ビキニ環礁シンジケート

書くことが楽しい

毒の沼を歩く

 サルモネラ菌の食中毒で四十度くらいの高熱が二、三日続いて、このまま世界が終わってくれ、などと世のすべてを憎々しく思ってる時に、そんなこと一切言ってないのに会社の人から、欲求不満なら代わりに彼女になったげる笑笑、みたいなボケカスな告白をされて、はあ? 舐めてんのか? とか思ってたら、普通には言えなかったけど好きなのはホントだよ、みたいなことを最後に言われて、ほんとふざけんじゃねーぞ、なあに真実の愛みてーな顔して言ってんだよ、よくそこで一回ふざけられたな、そんなのが愛ならばいっそ永久(とわ)に眠ろうか……つって、本当の本当に世界が終わってしまった。

 もうさー、毎日絶食だし、ずっと続く悪寒のせいで全身筋肉痛、毎晩赤犬に「なんじゃァおどれは……」と殴り殺される夢を見て、何かを口にした途端全て吐く、みたいなさ、散々な日々だったのよ。欲求不満どころか下がらない熱だけがやつれ切った心さえも壊してたからね。まさか俺の口、食事のやり方忘れたんじゃねーの? みたいな、そんなとこまで疑ってた。なあ一応確認なんだけど水分補給って口に入れたら終わりじゃないんだけど大丈夫? 飲み込むって覚えてる? と訝しげに水やらポカリスエットを飲むんだけど、口も最初はおいしーおいしーって受け入れるのに、少ししたら思い出したようにだーーって全部吐き出す。

 不信感しかない。どうすんだよこの空気、みたいな。お前一人勝手なことするからみんな迷惑してんじゃん。しかも吐くのってめっちゃくちゃ苦しいから、全身にびっしょりと汗かくし、いや、そこまでして水分を外に出したい動機はなに? みたいな。

 水分補給も満足にできないし、仕方がないから病院で点滴することになって、したら病院にあったいくつかのベッドには自分と同じように水を飲むことが下手な生き物たちが腕から強制的に水を飲まされてて、俺もうそいつらの姿があんまりに情けなくって、自分もこれからそいつらの一員になるんだって考えたら悔しくてこっそり泣いた。こんなの尊厳ある人間の姿じゃねーよ、殺してくれ殺してくれって。

 んでもやっぱ点滴ってすげーもんで、終わる頃には随分と気持ちも楽になって、なんだ、病院で処方箋を貰って横の薬局に薬を受け取りに行った時、レジの横に飴ちゃんが置いてあったんだけど、なんとなく一つ食べてみようっつー気持ちになれるくらい元気になったんだよね。したっけミルクキャンディみたいなのを取って食べたんだけど、当たり前のように吐いた。また一つ世界への不信が募る。

 まあ今思い返すと、水で吐くんだからミルクキャンディは普通に自業自得なんだけど。でもあれ、病院だし人前だしって色んなことが頭ん中で吐く寸前にリフレインして、最後の力を振り絞って吐き気に抗おうとした結果、すっげー小さく吐くみたいな感じになった。なんだろ、赤ちゃんってすぐ吐くじゃん、ミルクとか。あんな感じのゲロだった。食べてたのもミルクキャンディだし、なんつーのかな、ビジュアル的には赤ちゃんそのものみたいな、愛らしさが全面に出てるような吐き仕草。汚い話でごめんね。けど俺が意識が朦朧とするような高熱の中、他人様に迷惑をかけまいと必死に耐えた結果、赤ちゃんになっちゃった時の気持ちを少しでいいから想像してほしい。あの瞬間、たしかに俺は世界で独りぼっちだったよ。

 薬剤師のおばちゃんも百七十センチ後半の男が赤ちゃんみたいなゲロを吐いてるギャップにやられたのか、ひっくり返って飛び出してきて、あらあら〜大丈夫だったよ〜大丈夫だったよ〜つって、パニックになりながら何故か過去形で断定されて、最初は過去形の断定で慰められるのって意味不明だったんだけど、これ信頼感がすげえのな。あ、この人の中では本当に終わったこととして処理されてるんだ、っつー。俺、独りじゃなかったんだ、ってそんなことを考えながら、おばちゃんに背中をさすられてトイレへと連れてかれて、口が気持ち悪かったらこれ使って〜、と妙に厚手の紙コップまでくれて、ありがてえありがてえって使わせて貰ったんだけど、ひょっとするとこれ検尿用の紙コップかもしんない、っつー考えが頭をよぎる。俺の目からハイライトが消えた瞬間。

 口をゆすいでしばらく休んでトイレから出て、普段の俺だったら、おかげでラクになったわい! お礼にこのひでんマシン01をあげよう! ガッハッハ! なんつー楽しいやり取りで場を和ませるんだけど、当然そんな余裕も信頼関係もそこにはなくて、挙動不審に周りをキョロキョロ伺いながら薬を受け取って、そんなこんなで一週間くらいかかってやっと腸炎が完治したんだけどさ。その頃には完全に心を閉ざしてた。

 やっとこさ会社へ戻って、大丈夫? しんどくない? とみんなが心配そうに、でも明るく出迎えてくれたんだけど、俺は仕事に穴を開けた申し訳なさやら病み上がりのしんどさやらで、あれだけ明るくて人懐っこい俺が「ア、ハイ」だの「ウッス」しか言わないもんだから、周りも俺がアフガン帰りで性格が変わってしまった元米兵みたいな感じでよそよそしくなってきて、今はそっとしておいてあげましょう、彼は今も戦っているのよ、的な。

 そんな中、復帰祝いに飲みに行くぞー! 野郎ども宴だー! とルフィみてーなノリの上司に飲みに連れて行ってもらって、俺もそのおかげでだんだんと楽しくなってきて、捨てたもんじゃねーな人間、みたいな。なんだかぽかぽかする……これは……? と目にもハイライトが戻ってきて、まあ心の方は置いといて体調の方はもともとばっちり万全だから、日本昔話みたいな盛り方をされたご飯ももぐもぐ食べられるようになってて、絶好調! 真冬の恋! っつー感じでスピードに乗ってビールやら焼酎やらをガブガブ飲んでて、そんなのを一時間も続けてると、見事にブレイク寸前、幸せへのゴール。あ、やばい、これ吐く時のあれだ。俺ももうそれ以上飲まなきゃいいのに、こうなんだろ、これまでの飲酒を急に止めることでバランスが崩れて吐いてしまうことが怖いというか、そういうのってあるじゃん。たとえば坂道を自転車で下ってて、想定以上のスピードになっても変になって転ぶのが嫌だから全力でブレーキかけられない、みたいな。

 んでトイレに駆け込んで吐いてたんだけどさ、一通り吐き終わったあとのロスタイムみたいな時間に、こう、便器と円陣組んでる感じで、ああ辛いなぁ辛いなぁと、ふと壁を見上げたら、怪我と災は恥と思え、だの、人の苦労を助けてやれ、だの書いてて。親父の小言。それ今言うことかよ。

  何をしてもうまくいかねーし、治ったのに満足に食事もできない、あらゆるものが俺を責め立ててるようなみじめな気持ちになって、二次会も断って電車で一人家へ帰ろうとしたら、怖えもんなしかよっつーおっさんが電車の中でざる蕎麦を食ってた。ああ、俺は生物としてこのおっさん以下なのか。まるで世の中にある悪意と歯車がカチッと噛み合ってるみたいに、自分の意思とか気持ちに関係なく周りの悪意のまま自分の気持ちが動かされて引っ張られるようにくるくる空回りする。

 ほんっとにサルモネラ菌だけは気を付けたほうが良い。これまで散々、愛が全部、最後に愛は勝つ、とここで言ってきたけど、頂(いただき)にはサルモネラ菌がいたわ。ちゃんと愛だの友情だのそんな絵空事を語る前に現実のサルモネラ菌の怖さに向き合うべきだと思う。医者曰く、普通に子供とかなら死んでもおかしくないらしいし。俺は幸い成人男性だから子供の約十倍くらいは免疫力があるみたいで三日間、四十度程度の熱で済んだけど、これで行くと、子供だったら一ヶ月間、四百度の熱が出てもおかしくないかんね。それはもうピザ窯だよ。

 なんかよくフィクションとかでさ、愛の力で難病を克服するみたいなのがあるけど、あれぜってー嘘だと思ったもん。普通にそんな余力ないし。無力。明確な死の前では愛は無力。こう、なんだろ、心の中にあるエネルギーっつーのかな、あれって全然有限のもので、肺活量みたいに個々でその総量って決まってるんだと思うのね。それを自分が大切だと思うものに振り分けるわけなんだけど、まあ、だからと言って常に百パーセント使ってるわけじゃなくて、たとえば仕事のストレスに負けないために三十、好きな人を思う気持ちへ二十、周りの空気に合わせてうまく作り笑いするために十、みたいな風にメモリを割り振っていて、たまに緊急事態が発生してもトントンとその場で軽くジャンプすることで、心の中にすき間を作って、よし今夜は徹夜で頑張ろう、みたいな、そういうことが可能になるわけなんだけど、サルモネラ菌から心を守るためには普通に百二十パーセントの力が必要だからね。健康じゃないと本当に何も手につかない。命あっての物種って言葉を噛み締めて、気を引き締めながら九月も変わらずに頑張ろうっつー感じで。さすがにブログももう少しね、特に何もないんだけど。

 まあそんなこんなで恋の季節の後半戦は見事にフルスイングしてたわけなんだけど、あれだね、気が付くと夜なんかは随分と涼しくなってきて、今日食べた秋刀魚もすっごく美味しくて、どんどんと夏の中に秋らしさみたいなものが含まれはじめたね。特に状況も環境も変わっていないのに、そんなことはお構いなしに時間だけが過ぎていってることになんだか不思議な気分になるんだけど、なんつーか、不思議な気分って言ったら、あの、さっきからかなり腹痛がひどくって、そろそろ限界ッスって感じなんだけど、ほんと軽い気持ちで「秋刀魚 腹痛」って調べたら、サンマの季節にご用心☆意外と多い「アニサキス」に気をつけて!! っつーページが出てきて、今もう本当に、投げ捨てられた空きカンのようだ。

勇気のカタチ

 僕がこうじ君からその手紙を受け取ったのは、ペナントレース真っ只中の八月のことだった。

「大すきな山本せん手へ

 ぼくはこんど、手じゅつをしなければなりません。しないと命がたすからないからです。だけどこわくって、一ど手じゅつの日ににげてしまいました。かんごふさんやおやにとてもおこられました。ぼくも本当は山本せん手みたいにかっこう良くてつよいやきゅうせん手になりたかったです。だけどだめでした。だからせめて大切な手じゅつからにげないような人になりたいです。そして、ちゃんとした大人になりたいです。毎日応えんしています。また手がみをおくります。 むら山こうじ」

 病気のせいか緊張のせいなのか、少し震えた文字で綴られた短い手紙を読んだとき、僕はこうじ君をどうにか勇気付けてあげたいと思った。こんなの結局はありふれた話なのかもしれない。もしかすると、僕のファンの中には手紙を送ることさえ出来ないでいる人たちもいるかもしれないし、何かすることで僕のことを偽善者だと笑う人が現れるかもしれない。だけど何の因果かこの手紙を読んだ以上、僕にとっては、そして夢を与える仕事であるプロ野球選手にとっては、しなければならないことがあるような気がした。

 次のオフの日、無理やり時間を作って手紙に書かれていた病院へと車を走らせた。受付で自分の名前を名乗り、むらやまこうじ君をお願いします、と言おうとした時、後ろから「え!! 山本せん手!?」という大きな声が聞こえてきた。

 ばたばたと駆け寄ってくるこうじ君に、近くにいた厳格そうな看護師が、院内を走らないでください、とたしなめながらも、それでもこうじ君はそんな声など少しも聞こえない様子で嬉しそうに「ぼ、ぼく! むらやまです! むらやまこうじです!」と言った。

 呆れたような、諦めたような表情の看護師や医療事務の人たちに頭を下げながら、とりあえず場所を移そうか、と提案する。

 「こっちにイスがある! こっちこっち!」

 こうじ君に腕を引っ張られるままに着いて行くと、自動販売機といくつかのイスだけがある簡易の休憩所に到着した。

「どうして山本せん手がこんなところにいるの!? からだこわしちゃったの!?」

 休憩所に着くや否や、矢継ぎ早に質問をしてくるこうじ君に少し苦笑いを浮かべながらも、話の本題に入る。

「こうじ君が書いてくれた手紙を読んで来たんだよ。手術が怖いんだって?」

「う、うん」

 こうじ君の声のトーンが少し下がる。どうやらまだ手術をする決心はついていないらしい。

「怖いのかい?」

「うん。しっぱいしたらしんじゃうかもって」

「でも手術をしないと助からないんだよ?」

「だけど……山本せん手はこわくないの?」

「試合が、かい?」

「うん。三しんしたらチームが負けちゃうときとか」

「そりゃ僕だって怖いさ。いつも怖いんだよ。だけど力一杯振ることにしているんだ」

「どうして?」

「振らなかったら三振になっちゃうからね」

 こうじ君は目からウロコが落ちたみたいに目をぱちぱちとしながら、ふらなかったら三しんになる、ふらなかったら三しんになる、と何度か繰り返して、やがてけらけらと身体をくの字に折って笑い始めた。この時だけは、こうじ君がなんの変哲もないただの少年のように見えた。

「そうだよね。ふらなくてもけっきょく三しんなら、ふらないとそんだよね。そん」

「そうだよ。少しは勇気が出たかい?」

「うん! でもやっぱり……」

「それじゃあこうしよう。明日僕は思いっきりバットを振ってホームランを打つ。そしたらこうじ君も手術を頑張る。どうだい?」

「うん! わかった! それならぼく、がんばる!」

 先ほどまでの不安なんてまるで嘘だったみたいに目をキラキラさせるこうじ君はそれからしばらく他愛のない話をした後、やって来た看護師に連れられて診察室へと戻って行った。その道中、何度も僕の方を振り返ってはぶんぶんと音がなりそうなくらい手を振りながら。

 病院からの帰り道、ずっとこうじ君のことを考えていた。まるで病気なんて患ってないような、一人の純粋な野球少年の目をしていた。あの頃プロ野球選手を夢見ていた小学生の僕と、まるで同じ目だった。それが嬉しくて、同時に悲しかった。

 こうじ君だって本当は怖いはずなのに、あんなにも目をキラキラとさせて明るく振る舞い、そして夢を諦めながらも、なんとか自分を奮い立たせて手術に挑もうと決意した。僕はこれまで情熱を持って野球を続けてきたし、模範的ではないにせよ、チームとファンのことを一番に考えて正しい選手であろうと努力してきたつもりだ。それでもこうじ君のような強さが自分にあるのかと自問すると、答えられなかった。

「勇気付けるつもりが逆に教えられてしまったな……」

 自嘲気味にそう呟くと、思考を切り替えるように明日の試合でなんとしてもホームランを打つと固く決意した。

 翌日の試合は長く膠着状態が続いた。一回の表に相手チームが一点を取り、二回の裏にうちのチームがその一点を取り返したあとは、お互い一歩も譲らない展開が続いてついに一対一の同点で九回裏を迎えた。

 二死、走者なし。

 まるで用意されたようなシチュエーションで僕に打順が回ってきた。今日の成績はこれまで三打席無安打。ゆっくりとバッターボックスへと入り、遠くにあるスタンドを確認する。こんなにも晴れ晴れと、そして高揚している自分は随分と久し振りだった。あるいは初めてプロの打席に立った時以来かもしれない。

 柄にもなくバットをスタンドに向けて真っ直ぐ掲げる。それに応えるように、観客からはバットが震えるくらいの歓声が返ってきて、その時初めてバットが震えているのは歓声ではなく、自分の身体が原因なんだと気が付いた。それが武者震いなのか恐怖なのかは分からない。だけど僕は悪くないと思った。

 しっかりとバットを握り直して、ピッチャーに集中する。こうじ君。僕だって本当は逃げ出したいくらい怖いんだ。だけど、そんな時ほど力強くバットを振ることにしている。だって――

 「ヒーローインタビューです。お待たせいたしました。本日は、見事ホームラン宣言後にサヨナラ本塁打を放った山本選手にお越しいただいております!」

 割れんばかりの歓声が轟く中、お立ち台でファンとカメラの向こうに居るであろうこうじ君に向かって手を振る。

「最後の打席、普段の山本選手からは想像もできないようなホームラン宣言の後、見事ホームランを打ちました。あれにはどういった意味があったのでしょうか?」

「実は今日の試合は僕の大切なファンとの約束がありました。そのファンはこうじ君といって、近々大変難しい手術に挑む予定です。そんなファンの一人一人に、少しでも勇気を与えられたら、という一心でバットを振りました」

「そうでしたか。それではそのこうじ君に何か一言かけてあげてください」

 すうっと静かに深呼吸する。こうじ君。僕だって本当は逃げ出したいくらい怖いんだ。だけど、そんな時ほど力強くバットを振ることにしている。だって――

「怖くてもバットを振らなきゃ三振になるぞ!!!! 絶対に負けるな!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介

山本選手(32)プロ野球選手

村山浩司(58)外科医

まどろめ葉月

 早く冬こねーかな、とかそんなことを考えながらも、世間はまだまだ今からが夏本番っつーくらいの勢いで。ままならねーな。夏はあんまり好きな人との思い出がないもんだからイマイチ楽しくないというか、乗り切れない。なんかそれが原因なのかわかんないんだけど、最近、好きな人の子供と俺の子供が結婚してくれたらそれはそれでありなんじゃねーのか、とか、ひょっとしてこれ相手の彼氏が浮気してくれたら綺麗に辻褄が合うんじゃねーの? みたいな、まさか人はここまで他人任せな片思いができるのか、っつー心境に達しちゃってるわけなんだけど、あー、彼氏しねーかな、浮気。もうお前頼みだよ。こうさ、好きな人の弱みにつけ込みたいとかそんなんじゃねーんだけど、それが一番違和感がないんじゃねーかなー、っつー。

 なんかたとえば、彼氏が他に好きな人を作ってさ、俺の好きな人に別れを切り出すとするじゃん。したら好きな人はその帰り道、駅のホームで俺に電話を掛けてきて、すっげー投げやりな感じで落ち込むわけ。男なんて結局みんなそうなんだよ、とか、裏切られるくらいなら最初っから何もいらない、なんて、そのうち相手は泣き疲れてそのまま眠ちゃって、ハッと目が覚めたら何故か知らない俺の部屋にいて。そこで突然、俺からの着信があるわけ。意味がわかんないまま電話をとると俺は、あ、起きた? さっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、なんて言いながら、その部屋に入ってくるわけ。どう? 地獄を見てる感想は。

 いやでも実際最高だと思うんだよね、これ。ただ、この最高と思える作戦にも問題が一つだけあって。え? はい。一つだけですが。こちら側の資料を何回確認しても問題点は一つだけってなってますけど? なんでみんなの表情が「問題が一つだけ」で固まってんのかよく分かんないし、それがどんな理由であろうと我が崇高な目的の前では全く関係はないんだけど、問題は俺と好きな人の住んでる場所がとんでもなく遠くって、ざっと車で八時間かかるってこと。

 そうなると当然好きな人には駅のホームで八時間近く寝てもらう必要があんだけど、それはもう、人の終(つい)の状況じゃん。しかもシチュエーションの都合上、気付かれない間に自分ん家に戻んなきゃならないわけで、往復で考えると十六時間。いくらなんでもその間寝続けてるっつーのは考えらんないし、まあ、彼氏が別れ話の最中になぜか睡眠薬を盛るっつーファインプレーをしたらあり得るかもしんないけど、そこまで頼めんの? みたいな。あ、いけるっぽい? じゃあ自分それにします。そのコースで。あー、彼氏、浮気して別れ話中に睡眠薬盛ってくんねーかなー。

 まあでも当然こっちとしても全て彼氏任せじゃなくて万全を期する必要はあって、いくら睡眠薬つっても十六時間はリスクが高い。個人差とかもあるだろうし、個人差で言うなら俺の好きな人は絶対そういうのに鈍感なタイプだから。そんなこんなで色々と方法を探してたら、なんとヘリコプターなら片道ニ時間弱で到着するらしい。ヘリコプターすげーな。お前そんなに速かったんだ。往復でもたったの五時間だし、そんなの三往復できんじゃん。しねーけど。凄さを分かりやすく説明するために三往復っつーことを言ったけど、まあ、普通に一往復だけだよ。するとしても。チャーターするだけで1時間あたり約21万円かかるっぽいし。

 ここまできたらこの105万円も彼氏に任せるとして、ちょっと完璧過ぎて笑けてきちゃうな。だって想像してみません? 深夜一時過ぎ、突然好きな人から乾いた声で、あのね彼氏に浮気されちゃった、っつー電話が掛かってくるわけ。そこで俺が言うのはもちろん、分かった、の一言だけ。実際にはちょっと格好つけが入ってっから、発音的には「……わーった」になんだけど、とにかく、どうしたの? とか、大丈夫? なんて野暮なことは聞かない。たとえ本当に大丈夫だとしても、俺はそんな時は絶対そばにいるって決めてっから、相手が悲しい思いをしてる時点で駆けつけるわけ。もーわかったってなんなのー適当に返事しないでよー、なんて言ってる相手に謝りながら、もう一台の携帯でヘリコプターのレンタル会社に電話して、すぐに一台回してくれ、つーことを言うわけ。当然ヘリコプターなんてレンタルしてる会社なんてセレブ向けなんだから、社員教育も行き届いてて余計な言葉や詮索は一切ない。阿吽。俺とヘリ会社は阿吽なわけよ。ただ一言、御意、だけ。

 ヘリコプターに乗ってる途中、好きな人から、こうやって電話してると会いたくなっちゃうね、なんで横に居ないのー、なんて弱々しい笑い声で言われたりしちゃって、俺も、別れたくらいで気弱になってんじゃねーよ、なんて笑いながら励まして、そうこうしてるうちに相手は泣き疲れたのか睡眠薬の力なのか眠り始める。約ニ時間半後、バラバラバラバラっつーけたたましい音と共に彼女が寝てる駅上空でホバリングするヘリコプター。そこから一本のはしごにぶら下がった俺が降りてきて彼女を保護、サムズアップしてはしごが回収される途中、俺はそっと寝顔にキスする。……随分と高い唇だな……ったく、なんて自嘲気味に言いながら。

 さっきから俺のキャラが二転三転してるんだけど、まあ、そこは、彼氏がうまいことしてくれるとして。で、例のシーンなわけよ。朝の六時過ぎ、俺の部屋のベッドで彼女は目が覚ますわけ。え、あれ、ここどこ? 私いったい……なんて誰もいない部屋で困惑している時、とつぜん俺からの着信が入る。わけもわかんないまま電話をとると、あ、起きた? さっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、って、あ、一回やっぱり待って。これ全然違ったわ。俺こんな気持ち悪いこと言おうとしてたの? びっくりしたわ。なにこれ? アハ体験?

 なんなら、書いてて思ったけど、彼氏と別れて俺に電話してくるっつーとこからまず違うしね。絶対してこないもんあいつ。三ヶ月後くらいに、あ、忘れてたけど別れてるよ、っつー言うタイプだし、あとあれ、投げやりに男なんか結局〜云々言ってたけど、それ、いつも通りだわ。だいたいいつも投げやりにそんなこと言ってるわ。そもそも駅でちょっと寝ちゃったと思ったら、通常往復十六時間かかるはずの場所に居るって状況が怖すぎる。ほんとままならねーな。完璧な作戦だと思ったんだけど、彼氏が浮気したところで打つ手が見つからねー。一体どうすりゃ良いの? アドバイスしてくれよー彼氏ー。飲みに行こうぜー。

 なんかそういえばグレッグ・イーガンっつー人が書いた短編に、究極の愛の形を実現しようとする話と、感情を固定する話があって。なんだろ、どっちもイーガン作品の中では比較的わかりやすいからか、クソみたいな自説を並べてそれをさも宝物みたいに見せつけてるファンたちからの評価はそんなに高くないんだけど、俺はなんとなくこの話を気に入っててさ。別にだからって書評なんて始めるつもりはないし、聡明なビキニ環礁シンジケーター(注︰当ブログ『ビキニ環礁シンジケート』の読者を指す造語。今後二度と使われない)なら既にお気付きのように、俺はただ好きな人の話を続けたくてこんな話をしてるわけなんだけど。あ、この先、念のためネタバレあります。

 基本的にイーガンというかSF全般には、ディストピアの例みたいに完全無欠の理想には何か落とし穴があるっつーお約束があるんだけど、

 ひとりきりで永遠を生きたいとは誰も思わない。

 という言葉から始まるこの物語にも、お互いがお互いを完全に分かり合えて、ゼロ距離の親密な状態こそが完璧な愛な形だと考えるカップルが登場して。この時点で悪い予感がむんむんするんだけど、まあこの二人がなかなかすごくって、お互いのことをより理解するためにお互いの身体を入れ替えて相手の立場に立ってみたり、性差を否定するために同性同士になって性行為をしたりしながら、最後は一つの体に二人の心を埋め込む人体実験に参加したりするのよ。

 で 実験は成功して、なんだろ、もうそんなの最強なわけじゃん。離れ離れにならないし、お互いが何を考えてどう感じてるかつーのが自分のことのように完全にわかんだから、二人が目指した究極の愛の形じゃん。でも結局二人は別れちゃうんだよね。なぜかっつーと冒頭のセリフ。そんなの一人となんら変わんないんだから。

 も一つの話は、神経インプラントっつー技術を使ってその時の感情や気持ちのまま「ロック」するっつー話なんだけど、これまたラブラブの夫婦がお互いのことを永遠に好きで居続けるために脳にナノマシンを入れる。で、しばらくの間は幸せに過ごすんだけど、二人はもうそれからただ幸せなだけなんだよね。今以下もないけどこの先ずっと今以上もなくって、その間にも自分たちの娘はどんどんと成長していってあらゆる可能性に満ちていて。幸せってなんだろうね、みたいな話なんだけど。

 なんか、これまでこの話に出てくるカップルや夫婦のことを、んなの分かりきってたじゃん、みたいな、そりゃ完全に分かり合えたり二人の間の時間を止めたり出来ても虚しいだけに決まってるでしょ、なんて馬鹿にしてたんだけど、俺、全然ブログで願ってたわ。このまま好きでいたい、全うしたい、つって。だし、もう片思いなんて実質好きになってしまった日からほぼ止まってるようなもんじゃんね。時間とか痛みとかそういう何もかもが、まるで夕凪みたいに好きになった日のまんま変わんなくって、ただその変わらなさを感じられるからそこに存在しているのがわかる、みたいな。

  なんかたまにそんなのにも飽ききった時とかに、心の中になんの屈託も駆け引きもない状態で、ちゃんとこいつは俺の友達なんだよって言いたくなる時ってない? 好きな人なんだよ、じゃなくて、友達だよ、って。片思いって何も、キラキラしてて、楽しくて、純粋で、尊くて、美しくて、世界が華やいでって、そんなのだけじゃないんだよね。当たり前だけど。排他的に相手を独占したいっつー見苦しい感情がベースにあって、そこになんとかかんとか相手に見せられるくらいの建物をたてて、そしてこの建物が俺の気持ちだよって打ち明ける作業なわけじゃん。なまじそのベースの純度が高かったり、俺みたいに毎日楽しいわーなんつってろくに建物もたてずに、見てー! これが俺の土地なのー! なんてやってると、急にそういう恋愛感情の瘴気みたいなものに当てられて、友達っつーラフな関係が羨ましくて強固で確かなものに思えてくる、みたいな。俺だけなのかな。

 ま、でも、あの孔子ですら、十五にして学に志す。十九にして痛みだけがリアルなら、痛みすら私の一部になればいい。三十にして立つ。四十にして惑わず。みたいなことを言ってて、四十歳でやっと惑わずにいられるようになったつー話なんだから、俺もまだまだ戸惑って悩んで好きでってやってくつもりだし、どうってことないんだけどね。いずれ好きな人に言っちゃったこととかを思い出して赤面しちゃう日も来るんだろうけど、そんなの望むところだよっつー。

 さすがに二十三にしてさっき俺、駅で泣いてる捨て猫を見つけたから拾ってきたんだよね、なんつー馬鹿みたいなことを言ってるのは本当にどうかと思うけど、ま、それもこれも彼氏のせいっつーことで。そんな感じでもはや恒例になりつつある、月始めの所信表明でした。

さらば、ふるさと

 無人島に一つだけ持ち込めるなら? っつー話になった時、だいたい人って五パターンに分かれると思うんです。サバイバル用品や生活必需品、食糧なんかを答える「生真面目型」、そもそも無人島で生き抜くことを考えない「脱出志向型」、レジャー用品や嗜好品を挙げる「刹那主義型」、自分のキャラクターをアピールしたり大喜利に走る「自己主張型」、もはや質問の意図が伝わっていなさそうな「人格破綻型」ですね。

 まあ、どれを選んでも結局は普通に死ぬんだけど、面白いのが人によって答えはほんとにたくさんあるわけで、これだけ色々な答えがあるなら、ある程度性格判断なんかにも使えそうだな、なんて思って。なので今回は、俺が今までに読破した数々の行動心理学や精神分析学に関する知識に基づくことなく、独断と偏見で性格診断をしたいと思います。無人島に持ち込む一つのものを頭に浮かべながら、読み進めてください。

 

生真面目型

 おそらく大多数の人たちがこれに当てはまります。よく言えば堅実ですが、その実態を一言で表すと「無難」。指示通りに何かを続けることが得意で「平均点こそが満点」を旨とし、大きな成功はないけど大きく躓くこともない。しかし今まで大きな失敗をした経験がないため、心の中では自分は正しいと思っているプライドが高い一面もあります。

「ナイフ、ライター」派

 生真面目系のちょうど中心に位置する「ナイフ、ライター」型は、生真面目系の傾向を強く持っています。公務員が正常位で子供を作ったらこう育つだろうという感じですね。知識が豊富にある反面、頭でっかちになりやすく機転や想像力もないので、実際に無人島に行くと魚や動物をナイフだけで捕れるはずもなく、結局持て余したナイフや火を眺めながら「普通に水を選択しとくべきだった」と後悔しながら死にます。

「水、食糧」派

 生真面目系の中でも特にプライドが高く無意識に人を見下す傾向にあるので、自虐風自慢や自分の知識をひけらかすことを好みます。また自分の選択が常に正しいと思い込む視野狭窄さも大きな特徴です。しかしそのプライドを支える選択眼は確かなもので、ある意味では生存できる可能性が高い人たちとも言えます。もっとも何の解決にもなっていないので、徐々に減っていく備蓄に恐々としながらゆっくりと死にます。

「釣り竿」派

 大抵のことはそつなくこなし、人から「要領が良い」「器用だ」と思われることが何より嬉しいと思っているタイプです。人柄もいいので学生の頃はそこそこモテますが、挫折に極端に弱いので突然人生をドロップアウトしたり、みんなが大人になる頃に底の浅さが露見する場合があります。何かの拍子に釣り針を食い千切られたあと、くるくる回るおもちゃの付いた長い棒に成り下がった釣り竿を抱えながら死にます。

 

脱出志向型

 いたずらに生存日数を伸ばしても無人島に居る以上生き続けることは不可能であり、リスクを背負ってでも無人島から出られる可能性を高めるべきだと考える合理的なリアリストです。しかし独善的な面もあり、周りから感情のないサイボーグのような印象を持たれることも多いのですが、実際はそう思われることが格好良いと思っているかなり人間臭い人たちです。生真面目型を心底見下しています。

「無線機、ラジオ」派

 理系学部の院生。アマチュア無線の三級を持ってます。「電気なんかどこにもないじゃん」と言っても、メガネをクイッと上げながら、海水から電池を作る方法を説明してくるハイスペックなタイプです。ただまあ、本人が生粋のかませ犬なので、本番の無人島では成功しなくて「ば……馬鹿な……私の計算に狂いは……」と言いながら死にます。

「発煙筒、双眼鏡」派

 生き延びるという選択肢を完全に捨て、天に運を任せるこのタイプはある意味で最も合理的なのかもしれません。レンズを反射させて位置を知らせたり、うまいこと火を起こしたり、とにかく自分が生きられるであろう数日の間でいかに発見されやすくするかを考えます。当然そんなうまい話はなく、普通に数日後に死にます。

「毒薬、聖書」派

 何も無人島から出ることだけが救いではありません。彼らにとっては死でさえ救済であり、それが神の思し召しならば喜んで受け入れるのです。誰がこの選択を笑えるのでしょうか。彼らだけが現実に向き合い、そして一つの答えを出したのです。アーメン。生きるか死ぬかだけで言うなら死にます。

 

刹那主義型

 この型は大きく二つ、自然を舐めてるか何も考えていないかのどちらかです。いずれにしてもただの馬鹿なのですが、人生における最大瞬間風速だけで言うならこの人たちは群を抜いており、無人島という極限状態では、ある意味一番幸せかもしれません。ギャルやハーフタレントはだいたいここに分類されます。

「日焼け止め、手持ち花火」派

 無人島をプライベートビーチくらいに考えていて、事実一日目の夕方くらいまではすごく楽しいんだと思います。馬鹿ですが根本的には気の良い子たちなのでどこか憎めず、特に人に対して偏見もなくみんなと分け隔てなく仲良くなれるタイプです。残念ながら無抵抗のまま死にます。

「スマホ、水着」派

 上のタイプと似ていますが、こちらのタイプはほんの少しだけ頭を使っていて、だからこそその工夫した痕跡がもの悲しくもあります。このように、このタイプは周りから憐れに思われている可能性が非常に高いです。「写真撮れるし助けも呼べるじゃん!」「泳ぐためには水着が必要っしょ?」とこの人たちなりの考えがあるのですが、無人島は圏外であり、インスタグラムに載せるために撮ったその自撮りは遺影になります。そしてこの島にはあなた一人しかいないので水着は要らないのです。自分の馬鹿さ加減に泣き疲れるようにして死にます。

「酒、煙草」派

 どうせ死ぬならと選ぶのであれば悪くない選択肢です。が、このタイプはそうではなく「どうせなんとかなる」と考えているのです。何の根拠もないくせに、問題に直面してもその時は自分に突然神がかり的なアイデアが沸いてきて解決できると思い、提出物やテスト勉強も直前まで放置しがちです。そして予定通り無事に死にます。

 

自己主張型

 このタイプは「終わり」です。彼らにとっては「無人島に何を持って行くか」など少しも興味がなく、いかに自分のユーモアや可愛さをアピールできるかしか考えていません。自己中心的で自分をムードメーカーだと勘違いしていますが、その実態は性欲の権化です。基本的に空気が読めず皮肉も通じないので、ここはお前の個性発表会じゃないからさえずるな、と素直に伝えましょう。また、ここまで読んで「俺っちどこにも当て嵌まらないわ〜(笑)」なんて言ってる奴は全員これです。

「ギター、iPod」派

  とにかく自分が話の中心に居ないと気が済まないタイプで、「ギターがあれば良いかな(笑)」とか「音楽がないと死んじゃう」などとトチ狂った妄言を並べ立てることが特徴です。他人と違うということでしか自分を見いだせず、また知識を軽視する傾向にあるのですが、本当に無人島へ行くことになったら真っ先に生真面目型の真似をしてナイフを挙げて、死にます。

「パスポート、希望」派

 典型的な「場違い大喜利野郎」ですね。普段は面白い人として周りから受け入れられているのですが、本当に面白い人たちには敵うはずもありません。このような場で敗者復活戦を仕掛ける空気の読めなささからも分かる通り、真面目にしなければならない時や怒られている時もヘラヘラしているので周りからの信頼はありませんし、一部の異性からは極端に嫌われています。基本的に無害な存在ではありますが、『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』などと言い始めたら一度低めのトーンで注意しましょう。彼らはその陽気な性格の反面、かなり臆病なのでそういう空気感には敏感です。意外なほど簡単に死にます。

「ドラえもん、ヘリコプター」派

 自己主張型の中でも一番の害悪、今まで紹介した各型の悪いところだけを濃縮して煮込んだ二日目のカレーがこいつらです。知識もユーモアもないのに自己主張と自意識だけは一人前、自分が同じ舞台に立ててないことにさえ気付かないカスの親玉です。間違っても「ドラえもんなんて居ないじゃん(笑)」「ヘリコプター操縦できるの?(笑)」などと相手のフィールドに上がって場を和ませてはいけません。誰かが一回分からせなきゃいけないんです。ボッコボコに殴りましょう。もし「だ……誰か……警察……」と言われたら、「ああん!!!!!? そこは警察じゃなくてドラえもんだろーがよ!!!!! なあ!!!!? 居んだろーが!!!!? ヘリコプターで逃げねえのかよ!!!!?」と、相手がいかに愚かだったかと教えてあげましょう。じゃないと真っ先に死にます。

 

人格破綻型

 このタイプには深く関わっていけません。フリードリヒ•ニーチェが「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と言ったように、あり余る好奇心というのは時に身を滅ぼすことになります。もし質問をした相手に人格破綻型の可能性がある場合は、ただちに話を変えて様子を伺いましょう。本来この人格破綻型は答えによって分類できないのですが、念の為に回答例を挙げておきます。

「うんこ味のカレー」

 色々と突っ込みたい気持ちはあるのかもしれませんが、ここは黙って引くべきです。脳の中のコミュニケーションを司る部分がハチャメチャになっているので、おそらく対話は絶望的です。曖昧に同意しながら離れましょう。

「スーパーカミオカンデ」

 日本が世界に誇る水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置ですね。無人島でニュートリノを検出する必要があるのかは分かりませんが、決して彼らの答えを否定してはいけません。敵意がないことを示しましょう。

「いつもここから」

 アルゴリズム体操やエンタの神様でお馴染みのお笑いコンビです。うん、それ以上の意図はわかりません。大丈夫です。そう。ゆっくり。ゆっくりと距離を取りましょう。

「刑法124条」

 陸路、水路又は橋を損壊し、又は閉塞して往来の妨害を生じさせた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

「増子直純」

 日本のロックバンド「怒髪天」のボーカル。

「勝ちたいんや」

 2003年の監督・星野仙一指揮下の阪神タイガースのキャッチフレーズ。

「いつもここから」

 喜怒哀楽の観察日記。

「「悲しい時ー!」」

 え? うそ? マジ? 始めんの?

「「無人島に行った時点でどうせ生きて帰れないと分かった時ー!」」

さらば、ふるさと

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  • 怒髪天
  • ロック
  • ¥250
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春の樹からの使者

※今回の記事は、知り合いの某有名作家から身元を明かさないことを条件に寄稿されたものです。

 

 ハンブルグ空港でサンクトペテルブルク行きのボーイング747を待っていると、突然自分がひどく空腹だったことを思い出した。近くにあった適当なカフェテラスへ入って、レタスとハムが几帳面に挟まれた新鮮なサンドイッチを注文すると――世の中にある全ての新鮮なサンドイッチがそうであるように――それは、僕の中の空腹と孤独とを一滴一滴しぼりとる脱水機のように作用した。

 手頃な席に座り長い間触っていなかったパソコンを起動してみると、たくさんの自分宛のメールの中から一人の友人の名前を見つけた。

「突然で申し訳ないんだけど、君に頼みがあるんだ。僕には今悩みがあって、そのことについて僕なりに長い時間を掛けて考えていたんだけど、どうやら君にしか解決できないものらしい。根拠を説明しろと言われても、同じだけの時間をかけたとしても僕にはその半分の理由すらも説明できないのだけれど。とにかく僕は今ひどく混乱していて君の助けが必要みたいなんだ。

 どうか何も訊かずに僕の代わりにブログを書いてくれないだろうか。もちろん選択肢は君にあって、これを断ることも断らないこともできる。だけど君は、いずれにせよ決断をしなければならない。こんなことを君に強いることになってしまったのは本当に心苦しいんだ。だってそうだろう? 友人を悩ませることは僕にとって、少なくとも楽しいことではないのだから。

 とにかく君からの返事が届くまではもうしばらく一人で頑張ってみるつもりだ。君がいなくても更新さえすれば本質的にはブログは続いていくし、それは完璧な形ではないにせよ、僕の望むことだからね」 

 メールを読んでいる途中、気取ったフランス料理店の支配人がアメリカン・エクスプレスのカードを受け取るときのような顔つきをしたウエイトレスがサンドイッチを運んでくれて、僕はメールを読み終えたあとにもう一度頭から読み返して――その結果サンドイッチからはいささかの新鮮さが永遠に失われた――サンドイッチにかぶりつきながら、やれやれ、と呟いた。

 とにかく、そのようにして僕のブログをめぐる冒険が始まった。選択肢は僕の手元に、まるで初めから水槽の中に存在している砂利のようにあって、そして僕は決断した。いずれにしてもそうしなければならなかったのだ。サンドイッチを食べ終えてもう一度メールを読み直した後、なんとなく僕はすぐにそれを書かなければならないような気になったし、あるいはそんな気にはなっていなかったのかもしれない。そんなことよりもはるかに重要だったのは、悪い予感というものは良い予感よりもずっと高い確率で当たるということを僕は知っていて、書かないという選択が僕にとって何か悪いことを象徴するメタファーのように感じたということだった。いずれにせよこの続きは僕が無事にサンクトペテルブルクに到着して、そこでとびっきり熱いコーヒーを飲んだ後にもその予感が続いているのなら書くべきなのだろう。

 正直に言って僕は今ひどく疲れているし、昨日から今日にかけて起こった出来事をここに書くべきなのかどうか今も分からない。君からのメールを受け取ったことがこの奇妙な出来事の原因だったのだとしたら、あるいは僕はこんなメールを受け取るべきではなかったのかもしれない。そして、残念なことに悪い予感はずっと続いていて、それどころか今となっては確信に近いものになっている。もし君の言う通り、この奇妙なできごともこのブログと同じように本質的には続くものなら、なおさら僕は正直に語らねばならない。品のいいアードベッグ・スコッチを飲みながら、やれやれ、と僕は呟いた。

  飛行機に乗り込んだ後、僕は機内のオーディオプログラムの中でローリング・ストーンズの特集をしている番組を聴きながら、キャビンアテンダントから品のいい動物の清潔な内臓のひだのようなブランケットを受け取った。コンクリートを力いっぱい引っ張ったような雨雲を抜けた頃、僕はローリング・ストーンズを聴きながら少しぼんやりとした気分になっていた。そうやってしばらく退屈で骨の折れるような時間を過ごし、眠るために備え付けのテーブルを戻そうかと考え始めた頃、突然横から肩を叩かれた。

「あなたって本当に自分以外には鉄板みたいに興味がないのね」と彼女は言って、僕を見ながらしかめた顔をした。

 僕はとっさに返事ができなかった。彼女がここにいる意味を真剣に考えてみようと思ったけど、結局諦めて「どうして君がここにいるんだい?」と言った。

「あら、あなたと同じよ。ハンブルグ空港でサンクトペテルブルク行きの飛行機に乗ったの」

「つまり君は今までハンブルグに居たってわけ?」

「私もこの座席に座った時、今のあなたと同じことを思っていたのよ」と彼女は言った。「数十分も前のことだけど。ねえ本当に私だって気付かなかったわけ?」

「考えてもみなかった」

「あらそう。ねえ私が今何を考えているかわかる?」

「見当もつかない」と僕は言った。「でもお願いだから、もう少し声のトーンを落としてくれないか? ここは飛行機の中で、僕達の他には誰もこんな風に話してないんだから」

「あのね隣に座った時、私は一目であなただって分かったわ。でもあなたは変なブランケットを受け取った後、すぐにヘッドホンで音楽を聴き始めて雨雲の中でもちっとも目を開けなかったでしょ。あの時あんなにも揺れたにも関わらず。私とっても不安だったの」

「ふむ」

「よっぽどあなたに話し掛けて手を握ってもらおうと思ったくらいに。本当よ。だけどそんな私になんかちっとも気付かないで、あなたはテーブルをあげて寝ようとしたじゃない?」彼女は小声で言った。「あんまりに腹が立っちゃったから思わず話しかけちゃった」

「それは本当にすまなかった。つまり僕は少し疲れていて」

「あら許してあげるわよ。その代わり少し付き合ってちょうだい」

 やれやれ、と頭を抱える僕のことなんか気にせずに、彼女はキャビンアテンダントに頼んだウィスキー・コークを二杯立て続けに飲んで、それからシャンベルタンを頼んだ。

「何か話をしてよ」

「どんな話がいいわけ?」

「ねえ突然だけど今から私のことを考えながらマスターベーションをしてくれない? それでどうだったか聞かせて欲しいの。そういうのってすごく楽しいと思わない?」

「思わないね」

「そうかしら? でもとにかく私はそう思うのよ。男の子っていつもどんなことを考えながらするわけ?」

「少なくともこうやって誰かにお願いされて飛行機の中でするものではないだろうね」

「あら、でもそれってとても素敵だわ。狭い部屋で自分一人でするのなんて退屈で惨めじゃない」

「あるいはね」と僕は言った。「だけどマスターベーションは本質的に退屈で惨めなものなんだよ」

 彼女は真剣な顔でそのことについて考えているようだったが、しばらくした後に「ねえ本当にしない?」と言った。

「こんなことで捕まりたくないんだ」

「あらばれないわよ。そのためにブランケットがあるんじゃない」

「君は今日少しおかしいよ。酔っているしこんなところで知り合いと再会したから、つまり、少し興奮しているんだ」

「お願いだからこんなことで私を嫌いにならないでね。それって涙が出ちゃうくらいつまらないことだから。でも違うの。欲求不満だとか挑発的になってるだとかじゃないの。本当に。だけど私ってずっと女子校だったでしょう? 海外を飛び回ってると恋人もできないし。あなただってそうでしょう?」

「わかる気がする」

「だからずっと気になっていたのだけど、誰にも訊けなかったの。だってこんなことをまさか上司やお父さんに言えないでしょう? そんな時、あなたがこうやって私の隣に座っていたの。これって奇跡だと思わない?」

「そうかもしれない」

「あなたがしてくれないなら私、今から大声で泣き始めて他の乗客一人一人にあなたに言ったことと同じことを言うわよ」

「勘弁してくれよ」と僕は言った。

 サンクトペテルブルクは雪が激しく降り、殆ど前も見えないくらいだった。街全体が冷凍された死体のように絶望的に固く凍りついていた。 僕たちはどちらから誘うでもなくホテルへ入った。この街ではそうするのが正しいのだと僕は思ったし、彼女もそう思ったようだった。僕たちはそのことに少しの疑問も持たなかったし、閉園後の動物園で、飼育員に誘導されながら飼育小屋に戻る動物たちみたいに当然のことだった。

「ねえ今から私たちはあれをするわけでしょう?」と彼女が言った。「私うまく出来るか心配なの」

「ふむ」

「あなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。私の個人的な問題なの。つまり風のある日に煙がまっすぐ立ちのぼらないみたいに、私にとってはそれがごく自然なことなの。私の言ってることってわかる?」

「わかるよ」

「そう。それじゃあキスをしましょうか」と彼女が言った。僕たちは二つのスプーンを重ねたみたいに、あるいはお互いがお互いの水分を吸収しようとくっついたスポンジみたいに、そうすることがごく自然なものとして存在した。

「ねえやっぱりダメみたい。私こんなにも熱くなってるのにちっとも濡れないのよ。私のこと嫌いになった?」

「まさか。そりゃ少し残念ではあるけれど」

「あなたってたまにすごく正直よね。でも私あなたのそういうところって好きよ」

「そりゃどうも」

「ねえ私のことは好き?」

「好きだよ」

「どれくらい好き?」

「世界中のリスが木の実を隠すために穴へと戻ってしまうくらい好きだ」

「それって凄く素敵ね。私今すごく嬉しいのよ。あなたのことをたくさん訊かせて欲しいの。ブログってしてる?」

「していると言えばしているし、していないと言えばしていない」と僕は言った。「ふうん」と彼女は言って、それから、何か話したくないことがあるのね? と言いながら僕のペニスを優しく握った。

「正直に言うと話したくないね。つまり複雑に事情が込み入っていて、うまく説明できる自信がないんだ」

「そんな事情があってもブログは続くものなの?」

「本質的にはね」

「ねえ私が今何を考えてるかわかる?」

「さっぱり見当もつかないよ」

「あなたに射精して欲しいの。そう思わない?」

「僕も思うよ」

「本質的に?」

「そう、本質的に」と僕は言って、そして何の予兆もなく突然射精した。それは押しとどめようのない激しい射精だった。

「このこともブログに書くわけ?」と彼女は、冷蔵庫から取り出した青いバルチカの缶を開けながら言った。

「書くかもしれないし書かないかもしれない。いずれにしても僕はブログに対してあまりにも多くのことを知らないんだ。同時に君自身に対しても」

「あなたは今ひどく混乱していて、あまりにも疲れているのよ。きっと朝起きたらあなたはパソコンを起動して今日のことをブログに書くわ。私にはそういうことって全部わかるの。そして、私はそれを楽しみにしていて、私のことをあなたがどうやって書くのかってことにすごく興味があるの。本当よ。だからちゃんと前向きに考えてちょうだい?」

「努力はするよ」

「それじゃあおやすみ」と彼女はにっこりと笑って言った。

 次の日の朝、彼女は忽然と跡形もなく居なくなっていた。だけど僕はこれといって動揺はしなかったし、そのことについて心を激しく痛めるようなこともなかった。彼女は消えるべき存在だったのだ。あるいは彼女は消えてこそ、本来的な価値を得るものだったのだ。僕はそれをごく自然に理解していたし、そして同時に、彼女が永遠に僕の前に戻ってこないであろうこともとてもよく理解していた。

 何度か彼女に電話をコールしても、病院の霊安室みたいなわかりやすい静けさが続くだけで、僕は結局、クリスマスの朝に子供がプレゼントを見つけたあとの空っぽの靴下のような部屋で一人ストレッチをすることに決めた。入念に一つ一つの筋肉をほぐした後、シャワーを浴びて汗を流すとパソコンを起動した。

 僕はたしかに決断をしたし、そして決断にはある種の責任が発生する。そう考えると、今すぐにでも書かなければならない気になった。深い井戸の中にいる僕の背中を、よく目を凝らさないと見えない武士が何度も何度も斬りつけてくるみたいに、自分の身に起きたことをできるだけ正直に語らなければないと思った。

 僕にはそれ以上うまく説明できないのだけど、いずれにしても僕がどう感じたとか、何を選んだとかに関わらず物語は進んでいくものだ。僕の手から物語が離れようとも、あるいは物語が僕抜きでも本質的に続くものだとしても、僕は決断をしたし、またそうしなければならなかった。やれやれ、と肩をすぼめてみせる。知らない間に美女が蓄えた脂肪みたいな雪が降る中、僕の部屋のラジオからはローリング・ストーンズの『ブラウン・シュガー』がまた流れていた。

 

 

 

 

 

ここまで書いておいてなんですけど、全部嘘です。

はてなブロガーは二度話が逸れる

 自分のブログを読み返してて思ったんだけど、あまりにも話の脱線が多過ぎる。普通の人なら俺が脱線してしまった部分だけで一つや二つ、記事として公開できるくらいの文量を書いてしまっている。いくらなんでもこれはひどいなと思ってて、だから今回はもう、絶対何がなんでも決められたレールの上だけを走ろうと。さすがに「話が脱線してしまうヤバイ」って話をしてる時に話が脱線するのは、なんつーか、できる限りオブラートに包むけど、大人としてマズい状況と思うし。

 いや、これはほんとにネタ振りでもなんでもなくて、万が一、今回の話が途中で横道に逸れたら、俺はもうその瞬間にこの記事を書くのを止めて、すぐに救急車を呼ぼうと思ってる。だってあり得ないし。それくらいの覚悟でもってキーボードを叩いてる。これは自分自身との戦いであり、これを読んでくれてるみんなとの約束でもあるわけ。俺は必ずこの話を真っ直ぐ書き切って、最後は一人一人にちゃんとありがとうって伝えたい。これまで支えてくれた人、そしていつも見守……っと危ねー。今脱線の気配がしたわ。ちょっと車体が傾いてた。いつもの俺なら確実にこのまま走り出してた。行く先も分からぬまま、暗い夜の帳の……っつーのは、あの、ほら、嘘、っていうか、冗談みたいなやつで。ああ怖えよ。言わんこっちゃねえ。ほんと言わんこっちゃねえよ。油断したらすぐこれじゃん。自分でもまさか三行で二回も脱線しかかってることに驚きが隠せないままなんだけど、でもまあ、これで分かってもらえたと思う。俺がどれだけ本気なのかっつーことが。

 うだうだしてたらどこで脱線するかわかんないからさっそく本題に入るんだけど、どうして急に俺がこんな危機感を持ち始めたのかっつーと、『機関車トーマス』にスマジャーって奴が出てくるんだけどさ。いや、ちょっと待って、大丈夫だから。落ち着いて。分かってる。みんなの言いたいことは全部分かってる。ほら怖くない。さあおいで。ね、怖くない。怯えていただけなんだよね。うふふ。ユパ様、この子私にくださいな。つってね。いやまあ、これは、普通にアウトですよ。書き切ったし。ユパ様まで出てきたんなら言い逃れするつもりはないよ。けど今回だけはちげーの。あえて『風の谷のナウシカ』をやり始めたみたいなとこある。これは脱線の基準を示すものっつーか、標識? そう、道路標識みたいなやつで、あえて、のやつだから。とりあえず救急車は呼ばずに聴いてほしい。『機関車トーマス』に関しては全く問題ないし。これは脱線に関する話だから。

 このスマジャーってかなり運転が荒くって、事故とかもバンバン起こしてるようなキャラクターだったんだけど、それを注意された時も、

ちょっとの脱線くらい、誰も気にしないさ

 なんて開き直るようなやつでさ。いや、まあ、これが比喩ならかなり深い言葉なんだろうけど、なんたってこいつ汽車じゃん。汽車の言う脱線なんて普通に死亡事故のことなんだから、最後はマジ切れした支配人に車輪を外されて発電機にされちゃって。結局スマジャーはその後車庫で発電機として一生を終えるんだけど、この話をブログ読み返してる時に思い出して、ほんとに震えた。これ明日は我が身だな、と。

 いや、自分のブログで話がいくら脱線しようと、さすがに発電機にはされないだろうけどさ、だからって開き直って、これがわしの持ち味じゃ〜い! なんてやってたら、いつこのスマジャーみたいにはてなブロガーから目をつけられて足をもがれるのか、分かったもんじゃないじゃん。俺、インターネットがそういうところって知ってるし。ほら、足をもがれた話をブログで書けよ(笑) まーた話が脱線するんだろーなこいつ(笑) なんて脅されながらパソコンの前に座らされてさ。そんな状況になったらさすがの俺でも、血が止まらないです。誰か助けてください。としか書けないじゃん絶対。さすがのユパ様もこの時ばかりは出てこない。だって俺、虫の息だろうし。で、その記事がたまたま有名ブロガーの目に止まって拡散されて、一気に世間も注目してさ、まあそこまできたら『闇金ウシジマくん』に取り上げられて、はてなブロガーくん編g

妖精は消えない

 このブログを書き始めて一ヶ月が過ぎて、好きな人が遠くへ行って四ヶ月が経ち、好きになってからはもう八ヶ月が流れようとしている。八ヶ月て。赤ちゃんならそろそろつかまり立ちを始める頃だよ。俺の恋は相変わらずつかまり立ちどころか産声すらあげてない感じなんだけど、それでもまあ、息はしてるし生きてんだろうなっつー感じで適当に育んでいたら、幸か不幸かどんどん背丈だけは大きくなっていってる。それでも随分ちゃんと健全な片思いが出来るようになった。好きな人から、仲良い女の子多いよね、みたいなことをチクッと言われてからはなんとなく異性と遊ぶのをやめてたんだけど、一回ちゃんと好き好き言ったり付き合ってくれとか言うのはやめて、長いスパンで片思いしようっつーことに決めてから、

haine.hatenablog.jp

 ここでも書いたようにミヤタと飲みに行ったり、あとはこの間の三連休、好きな人に相手してもらえなかった俺を憐れんだミヤタに誘われて三重まで二人で花火を観に行ったりとか、まあ特筆すべきなのはその二回くらいなんだけど、そんな感じでちゃんと好きな人以外とも交流を持つようにして、こちらとしても好きな人以外からの応募を随時募集してますよっつー感じで窓口を開けたりなんかしてるんだけど、それでも見事なくらい好きな人のことが揺るぎなく好きなもんだから、自分でも呆れつつでも少しだけ安心したりなんかして。なーんだ、別に禁欲的なことを課さなくても俺は好きな人のことをこんなにもちゃんと好きなまま居れんじゃん、みたいな。

 ミヤタもさーすごいのよ。ミヤタが俺に告白してくれて断った時、これからは好きな人とのことちゃんと応援するねつってくれて、別に会ったら普通に接してくるんだけど、ラインとかはほんとに送って来なくてさ、ああ口だけじゃなくってほんとに応援してくれるんだ、みたいな、そういうところって自分も片思いをしてるからほんとすげーなって思うし、花火行った時ももちろん何もなくって、完全に友達としての距離感を保ったまま、なんならそんなに急ぐことないじゃんー、なんて慰めたりまでしてくれて。あれ、ミヤタって俺のこともう好きじゃないのかな、とか一瞬思いながら、でも俺は本当はミヤタが俺のことを今でも大好きなことくらいちゃんと分かっていて、その上で、ああ、今横にいるのが好きな人だったらな、なんてさいてーなことを考える。

  ほんっと俺ってどうしようもねー。普通こういう時ってさ、そういえばミヤタと居たら不思議なくらい素の自分で居られるんだよな、とか考えながら恋の一つや二つ生まれるもんじゃん。全くそんな気配がない。ミヤタのことを知ってる友達なんかは、もうこれはミヤタだミヤタだつって、ミヤタ良いじゃん可愛いし、みたいな押せ押せムードというか俺にとってはただの、逆風、つー感じなんだけど、好きな人のどこがそんなに良いわけ? みたいな感じにいい加減なってきてて。俺も、いやーそれがよくわかんねーんだけど、的な、たぶん前世でなんかあったんだと思う、好きじゃなかったら絶対好きになってないもんあんなヤツ、なんていじらしい名言も飛び出しちゃったりして、それを聞いた友達はため息、みたいな。もう満足するまで頑張れば良いんじゃない、っつー感じで現在なんだけど。最近、実は好きな人の誕生日がありました。

 誕生日って、ほんとにめでてえのな。別に会ったりしたわけじゃないんだけど、とことんめでてえ。なんだろ、これまでだって十分、めでてえめでてえ、つって色んな人の誕生日をやってきたけど、そんな他人事みたいに言えるもんじゃないねこれ。感謝しかない。ただただ感謝が静かに湧いてくる。今俺が正拳突きをしたら、音を置き去りにすると思う。ネテロ会長の言ってた意味がようやく分かった。もうね、思わず、ありがとう、つった。俺が誕生日じゃんありがとうつって、相手はどういたしまして、つってくれた。俺の知ってる誕生日の流れとはずいぶん違うんだけど、そんな些細なことはこの際どうでもいいのよ。なんか誕生日って基本的に祝われてる側は気恥ずかしいもんじゃん。少なくとも俺はそうだったのよ。なんとなくどんな顔してたらいいのかわかんないっつーか、正直あんまりおめでたいって感覚もないし、そもそも自分が何かを成したわけじゃないのにあんなに祝福されてさ。

 俺、自分が誕生日の時って、急に生きてるだけで祝われたりプレゼントまで貰ったりするノリについてけなくて、え、普段なんか、俺が生きてるだけで嬉しいおめでとうみたいな、そんな感じじゃみんななくない? 的な気まずさと違和感の中で、曖昧な笑みを浮かべてるうちに終わってたイメージだったんだけど、考えたらそりゃそうだ。やっぱり誕生日なんて周りの方が嬉しくてるんるんしてるのが正しかったんよ。おめでたいのは本人よりむしろ周りの方であって、おめでたい奴らにおめでとうなんて言われてたから違和感があったんだ。

 まあそんな感じだから、俺ここ最近すっごく浮かれてて、出会い頭に知らない人とハグして、一緒にバースデーソングを歌いたい気分なの。こないだ好きなやつの誕生日があったんっすよー、つって。最後に好きな人と会ってからそろそろ三ヶ月が経って、髪とかも少しは伸びたのかな、実はあんまり覚えてないんだけどさ、八十八夜を超えて俺はこれまでよりももっとちゃんと好きになってってるわけよ。戦いの中で成長してる。他に好きな人を作ろうとか、もう諦めるかーなんて無意味に考えることもなくなったし、なんだろ、そういうのってたぶん何も良いことない。

 俺、このブログを始めた時に、ネガティブなことは書かないようにしようって決めてたんだけど、思ってもないようなことでも実際に口に出すとやっぱね、何かが死んでくんだと思う。言葉ってそういう力あると思うし。ほら『ティンカーベル』でもさ、妖精なんていない、って子供が言う度に妖精が一人ずつ消えていく、っつー話があったけど、あれってたぶんマジの話じゃん。だから俺は好きな人のことを好きなうちは好きってちゃんと言うし、恋の駆け引きとか気を引くためのテクニックみたいなのも使いたくない。もうお前のこと好きじゃなくなったよ、とかなんとか言って、ティンクが死んじゃったらどうすんのよって感じで。

 なんか一番最初の日記で、俺以外が理由で彼氏と別れて欲しい、っつーことを書いて、相手にもそう言った手前、俺も好きな人が理由で諦めたりなんてフェアじゃないと思うし、成就するとかしないとか、脈があるとかないとかってことを幕引きの言い訳になんてするつもりもない。諦めるときは俺に別の好きな人ができた時か、好きな人への気持ちが冷めた時だけにしようって、そんな感じでいるんだけど、そんな日って一体いつ来るんだよ、みたいな。

 なんか本来、人間の頭の中にはオリンピックみたいにIOC(Intracerebral Oxytocin Committee=脳内愛情ホルモン委員会)っつー組織があって、周りにいる異性は日々、招致活動やロビー活動なんかで魅力をアピールをしてくれてるわけなのよ。私はあなたをユニークにお迎えします。日本語ではそれを一言で表現できます。エ•フ•カ•ッ•プ、Fカップ。みたいなスピーチがあって、するとIOCのメンバーも、リアリー!?!? ブラボー!!!! トウキョー!!!! つって次の恋の開催地を発表して好きな人ができるわけなんだけど。俺の場合は蓋を開けてみると、当初Fカップだと公表されていたザハ案も実はE寄りのDカップだったことが判明したり(新国立競技場問題)、可愛かったはずの顔にもあれはマツエクではないのかという指摘がされたりで(エンブレム盗作問題)、まあ、なんかこれ以上は、まるで俺が特定の誰かを攻撃してるみたいなあれになるからやめとくけど、そんなことがあるのと、前回のリオが良すぎたせいでIOCの士気も下がりっぱなしなんだよね。なんだろ、やっぱこれ前と同じ場所で良いんじゃね? みたいな、そんな雰囲気になってる。委員会自体もここ最近開かれてないし、委員長の家でリオ五輪の映像をメンバー全員で見てるだけ。やっぱこれ最高だわ~当分の間リオでよろ~、的な。

 まあそんなだから、上で書いてるようにちゃんと窓口を開けて形だけの開催国の募集をしていても、なかなかね、委員会が首を縦に振らないもんだから。ミヤタ? うん、とても良いよね。彼女はとても楽しみだよ。うーん、じゃあ開催国を発表するね、ネクストイーズ……リオデジャネイロ!!! つって。もう良いよ。俺はこの馬鹿どもと一緒に沈んでゆくって決めたんだから。新しい風を、とか、保守からの脱却、みたいなの全然いらない。IOCが旧態依然とした態度で自分らはここで死にますって発表したんなら、俺はその方針に従うまで。たとえ、そこに足りないものや多過ぎるものがあるんだとしても、それを含めた全ての要素が俺にとっては完成されていて完璧で、その不完全さが愛おしい。ただ好きな人がちゃんと存在していて、俺がちゃんと好きな人のことを好きなら、いくらでも三点測量することでそこにパラダイムとしての俺の人生の意味みたいなものが鮮やかに浮かび上がる。あー好きだー。大好き。

 あ、そうだ、言うの忘れてた、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。仲良くなってくれて、こんなにも好きでいさせてくれて、本当にありがとう。あの、うちのオリンピックってIOCが馬鹿だからさ、今回も前回と同じでお前んとこみたいなんだよ。だから聖火を運ぶ必要もないし、ほら、今回はせっかくお前の誕生日だったんだしさ、俺が聖火台に火を灯すから、みんなでバースデーソングを歌うみたいなやつやらない? 隣のやつらとハグでもし合ってさ。俺、今、そんな気分なんだよね。