインに一緒に並ぶなよてめー。ま、俺もミヤタのこと、好きな人が居るからって振ったし全然わかるんだけど。むしろそれが自然ってことくらいすげーわかってる。けど今回ばかしは俺っち本気だから。好きと付き合うがイコールじゃないなら、俺はイコールになるまで待つしその為の努力はするよ、我慢はできるつもりだよって。

 そうやってやっとこさ元通りしまい終わった時、ここにきてどうすることもできなくなった。で、どうすんのこれから、みたいな。努力って具体的に何すりゃ良いの? 我慢って何待ち? 前みたいに好き好き言って良いの? って感じ。いやいやそれはマナー違反なんじゃねーのって。レギュレーション違反でしょって。だって我慢してねーしそれ。

 そうやって日々悩んだりしながらもマクロでは楽しくて、そうじゃない時は気の良い友達たちに支えられたりしながら、今までまんまと好き一本でやってきてる。年末年始も大型連休も四六時中営業中だし、好きだけを売りに広告とかもバンバン打ち出してる。客来ねーけど。これ以上余計な人物は登場しないし、させない。なんかミヤタが会社の上司からセクハラされて会社を休んでたり、なんかそのあと裸足で困った風に笑いながら、ストレスかわかんないけど左手がうまく動かなくなっちゃった、とか言ってて、これよくわかんないけどかなりエッチだなとか思ったり、そんなミニイベントは日々あるんだけど、脇目も振らずどんどん好きなまま。大丈夫。ミヤタは大丈夫じゃないけど。

 これまでそれなりに付き合ったり別れたりしてきてさ、そうやってどんどこ俺も大人になってってるし、予想されるくらいの孤独や手持ち無沙汰な時間を埋める手段なんかは知っちゃってて、それでも何をしていてもどこに居ても隙間はできちゃうんだけども、ま、そんなもんでしょ片思い、っつー感じで誤魔化し誤魔化し。大丈夫。

 なんか思ったんだけど別に自分にこれと言ってわかりやすいアピールポイントがあるわけでもないしさ、ただこれまでの俺の人生って品行方正に生きようとしたかっただけなんだよね。元々がクソなのに。性根の腐った奴がモラリストぶって生きようとしたくだんねーもんの総体が俺の基本形なわけだから、自分をプレゼンする片思いっていう作業に、とにかく幅がないの。半年もしてたらそろそろ周回しちゃうよって感じで、この切り口は前に一度見せたけどこうこうこういう理由でお前のことが好きでって、つーかあれ、さっきから俺ばっかり喋ってない? 大丈夫? これ空気読めてる? それはそうと今日いつもより可愛くない? みたいな。もうね。超楽しいわ片思い。いい加減付き合ってくんねーかな。