ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

ひとりシュプレヒコール

  二〇一七年が冬の一日と一日の間でいつのまにか終わって、そうやって年をまたいでも何かが劇的に変わることなんてないんだけど、それでもなんとなく、個人の反省や後悔みたいなものなんか一切関係ないかのように区切りをつけてくれるその無関心さが、深まってゆく冬の寒さと妙にマッチしているみたいで年末年始の雰囲気が好きだ。

 嘘である。そんなこったぁない。言っとくけど普通にめちゃくちゃ憂鬱な時期だよ。つーのも俺は大人数の飲み会がほんとうに嫌いで、年末年始とかってすげえ飲み会あんじゃん。ほら、なんか会社全体のとか、同期だけでとか、エリアごとにとか、会計さんと合同で、みたいな、色んなことを口実にしてさ。普段は、飲み会やだねー、野蛮で怖いよねー、みたいなことを言って肩を寄せ合って震えてる数少ない同期たちですら、この年末年始とかは急に、野郎どもぉぉお!  宴の準備だぁあッ!!  みたいなノリになって、いやいやお前は善良な市民だったじゃん、海賊側の人間じゃなかったじゃん、つったら、今回は仲間だけだからッッッ!!!ドンッ!!  みたいなさ。

  じゃねえんだ。同期だけ、とかじゃねえんだわ。こちとら問題にしてるのは、どこまでも大人数で酒を飲むとかいうわけのわかんない文化についてで、構成員とかクルーの話じゃないよ。普通に海賊は仲間じゃない。寄せ合った肩返せよ。俺、海賊だけには絶対になるなって死んだおじいちゃんと約束してんだよ。

  なんだろ大人数の仲の良い同期との飲み会と嫌な上司とのさし飲みなら、俺は即答で後者を選ぶんだけど、ここで共感されることが意外なほどない。インターネットには居ないの?

  別に忘れてしまいたくなるような辛いことや悲しいことなんてないくせに、そんな気持ちになれるほど一生懸命にやったことなんてひとつもなかったくせに忘年会っつーのをやって、そのあとすぐ新年会も始まってって、いやいやいや、趣旨、一緒だよそれ。ひょっとしてみんな、マジで忘年会でその年の記憶全てなくしてんの?  怖えって。二週間前に同じことしてたよ俺たち。覚えてない?  だとしたらやばい薬品使われてるって。あれってみんなで盗んできた毒入りのビールを飲む会なの? 

  なんでそんなに大人数の飲み会が嫌なのかっつーと、まず根本的に食事って行為が、どちらかというと俺の中では排泄とか性行為みたいなシモ寄りの行為に分類されてて、いや、だって口ってあれ、露出してる内臓じゃん。大人数が向かい合ってお互いがお互いの内臓に物を入れるサマをつぶさに観察し合ってさ、その口の中では料理が絶えず分泌液と混ざり合って潰されて嚥下されてくんでしょ。げーーだよ。いやそれもまだ少人数とか、大人数でもお花見とかバーベキューみたいに屋外だったらそこまで気になんない。

  少人数の場合、多少空間を占める露出した臓器のパーセンテージが高まってもそれくらいちゃんと許容できるし、逆に大人数でも、屋外なら空間が無限だから気持ち悪さみたいなのは全然ない。あの、なんつーのかな、俺の食事のイメージって、極端に言うと『千と千尋の神隠し』でカオナシがさ、浴場やら大廊下やらで、「おれは腹ぺこだ。ぜーーんぶ持ってこい!」みたいなことを言って、よだれや噫気を撒き散らしながらご馳走を口に入れてたと思うんだけど、あんな感じなのよ。オクサレ様が千尋に向かってうごおおって臭気を吐きかけてたシーンがあったと思うんだけど、あんなニュアンスが個室での大人数の食事会なのよ。同じ理由でカラオケもキツイ。狭い空間でたくさんの口が広がる。キツイ。

  あと、それとは全然関係なく、大人数の飲み会って何してたらいいの?  っつー問題もあって、こう、少人数ならさ、役割があんじゃん、一人一人に。たとえばこの人が中心になって会話の端を作って、誰々はそれに突っ込んだり広げたりして、別の人はボケたり笑ったり柔軟に動いてるとして、したら、あ、じゃあ、今日は俺、料理を注文したりみんなのドリンクが減ってないか確認するよ、オーケーオーケー、ここの供給はまかせて、みたいな。もちろん俺が会話の中心になる場合だってあるし、ボケまくる日も、ツッコミになる日も、笑ってガヤに徹する日もある。どれもそれなりに高い水準でこなせる自負はある、大人だし別にコミュ障ってわけではないし。

  ただそれって大人数だと成り立たないじゃん。はじめのうちは大人数でもなんとかかんとかこれまでの経験と計算で場を読んで対処すんだけど、酒が進み場がカオスになるにつれて、だんだんと並行処理が追い付かなくなって、その結果、めちゃくちゃに帰りたくなる。

  ちょうどほら、漫画とかで主人公の攻撃をパソコンとか叩きながら軽くあしらう系のインテリキャラいんじゃん。そいつが戦いの中で成長していく主人公の攻撃速度にだんだん反応できなくなって、こう、頬にかすり傷とかを負い始めた時に、ば、馬鹿な……この僕に傷を付けるなんて……たしかにあいつの攻撃パターンは読み切っていたはず……僕が計算ミスを?……いや……そんなはずはない……ならば奴の反応速度が僕の計算を……わからない……次はどこかッ……つって最終的に死ぬみたいな感じで。

  けど俺だって、ただぼやっと指を咥えてやられるのを待ってたり、こうやって文句ばっか言ってるわけじゃなくて、ちゃんと対処法を編み出したりはしてたの。大人数の飲み会に連邦制を導入して、たとえばそれが二十人の飲み会だとすると、一州五名の地域が四ヶ所存在してると仮定する。その各州にざっくりとした飲み会における役割を与えて、各州の構成メンバーにはその州内でのみ有効な役割を与えることで、個々の役割がより明確にできるようになった。この発明によって俺はノーベル平和賞と経済学賞を四つずつ受賞して、著名な経済誌であるフォーブスは「二十一世紀における最も偉大な3つのiの発明」として 「iPhone」「iPS細胞」とともに「introduction of the federal system in the drinking party(飲み会における連邦制の導入)」を挙げてくれたし、アメリカやカナダ、スイスなんかの国々は俺に倣って連邦制を政治に組み込んだ。

  とにかく。そうやって俺は飲み会全体としてはガヤ州に属し、その州の中では注文議員としての地位を持つみたいなことが可能になって、大人数の飲み会なんてもはや怖くはなくなった。散々、今までボッコボコにされて満身創痍つー感じだったんだけど、それすらも伏線になってたみたいに、こう、落ちてた眼鏡をかけ直して、さて……データは集まった……反撃といこうか……!  みたいなね。

  俺はただガヤ州内にドリンクや料理が適切に供給されているかだけに気を配ればいいし、あとはガヤ州がガヤガヤとした雰囲気に包まれてさえいれば飲み会全体としても問題はない。そこにはちゃんと自分の役割と存在意義があって、それを全うする過程で、俺はちゃんと飲み会に馴染めている、という安心感を得られるわけ。

  データさえ集まりゃ、自分の役割さえ同定できりゃあとはこっちのもんで、反撃用のBGMも脳内で流れ始めて、けどさ、これじゃ、全然ダメなの。大人数の飲み会には居んだわ。一人や二人気の利く女が。この気の利く女が本当に厄介で、俺はこれまでに何度も何度も苦しめられてきてて、なんか、たとえばいきなり遠くから、そっちのドリンクは大丈夫ですかぁ〜?  みたいに気を効かせてきたりとかしてさ、そんなの、あの、パスポートはお持ちですか、じゃん。ここ一帯のそれは俺の役割なんスけど、みたいな。なのに周りの奴も、おっ、○○ちゃんは何飲んでんの?  じゃあ同じの飲もっかな、みてーなことを言い始めて、突然まだ半分以上残ってたはずのビールをがーーーって飲み干して、気の利く女も、わあすごい飲みっぷりですねー!  すみませーん!  これと同じのくださーい!  っつー感じでさ、この瞬間、俺はぶつぶつと、これは何かの間違いなんだ……僕の計算は完璧だったんだ……って、心が壊れる。

  いや、勝手ながーーーっをやんなって。そんなパターン今までなかったじゃん。勝手にデータ外の動きをやるなよ。百歩譲ってがーーーっをするにしても、本来筋を通すなら、すんません、今から勝手ながーーーっやるんでノイズさん、注文は任せます、でしょ。その気の効く女は隣の州の人間なんだから厳密に言うと一緒に飲んですらない、言わば、別テーブルにいる知らない客なわけ。そんなやつが突然話題を振ってきたり、こっちの話に笑ってガヤを入れたり、注文を勝手にしたりすんのはさ、外交問題じゃん。とくにあれ、その中でも特に最悪なのは、そっちにあるお刺身こっちに回してくださーい!  みたいなやつ。それは憎しみしか生まねえって。それをやったら別テーブルの知らない客じゃなくて明確な敵国だよ。

 あとさあとさ、バーベキューとかでもさ、俺って役割欲しさに火を起こしたり、野菜を切ったり、皿を洗ったりって率先してやってて、それなら誰に話しかけなくても話しかけられなくても仕方ないじゃん。だって役割があるから。ほんとは俺だってみんなの輪の中に入って楽しく喋っててーよ? けど役割があっからさ。これさえなかったら今頃輪の中心で爆笑かっさらってみんなの羨望の的だったんだけど、なにせ役割があっから、つって。見栄と保身で塗り固めて、楽しくもないけど最悪でもない、みたいなとこに閉じこもってできるだけ気配を消してんだけどさ、ここでも気の利く女は目ざとく俺に気付いて、突然にょにょっと近付いてきて、ずっとしてくれてるし私代わるからみんなと話しておいでー、ほんとありがとねーつって。その瞬間、WANDSが頭の中で「大都会に僕はもう一人で 投げ捨てられた空カンのようだ」って歌い始める。

 いや、優しいなとは思うよ。こいつすげー気が利くし良い奴なのなって、なんならちょっと好きになるかもしんない。けどさけどさ、その優しさ、使いどころを間違えたら凶器になんだぜ、って言いたい。こんな形じゃなかったらもっと俺たち分かり合えたかもな、って。

 もうそこからは地獄。役割は気の利く女に取られて、遠くの方では楽しそうに談笑してる集団がいてさ、あー今あそこってちょうど良いんだろうなー。楽しそうだもんなー、俺がそこへ入ってしまうことで絶妙な空気感が変わってバランスが崩れたとか思われたくねえし、つーかこいつ今まで一人だったの? マジで? バーベキューまできて一人ってやばくない? 誘ったやつが最後まで責任持てって、みたいなこと思われたりしねーかな。あー死にてー。やっぱ皿洗いに戻ろうかな。けどここにしか居場所がないって気の利く女に思われたくなくて、さっき、おっサンキュー助かる、みたいなこと言ってきちゃったしなー。今戻ったらあっちに居場所がなくて戻ってきたって思われるよなー、あー、未来人が過去にタイムスリップして俺の両親を殺してくんねーかな、そんで俺が今ここに存在しない未来に書き換わってくんねーかなー、つって。気の利く女とみんなの真ん中あたりでそわそわしてる。前門の虎、後門の狼。

 で、どうしようもないから悩んだ末に、人数の少ない気の利く女の方へと戻ってみて、トイレってどの辺だっけ? とか訊いてさ、普通に優しく教えられて、あー今のすげー頑張ったのになー、あ! ちょうど私も行きたかったし一緒に行こっ!  みたいな感じで、二人組、的な役割が生まれて、そのあとそのままの流れでちゃっかり横に居続けようと思ってたのに、これが最後の頼みの綱だったのに、とか考えながら、あとは言われた場所でずっと煙草を吸ってる。できるだけ空白の時間を作りたくないし。これなんの話だっけ? 懺悔?

 俺、普段はすげー明るくて誰にでも話しかけるし、すぐに誰とでも仲良くなれるし、いわゆるリア充みたいな、たぶんそんな感じで周りからは思われてると思うんだけど、それが嘘とは言わないけどさ、それは全部、上に書いてきたことを誤魔化すためにしている、消去法で選んだだけの無理だから。後手後手に回って役割のない時間を過ごすハメになるくらいなら、はじめから無理して中心的なポジションになって、そうやってみんなに話しかけまくってた方がマシってだけ。つまり一人で陣取り合戦をしてるわけ。攻撃こそ最大の防御なり、を信望してる。俺は集団の中で気まずそうにしている人を本当に救いたいと思ってるし、心の底から信頼できると思ってるし、チャンスだとも思ってる。悪い奴いねーもん、集団の中で気まずそうなやつに。

 こんなふうに絶えずいろんなことを考えながら、この年末年始のすげー苦しい飲み会の日々をなんとかかんとかこなしていって、1月8日のことです。これはちょっと忘れらんねえ日になるんだけど、相変わらず気の利く女が、そっちの方のドリンク大丈夫ですかぁ? とか別の州から言ってきた時に、コモリ君って同僚が、まあこいつはサイコパスなんだけど、ノイズ君が管理してくれてるんで大丈夫ですよ、つってくれて、つってくれてさー!!!  めちゃくちゃ救われた。あ、こいつ全部わかってくれてんだ、今までの全部見てくれてたんだ、つって、これまでマジモンのサイコパスかと思ってたごめん、誰よりも気が利くのはコモリ君、お前だったよってすげー感動して、この先コモリ君がどれほど険しくて頭のおかしい道を選ぼうと、一度だけ俺はこいつの味方になろうって心の中で誓って、たしかその週の終わりかな、なんか突然、職場で嫌われてる上司が、今日飲み会をするぞ、みたいなことを言い始めて、そん時にコモリ君、ほらこいつってサイコパスだから、俺とノイズくんは今日の飲み会に行かねェ!! 嫌だからッッッ!! ドンッッッッ!!  とかやり始めて、俺は誓いのために死んだおじいちゃんに謝りながらコモリ海賊団のクルーになったし、普通にその直後コモリ君だけじゃなくて俺まで上司からこっぴどく怒られて、これぞまさしく大後悔時代だな、つって。