ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

太陽に罰が当たれ

 こんなブログも記事数が二十を超えて、文字数で言うとだいたい十万字くらい、気が付いたら一冊の文庫本になっちゃうくらいの文量になってるわけなんだけど、そろそろ第一巻も終わるっつーのになんにもイベントが起こらねーのな。恋はスリル、ショック、サスペンスっつーのがマジなら、ここ最近起こった恋愛イベントなんて北朝鮮が打ちまくってるミサイルくらいなんだけどマジで。

 ほら、いわゆるクリフハンガーっていうのかな、最終話のラストで突然主人公が倒れたり、巻末で新キャラが登場したりみたいなさ、そういう「引き」の手法ってよく使われるわけじゃん。続編を匂わせるための。

 たとえば『ONE PIECE』の第一巻の最後では、新登場のナミがルフィ相手に「(私と)手を組まない?」と言うシーンで終わるし、『NARUTO』では鈴を取れなかったナルト、サスケ、サクラの三人が、カカシ先生から「三人とも忍者やめろ」と言われる衝撃のラストで第二巻へと続くわけで、物語の終盤っつーのは何か事件が起こるには絶好の機会。

 なのにこのブログでは三ヶ月が経って、ドラマで言えば一クール目が終わる最終回、ラノベで言えば一冊目のラスト数ページ、もうここしかないだろっつータイミングなのに、ヘリコプターで好きな人を拉致するのが最善である、だの、高熱出して人間不信になりました、とかなんだの言って終わろうとしている。そんなラブストーリー見たことある? 『君に届け』とか俺は読んでないんだけど、一巻の最後で、黒沼爽子が風早くんのことをヘリコプターで拉致とかしてた? してるわけないんだよ。

 いや、別に付き合ってくれとかそんなことを言ってるわけじゃない。それはほら、十二巻くらいで全然いいし、じゃなくてこう、好きな人が俺の家に居候することになる、みたいな、そんくらいのイベントはあっても良いんじゃねーの? なあ神? お前に言ってんだけど。他人事みたいな振りするなよ。

 たとえば仕事から帰ってきたら風呂上がりの彼女がいて、よっ! 少年っ! お風呂借りてるよーっ! つってさ。まあ、もうこのキャラクターにはもはや俺の好きな人の要素は微塵も残されてないんだけど、ちょ! ちょっとせんぱぁい〜! つって全力で乗っかる。実際には後輩なんだけど。でも、現実として好きな人がそうなってるんだから、そんなのもう瑣末な問題じゃん。

 したっけ彼女も、ねねっ、二、三日あたしのこと泊めてくれないかなっ? いやあ〜大家さんに家追い出されちゃってさ〜にゃはは〜、みたいな、その代わり手料理振る舞ってあげるからっ! ねっ、少年っ! それとも少年には、こっちの方が良かったかな……? 的なことを言いながら、ニヤニヤと胸に巻いてあるバスタオルをほどこうとしたりして、それを見た俺は顔を真っ赤にしながら、とにかく服を着てくださぁ〜〜〜い!!! って叫んで、こう、家がその声で揺れて、屋根に止まってた鳥とかも一斉に飛んで、そんで一巻が終わる。なんだこれ。地獄で読まれてるラノベじゃん。

 まあ、そんな話は本当にどうでも良くて、あの、実は過去記事の内容を少しだけこっそり変えました。なんか、いい機会だと思って自分の過去記事をいくつか読み返してたんだけど、ある記事の中で『北風と太陽』を引用してて。そんで何気なくネットで『北風と太陽』を読み返してみたら、俺、どうやら勘違いして教訓を受け取っていたようです。

 あ、もし、ネタバレが嫌な人はこれ以降は読まないでくださいね。「あーもうほんと最悪。観るの楽しみにしてたのに『北風と太陽』のネタバレされた。無理。リスカ止まらない」つって怒られるのはこっちも本当に嫌だし。で、なんだ、検索して最初にヒットするページが北風と太陽の教訓とあらすじ【人を動かす文章とは?】なんだけど、ここに載ってるあらすじを簡単にまとめると、

  • [起]北風と太陽が「どちらが旅人の服を脱がせられるか」勝負をする。
  • [承]北風が冷たい風を吹きまくると旅人は服をしっかりと着直してしまう。
  • [転]太陽が照りつけると旅人は汗ばみはじめ、やがて服を脱いで川へ飛び込んだ。
  • [結]北風のように強引に自分のして欲しいことを相手に押し付けるのではなく、太陽のように相手の気持ちを考えてポカポカと照らしてあげると自ずと相手は動いてくれる。

 って感じで。なんかあまりにも堂々と言われるもんだから、なるほどそんなもんか、ってこっちも思っちゃってたんだけど、これめちゃくちゃなこと言ってない? 起承転結の全部が間違ってるじゃん。

 まず[起]なんだけど、「北風」と「太陽」って比較がそもそも間違ってる。いや、別に、格が違い過ぎる、とか、天体と現象を比べるのは理不尽だ、みたいなことを言いたいんじゃなくて。これって本来は「何かの存在」が「北風」を吹くvs「太陽」が「日光」で照らす、の闘いじゃんか。つまりタイトルは『北風と日光』か『何かの存在と太陽』のどちらかで初めてイーブン、対等な勝負になるわけで。そこで絵本のイラストとかを確認してみると、ほとんどが、口から北風を吹き出している顔のある雲(何かの存在)と、周りから光線(日光)みたいなのを出している顔のある太陽が言い合いをしてるんだけど、つまり勝負の主体としてのタイトルは『何かの存在と太陽』が正しいはず。それじゃあこの北風を生み出す親玉は何かっつーと、様々な学術書や論文を読み、数々の気象学者と議論を重ね、最後にWikipediaを参照することで遂に同定することができました。シベリア気団。正しいタイトルはシベリア気団と太陽』です。

 さて、ここからやっとシベリア気団と太陽の勝負である[承]のパートが始まるんだけど。シベリア気団が、初めは僕の番だ! つって、びゅーびゅーと北風を吹くのに旅人は服を脱がない、ってくだりね。いや、ちょっと待って。太陽、シベリア気団のターンなのにずっとお前照らしてるじゃん。これは絶対にズルくない? 日光、止めるべきでしょ。だって、太陽のターンには北風吹いてないんだし。

 公平を期すためには太陽がなく日本上空にシベリア気団が現れた状況と、シベリア気団がなく太陽が照りつける状態っつーパターンにするべきじゃん。まあ、そのフェアな状態でスタートすると、全球凍結はもう、確定じゃん。旅人は重ね着することで凌ごうとしたみたいだけど、外気が摂氏-200度くらいになる上にシベリア気団もあるからね。旅人は確実に死ぬと思う。太陽はどのパターンの話でも後攻なので、死んだ旅人の服を脱がすことは出来ないはずなんですよ。つまりこの時点で最悪引き分け、万が一旅人の体温調節機能がバグって服を脱いでくれたら勝ちまである。雪山ってそういうこともあるみたいだし。

 やっと[転]です。死んじゃったら話が進まないから、百歩譲って旅人はほぼ絶対零度大寒波が吹き荒れる中を、本文通り、服をもう一枚重ね着することで凌ぎきったってことでいいよ。その後に太陽がポカポカと照って、暑くなった旅人は服を脱いで川へ飛び込びましたっつー流れ。いくらなんでも暑さに対しての反応がやり過ぎでしょ。今までそんな状況になったことある? こりゃたまらん! つって外出先で川に飛び込んだこと。そんなのサウナのあとの水風呂だけだよ。つーことはだよ、この時の気温って90度前後だと思うんだけど、普通に引く。太陽の大人気のなさにさすがに引く。そんな風に強引に脱がせようとしてもダメだよ、みたいな顔しながら、お前もゴッリゴリの力技じゃん。

 つーか旅人もさ、寒さにはあんなにも強かったのに暑さに対して弱過ぎない? 摂氏-200度を、なんて寒いんだ、とか馬鹿みたいなこと言って服を着直すだけのやつが、サウナ程度の気温で川に飛び込む? もっとも旅人が本当にやべー奴だったって可能性もあるけど。地表の温度が太陽の表面温度と同じ6000度になっちゃってるんだけど、こりゃたまらん! で済ませてるってパターン。その場合は服を脱いだっつーよりも、蒸発したって表現が正しいし、川も干上がってるだろうけど。

 で、最後に[結]の部分。原典がイソップ寓話だけに結論は教訓になるんだけど、さっきも言った通り、どっちも馬鹿パワータイプなんだよね。間違っても本来の「柔よく剛を制す」みたいな話じゃなくて、仮に気温を高くすることで服を脱がせることに成功したんなら、これは単なる「物事には相性がある」くらいの話で。しかもなんだろ、都合よく「冷たい」だの「ポカポカと暖かく」みたいな対比を入れ込むことで安易な印象論に誘導してるんだけど、これは別に心の暖かさじゃなくて、普通に気温の話だから。北風は心が冷たくて強引なやり方、太陽は心が暖かくて自然に相手をその気にさせるやり方みたいな話みたいになってるけど。

 ヤクザの下っ端は喧嘩っ早いけど、親分は心が広くて堅気には決して手を出さない、みたいに話がすり替えられてるけど、直接殺すか自殺に追い込むかくらいの違いしかないからね。ほら、ウシジマくんのヤンキーくん編で最後、愛沢が滑川に生命保険をかけられて道路に飛び込むことを強要されたシーンがあったと思うんだけど、あれが太陽のやり方だから。こんな時にしか役立たない教訓じゃん。つーことで以前書いた『北風と太陽』の記述を少しだけ変更しました。不適切だから。よろしくお願いします。

 いや、でも、旅人からしたら本当にたまったもんじゃないよね。突然なんの前触れもなく大寒波と灼熱地獄に襲われて、しかもその様子を観察されながら、ね? 物事にはやり方があるっしょ? なーんていい風の話にまとめられてさ。俺がもし目の前でそんな旅人を見つけたら、きっと顔を真っ赤にしながら、とにかく服を着てくださぁ〜〜〜い!!! って叫んで、あの、やっぱり一巻の終わりってこうなっちゃいません?