ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

まどろめ葉月

 早く冬こねーかな、とかそんなことを考えながらも、世間はまだまだ今からが夏本番っつーくらいの勢いで。ままならねーな。夏はあんまり好きな人との思い出がないもんだからイマイチ楽しくないというか、乗り切れない。なんかそれが原因なのかわかんないんだけど、最近、好きな人の子供と俺の子供が結婚してくれたらそれはそれでありなんじゃねーのか、とか、ひょっとしてこれ相手の彼氏が浮気してくれたら綺麗に辻褄が合うんじゃねーの? みたいな、まさか人はここまで他人任せな片思いができるのか、っつー心境に達しちゃってるわけなんだけど、あー、彼氏しねーかな、浮気。もうお前頼みだよ。こうさ、好きな人の弱みにつけ込みたいとかそんなんじゃねーんだけど、それが一番違和感がないんじゃねーかなー、っつー。

 なんかたとえば、彼氏が他に好きな人を作ってさ、俺の好きな人に別れを切り出すとするじゃん。したら好きな人はその帰り道、駅のホームで俺に電話を掛けてきて、すっげー投げやりな感じで落ち込むわけ。男なんて結局みんなそうなんだよ、とか、裏切られるくらいなら最初っから何もいらない、なんて、そのうち相手は泣き疲れてそのまま眠ちゃって、ハッと目が覚めたら何故か知らない俺の部屋にいて。そこで突然、俺からの着信があるわけ。意味がわかんないまま電話をとると俺は、あ、起きた? さっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、なんて言いながら、その部屋に入ってくるわけ。どう? 地獄を見てる感想は。

 いやでも実際最高だと思うんだよね、これ。ただ、この最高と思える作戦にも問題が一つだけあって。え? はい。一つだけですが。こちら側の資料を何回確認しても問題点は一つだけってなってますけど? なんでみんなの表情が「問題が一つだけ」で固まってんのかよく分かんないし、それがどんな理由であろうと我が崇高な目的の前では全く関係はないんだけど、問題は俺と好きな人の住んでる場所がとんでもなく遠くって、ざっと車で八時間かかるってこと。

 そうなると当然好きな人には駅のホームで八時間近く寝てもらう必要があんだけど、それはもう、人の終(つい)の状況じゃん。しかもシチュエーションの都合上、気付かれない間に自分ん家に戻んなきゃならないわけで、往復で考えると十六時間。いくらなんでもその間寝続けてるっつーのは考えらんないし、まあ、彼氏が別れ話の最中になぜか睡眠薬を盛るっつーファインプレーをしたらあり得るかもしんないけど、そこまで頼めんの? みたいな。あ、いけるっぽい? じゃあ自分それにします。そのコースで。あー、彼氏、浮気して別れ話中に睡眠薬盛ってくんねーかなー。

 まあでも当然こっちとしても全て彼氏任せじゃなくて万全を期する必要はあって、いくら睡眠薬つっても十六時間はリスクが高い。個人差とかもあるだろうし、個人差で言うなら俺の好きな人は絶対そういうのに鈍感なタイプだから。そんなこんなで色々と方法を探してたら、なんとヘリコプターなら片道ニ時間弱で到着するらしい。ヘリコプターすげーな。お前そんなに速かったんだ。往復でもたったの五時間だし、そんなの三往復できんじゃん。しねーけど。凄さを分かりやすく説明するために三往復っつーことを言ったけど、まあ、普通に一往復だけだよ。するとしても。チャーターするだけで1時間あたり約21万円かかるっぽいし。

 ここまできたらこの105万円も彼氏に任せるとして、ちょっと完璧過ぎて笑けてきちゃうな。だって想像してみません? 深夜一時過ぎ、突然好きな人から乾いた声で、あのね彼氏に浮気されちゃった、っつー電話が掛かってくるわけ。そこで俺が言うのはもちろん、分かった、の一言だけ。実際にはちょっと格好つけが入ってっから、発音的には「……わーった」になんだけど、とにかく、どうしたの? とか、大丈夫? なんて野暮なことは聞かない。たとえ本当に大丈夫だとしても、俺はそんな時は絶対そばにいるって決めてっから、相手が悲しい思いをしてる時点で駆けつけるわけ。もーわかったってなんなのー適当に返事しないでよー、なんて言ってる相手に謝りながら、もう一台の携帯でヘリコプターのレンタル会社に電話して、すぐに一台回してくれ、つーことを言うわけ。当然ヘリコプターなんてレンタルしてる会社なんてセレブ向けなんだから、社員教育も行き届いてて余計な言葉や詮索は一切ない。阿吽。俺とヘリ会社は阿吽なわけよ。ただ一言、御意、だけ。

 ヘリコプターに乗ってる途中、好きな人から、こうやって電話してると会いたくなっちゃうね、なんで横に居ないのー、なんて弱々しい笑い声で言われたりしちゃって、俺も、別れたくらいで気弱になってんじゃねーよ、なんて笑いながら励まして、そうこうしてるうちに相手は泣き疲れたのか睡眠薬の力なのか眠り始める。約ニ時間半後、バラバラバラバラっつーけたたましい音と共に彼女が寝てる駅上空でホバリングするヘリコプター。そこから一本のはしごにぶら下がった俺が降りてきて彼女を保護、サムズアップしてはしごが回収される途中、俺はそっと寝顔にキスする。……随分と高い唇だな……ったく、なんて自嘲気味に言いながら。

 さっきから俺のキャラが二転三転してるんだけど、まあ、そこは、彼氏がうまいことしてくれるとして。で、例のシーンなわけよ。朝の六時過ぎ、俺の部屋のベッドで彼女は目が覚ますわけ。え、あれ、ここどこ? 私いったい……なんて誰もいない部屋で困惑している時、とつぜん俺からの着信が入る。わけもわかんないまま電話をとると、あ、起きた? さっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、って、あ、一回やっぱり待って。これ全然違ったわ。俺こんな気持ち悪いこと言おうとしてたの? びっくりしたわ。なにこれ? アハ体験?

 なんなら、書いてて思ったけど、彼氏と別れて俺に電話してくるっつーとこからまず違うしね。絶対してこないもんあいつ。三ヶ月後くらいに、あ、忘れてたけど別れてるよ、っつー言うタイプだし、あとあれ、投げやりに男なんか結局〜云々言ってたけど、それ、いつも通りだわ。だいたいいつも投げやりにそんなこと言ってるわ。そもそも駅でちょっと寝ちゃったと思ったら、通常往復十六時間かかるはずの場所に居るって状況が怖すぎる。ほんとままならねーな。完璧な作戦だと思ったんだけど、彼氏が浮気したところで打つ手が見つからねー。一体どうすりゃ良いの? アドバイスしてくれよー彼氏ー。飲みに行こうぜー。

 なんかそういえばグレッグ・イーガンっつー人が書いた短編に、究極の愛の形を実現しようとする話と、感情を固定する話があって。なんだろ、どっちもイーガン作品の中では比較的わかりやすいからか、クソみたいな自説を並べてそれをさも宝物みたいに見せつけてるファンたちからの評価はそんなに高くないんだけど、俺はなんとなくこの話を気に入っててさ。別にだからって書評なんて始めるつもりはないし、聡明なビキニ環礁シンジケーター(注︰当ブログ『ビキニ環礁シンジケート』の読者を指す造語。今後二度と使われない)なら既にお気付きのように、俺はただ好きな人の話を続けたくてこんな話をしてるわけなんだけど。あ、この先、念のためネタバレあります。

 基本的にイーガンというかSF全般には、ディストピアの例みたいに完全無欠の理想には何か落とし穴があるっつーお約束があるんだけど、

 ひとりきりで永遠を生きたいとは誰も思わない。

 という言葉から始まるこの物語にも、お互いがお互いを完全に分かり合えて、ゼロ距離の親密な状態こそが完璧な愛な形だと考えるカップルが登場して。この時点で悪い予感がむんむんするんだけど、まあこの二人がなかなかすごくって、お互いのことをより理解するためにお互いの身体を入れ替えて相手の立場に立ってみたり、性差を否定するために同性同士になって性行為をしたりしながら、最後は一つの体に二人の心を埋め込む人体実験に参加したりするのよ。

 で 実験は成功して、なんだろ、もうそんなの最強なわけじゃん。離れ離れにならないし、お互いが何を考えてどう感じてるかつーのが自分のことのように完全にわかんだから、二人が目指した究極の愛の形じゃん。でも結局二人は別れちゃうんだよね。なぜかっつーと冒頭のセリフ。そんなの一人となんら変わんないんだから。

 も一つの話は、神経インプラントっつー技術を使ってその時の感情や気持ちのまま「ロック」するっつー話なんだけど、これまたラブラブの夫婦がお互いのことを永遠に好きで居続けるために脳にナノマシンを入れる。で、しばらくの間は幸せに過ごすんだけど、二人はもうそれからただ幸せなだけなんだよね。今以下もないけどこの先ずっと今以上もなくって、その間にも自分たちの娘はどんどんと成長していってあらゆる可能性に満ちていて。幸せってなんだろうね、みたいな話なんだけど。

 なんか、これまでこの話に出てくるカップルや夫婦のことを、んなの分かりきってたじゃん、みたいな、そりゃ完全に分かり合えたり二人の間の時間を止めたり出来ても虚しいだけに決まってるでしょ、なんて馬鹿にしてたんだけど、俺、全然ブログで願ってたわ。このまま好きでいたい、全うしたい、つって。だし、もう片思いなんて実質好きになってしまった日からほぼ止まってるようなもんじゃんね。時間とか痛みとかそういう何もかもが、まるで夕凪みたいに好きになった日のまんま変わんなくって、ただその変わらなさを感じられるからそこに存在しているのがわかる、みたいな。

  なんかたまにそんなのにも飽ききった時とかに、心の中になんの屈託も駆け引きもない状態で、ちゃんとこいつは俺の友達なんだよって言いたくなる時ってない? 好きな人なんだよ、じゃなくて、友達だよ、って。片思いって何も、キラキラしてて、楽しくて、純粋で、尊くて、美しくて、世界が華やいでって、そんなのだけじゃないんだよね。当たり前だけど。排他的に相手を独占したいっつー見苦しい感情がベースにあって、そこになんとかかんとか相手に見せられるくらいの建物をたてて、そしてこの建物が俺の気持ちだよって打ち明ける作業なわけじゃん。なまじそのベースの純度が高かったり、俺みたいに毎日楽しいわーなんつってろくに建物もたてずに、見てー! これが俺の土地なのー! なんてやってると、急にそういう恋愛感情の瘴気みたいなものに当てられて、友達っつーラフな関係が羨ましくて強固で確かなものに思えてくる、みたいな。俺だけなのかな。

 ま、でも、あの孔子ですら、十五にして学に志す。十九にして痛みだけがリアルなら、痛みすら私の一部になればいい。三十にして立つ。四十にして惑わず。みたいなことを言ってて、四十歳でやっと惑わずにいられるようになったつー話なんだから、俺もまだまだ戸惑って悩んで好きでってやってくつもりだし、どうってことないんだけどね。いずれ好きな人に言っちゃったこととかを思い出して赤面しちゃう日も来るんだろうけど、そんなの望むところだよっつー。

 さすがに二十三にしてさっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、なんつー馬鹿みたいなことを言ってるのは本当にどうかと思うけど、ま、それもこれも彼氏のせいっつーことで。そんな感じでもはや恒例になりつつある、月始めの所信表明でした。